セルリスは官憲が困っていることに目ざとく気付いた。
「なんか問題があるのかしら?」
「いえ……。そうですね。モートン卿の御令嬢にならばお話しても良いでしょう」
そう言って、この場の官憲で一番偉い人が説明を始めた。
セルリスは貴族であるうえ、父がゴランということで、信用度が高いようだ。
語りはじめた偉い人は、どうやら地区長という地位にあるらしい。
この区画の官憲の責任者だ。
カビーノは私兵まがいの集団を抱えているのだという。
だから、この地区の官憲だけでは人員が足りず対応が難しい。
それゆえ、本部に応援を要請してからでなければ動けない。
「なるほど。大掛かりな作戦になるのね」
「はい。そうなればよかったのですが……」
「まだ何かあるのかしら?」
地区長が言うには、以前にもカビーノの悪事の証拠をつかんだことがあったのだという。
取り締まるために上層部に応援を頼んだところ、捜査中止を命じられてしまったのだ。
どうやら、カビーノは一部の貴族とも関係が深いのだという。
そして、官憲の上層部に影響力を持っているらしい。
「思ったより大物だったのね」
「我々も悔しいのです……。ですから今回は上層部を通さず、冒険者ギルドに依頼を出そうと思います」
上層部に応援を頼めば捜査中止命令が出てしまう。
だから、冒険者ギルドに頼んで戦闘力を確保しようと考えているようだ。
「なるほど。だからギルドグランドマスターの娘の私に打ち明けたのね」
「そうなります。どこで横やりが入るかわかりません。直接、お父上に依頼を上げていただければ助かります」
「それはまったく構わないのだけど……。そんなことして怒られないのかしら?」
「覚悟のうえです」
「やっぱり、怒られるのね?」
「それでも、悪事を働き、無辜の民を苦しめているカビーノを許すことはできません」
地区長はかなり高潔な人物のようだ。
上層部を通さずに、勝手に官憲として冒険者ギルドに依頼を出せば当然問題になる。
減俸で済めばよい。降格、もしくは免職の可能性だってある。
「気持ちはわかるのだけど……」
そういってから、セルリスは俺の方を見た。俺の意見が聞きたいのだろう。
俺は地区長に尋ねる。
「地区長、一つ聞いてもよろしいですか?」
「何でしょう?」
「冒険者ギルドに出す依頼料はどうされるんですか?」
「地区の予算から出す予定です」
「上層部がそれを認めてくれるでしょうか?」
「ご安心ください。もし支払われない場合は、私の懐から出します」
地区長は、俺が依頼料の支払いが滞ることを懸念していると考えたようだ。
「自分の財布から出すのは、あまりよくないと思いますよ」
「ですが……ほかに手段が……」
「それでもです」
「我々はみすみすカビーノの悪事を見逃すわけにはいかないのです」
カビーノを見逃したくないのは俺も同じだ。
それに、真面目な地区長が処罰を受けるようなことになれば、王都にとって損失である。
俺は心を決めた。
「わかっています。でしたら、ギルドを通さないで処理しましょう」
「え?」
地区長は驚いている。こいつは何を言っているんだと言いたげだ。
俺は自分でカビーノ邸に突入することにした。
だが、それを地区長に言ったところで止められるに決まっている。
俺はFランク戦士に過ぎないのだ。
だから、地区長を言いくるめる必要がある。
「モートン嬢は、ご存知の通り、冒険者ギルドと浅からぬ関係にあります」
「はい。そうですね」
「裏口から内密に、そして個人的に冒険者を雇うことも可能です」
「なるほど……」
「その上で我々がカビーノ邸に、ミルカから手を引けと、正面から乗り込みましょう」
「そんなことになったら、カビーノに乱暴されるのでは?」
「それが狙いです。そうなれば、現行犯ということで、乗り込めばいいでしょう」
「なるほど」
「冒険者たちは我々の仲間ということで、たまたま同行していたということにすれば問題ないでしょう」
地区長は真面目な顔で考え込む。
表向きはこうだ。
ミルカの身内である俺たちが、仲間たちと一緒に話し合いのため直接乗り込む。
にもかかわらず、カビーノは理不尽にも激昂して襲い掛かった。
それをたまたま見ていた官憲が乗り込んで捕まえる。そういう流れだ。
乗り込んだ際に適当に煽っておけば、大丈夫だろう。
もし挑発に乗らなければ、幻術で屈辱を与えればいい。
「わかりました。それでいきましょう」
地区長の承認を得ることができた。
カビーノ邸で事を起こす時刻などを打ち合わせて、俺たちは外に出る。
俺は外に出てからミルカに頭を下げた。
「すまない。ミルカ。勝手に名前を作戦に組み込んだ」
ミルカには安全なところで待機してもらうつもりだ。
それでも、勝手に名前を使うのはよくない。
「気にしないでおくれよ! それよりもありがとうな、ロックさん」
「ん?」
「おれのためにカビーノってやつを懲らしめてくれるんだろ! 嬉しいな!」
「気にするな。王都のみんなのためにもなるしな」
「ロックさんはえらいなぁ」
感心するように、ミルカが言う。
一方、セルリスは考えながら歩いていた。
「逃げられないようにするには、人手がいるわよね」
「そうだな」
「パパに頼んで……五人ぐらい雇えばいいかしら」
「ギルドを通さないのは本当はよくないからな」
「それはそうだけど」
「だから、友達のシアにお願いする予定だ。あとは知り合いの冒険者が二人いるからな」
「シアたちが忙しかったら、どうするの?」
「それなら、別に俺たちだけでいいだろう」
正直俺一人でも充分だ。
そのうえ、セルリスも腕はたつし、ルッチラも立派な魔導士だ。
ガルヴは子供の狼だが、体は小さな馬ぐらいある。人よりは数倍強い。
「そうか。そうよね! 腕がなるわね!」
セルリスはすごく張り切っているようだった。