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56 悪党カビーノ

 セルリスは官憲が困っていることに目ざとく気付いた。


「なんか問題があるのかしら?」

「いえ……。そうですね。モートン卿の御令嬢にならばお話しても良いでしょう」


 そう言って、この場の官憲で一番偉い人が説明を始めた。

 セルリスは貴族であるうえ、父がゴランということで、信用度が高いようだ。


 語りはじめた偉い人は、どうやら地区長という地位にあるらしい。

 この区画の官憲の責任者だ。


 カビーノは私兵まがいの集団を抱えているのだという。

 だから、この地区の官憲だけでは人員が足りず対応が難しい。

 それゆえ、本部に応援を要請してからでなければ動けない。


「なるほど。大掛かりな作戦になるのね」

「はい。そうなればよかったのですが……」

「まだ何かあるのかしら?」


 地区長が言うには、以前にもカビーノの悪事の証拠をつかんだことがあったのだという。

 取り締まるために上層部に応援を頼んだところ、捜査中止を命じられてしまったのだ。

 どうやら、カビーノは一部の貴族とも関係が深いのだという。

 そして、官憲の上層部に影響力を持っているらしい。


「思ったより大物だったのね」

「我々も悔しいのです……。ですから今回は上層部を通さず、冒険者ギルドに依頼を出そうと思います」


 上層部に応援を頼めば捜査中止命令が出てしまう。

 だから、冒険者ギルドに頼んで戦闘力を確保しようと考えているようだ。


「なるほど。だからギルドグランドマスターの娘の私に打ち明けたのね」

「そうなります。どこで横やりが入るかわかりません。直接、お父上に依頼を上げていただければ助かります」

「それはまったく構わないのだけど……。そんなことして怒られないのかしら?」

「覚悟のうえです」

「やっぱり、怒られるのね?」

「それでも、悪事を働き、無辜の民を苦しめているカビーノを許すことはできません」


 地区長はかなり高潔な人物のようだ。

 上層部を通さずに、勝手に官憲として冒険者ギルドに依頼を出せば当然問題になる。

 減俸で済めばよい。降格、もしくは免職の可能性だってある。


「気持ちはわかるのだけど……」


 そういってから、セルリスは俺の方を見た。俺の意見が聞きたいのだろう。

 俺は地区長に尋ねる。


「地区長、一つ聞いてもよろしいですか?」

「何でしょう?」

「冒険者ギルドに出す依頼料はどうされるんですか?」

「地区の予算から出す予定です」

「上層部がそれを認めてくれるでしょうか?」

「ご安心ください。もし支払われない場合は、私の懐から出します」


 地区長は、俺が依頼料の支払いが滞ることを懸念していると考えたようだ。


「自分の財布から出すのは、あまりよくないと思いますよ」

「ですが……ほかに手段が……」

「それでもです」

「我々はみすみすカビーノの悪事を見逃すわけにはいかないのです」


 カビーノを見逃したくないのは俺も同じだ。

 それに、真面目な地区長が処罰を受けるようなことになれば、王都にとって損失である。

 俺は心を決めた。


「わかっています。でしたら、ギルドを通さないで処理しましょう」

「え?」


 地区長は驚いている。こいつは何を言っているんだと言いたげだ。


 俺は自分でカビーノ邸に突入することにした。

 だが、それを地区長に言ったところで止められるに決まっている。

 俺はFランク戦士に過ぎないのだ。

 だから、地区長を言いくるめる必要がある。


「モートン嬢は、ご存知の通り、冒険者ギルドと浅からぬ関係にあります」

「はい。そうですね」

「裏口から内密に、そして個人的に冒険者を雇うことも可能です」

「なるほど……」

「その上で我々がカビーノ邸に、ミルカから手を引けと、正面から乗り込みましょう」

「そんなことになったら、カビーノに乱暴されるのでは?」

「それが狙いです。そうなれば、現行犯ということで、乗り込めばいいでしょう」

「なるほど」

「冒険者たちは我々の仲間ということで、たまたま同行していたということにすれば問題ないでしょう」


 地区長は真面目な顔で考え込む。


 表向きはこうだ。

 ミルカの身内である俺たちが、仲間たちと一緒に話し合いのため直接乗り込む。

 にもかかわらず、カビーノは理不尽にも激昂して襲い掛かった。

 それをたまたま見ていた官憲が乗り込んで捕まえる。そういう流れだ。


 乗り込んだ際に適当に煽っておけば、大丈夫だろう。

 もし挑発に乗らなければ、幻術で屈辱を与えればいい。


「わかりました。それでいきましょう」


 地区長の承認を得ることができた。


 カビーノ邸で事を起こす時刻などを打ち合わせて、俺たちは外に出る。

 俺は外に出てからミルカに頭を下げた。


「すまない。ミルカ。勝手に名前を作戦に組み込んだ」


 ミルカには安全なところで待機してもらうつもりだ。

 それでも、勝手に名前を使うのはよくない。


「気にしないでおくれよ! それよりもありがとうな、ロックさん」

「ん?」

「おれのためにカビーノってやつを懲らしめてくれるんだろ! 嬉しいな!」

「気にするな。王都のみんなのためにもなるしな」

「ロックさんはえらいなぁ」


 感心するように、ミルカが言う。

 一方、セルリスは考えながら歩いていた。


「逃げられないようにするには、人手がいるわよね」

「そうだな」

「パパに頼んで……五人ぐらい雇えばいいかしら」

「ギルドを通さないのは本当はよくないからな」

「それはそうだけど」

「だから、友達のシアにお願いする予定だ。あとは知り合いの冒険者が二人いるからな」

「シアたちが忙しかったら、どうするの?」

「それなら、別に俺たちだけでいいだろう」


 正直俺一人でも充分だ。

 そのうえ、セルリスも腕はたつし、ルッチラも立派な魔導士だ。

 ガルヴは子供の狼だが、体は小さな馬ぐらいある。人よりは数倍強い。


「そうか。そうよね! 腕がなるわね!」


 セルリスはすごく張り切っているようだった。

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