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64 エリックと秘密の部屋

 エリックがはっとした顔になる。

 この感じだと、エリックはうっかりしていたようだ。


 レフィが俺を見ても驚かなかったことから、俺の帰還は聞いているはずだ。

 だが、大公であることを隠すため、偽装していることはレフィに言い忘れたのだろう。


 国王は多忙。そして、俺の帰還はともかく、偽名については些事だ。

 忘れていても仕方がない。


 俺はレフィに説明することにした。


「レフィ。色々あってな、身分を隠して活動しているんだ」

「なるほど。そういうことなのね」


 その説明だけでレフィは理解してくれたようだ。

 念のために、一応詳しく説明する。


 その後、エリックが自らお茶を淹れてくれた。

 寝室の隣のこの部屋には、簡単な調理設備があるようだ。


「すごいな、寝室の横に台所まであるのか」

「王宮ってすごいでありますねー」

 俺とシアが感心していると、レフィが微笑んだ。


「普通はないわよ。どうしてこんなところに調理設備があるのか不思議でしょうがなかったのだけど」

 レフィはそう言ってから、秘密通路への扉を見た。


「きっと、おじいさまが男爵夫人の手料理を食べたいと思われたのね」

「なるほど……」


 おじいさまとは、エリックの祖父、先々代の王のことだ。

 愛人の屋敷との間に、秘密通路を作るぐらいだ。台所ぐらい作ってもおかしくない。


 エリックがお茶の準備をしている間、レフィが俺たちの相手をしてくれる。

 レフィは隣の椅子にガルヴを座らせ、ずっと撫でていた。


「ラック。いえ、今はロックって言った方がいいわね。ロック。よく無事だったわね」

「まあ、なんとかな」

「ロック帰還の報せをゴランから聞いた時、私も駆けつけたかったのだけど……」

「風邪ひいてたんだろ?」

「そうなの。健康には気を付けているつもりなのだけど」


 夜中、全裸に近い格好をしているせいだと思う。

 だが、もちろんそんなことは口にしない。


 そんなことを話していると、部屋の中を見て回っていたゲルベルガが戻ってきた。

 そして、俺のひざの上にぴょんと乗る。


「エリックったら、ものすごいはしゃいでたわよ」

「ありがたい話だな」

 ゲルベルガを撫でながら、俺はレフィと会話を続ける。

 もふもふたちを撫でながら会話するというのもいいものだ。


「それにしても、ロック。エリックのせいで、大変な目にあったわね」

「大公位のことか?」

「ほかにも石像とか、通貨単位とかもね」

「地味にSランク冒険者っていうのも、目だって大変だがな」


 そういって、レフィと俺は笑いあった。

 お茶を淹れ終わったエリックがやってくる。


「そう言ってくれるな。悪気があったわけではないのだ」

「わかってるさ」

 俺はお礼をいって、お茶を一口飲んだ。


「うまいな」

「ふふ、だろう。最近茶葉にこだわっているんだ」

「エリックったら、この調理設備を使って、お茶とかお菓子とか作るのに凝っているのよ」

「俺の数少ない趣味の一つだ」

「いい趣味だな」

「この台所だけは、祖父に感謝せねばなるまい」


 そして、エリックは、椅子に座ったまま固まっているルッチラとシアを見る。


「お茶は苦手であるか? ほかの物がよかったか?」

「お茶は大好きであります」

「はい、ぼ、ぼくも好きです」


 シアとルッチラは緊張しているようだ。

 それをみて、ゲルベルガは「コッ」と鳴いた。


 見かねて、俺はシアとルッチラに声をかけた。

「あまり遠慮しなくていいんだぞ」

「そうだ。せっかく淹れたのだからな」

「き、恐縮であります!」

「いただきますです!」


 シアもルッチラも、国王自らお茶を淹れてくれたというのが畏れ多いのだろう。

 シアとルッチラが飲んだ後、エリックが真面目な顔で尋ねる。


「うまいか?」

「おいしいであります!」

「大変美味しくございました」


 緊張しすぎて、さっきからルッチラの口調が変だ。


「あなた。そんな風に聞かれたら美味しくないとは言えないわよ」

「そ、そうか。すまぬ」

 レフィに窘められて、エリックは恥ずかしそうにする。


「本当にうまいから、心配するな」

「そうか。ロックにそう言ってもらえると嬉しいものだな!」


 しばらく談笑しているさなか、エリックが思い出したように尋ねてきた。


「そういえば、昨日の少女はどうした?」

「ミルカか? ミルカなら、セルリスと一緒に風呂掃除をしているぞ」

「なぜ、いま風呂掃除なんだ? それも、なぜセルリスと一緒に?」

「それは……、俺もわからん」


 なぜかセルリスは風呂掃除にこだわっていた。

 どちらにしろ、近いうちに風呂掃除をする必要はあるので、構わない。

 とはいえ、少し気になる。


「本当にわからないの?」

 レフィが呆れたように言う。


「レフィにはわかるのか?」

「わかるわよ。そしてロックも、家に帰ればわかるわ」

「そうなのか」


 後でわかるなら別に良い。

 それよりもエリックに報告しないといけないことがある。


「で、ミルカについてなんだがな……」

「ミルカがどうしたのだ?」


 俺は今朝、ミルカが見舞われた災難からカビーノについてまで説明した。

 カビーノが奴隷売買に手を染めていたことも報告する。

 もちろん、呪いのハム、大量の武具を所持していたことも忘れてはいけない。


「なんと……」

 エリックは険しい顔になる。


「さらに厄介なことにな……」

 カビーノの捜査が以前妨害されたことを報告する。

 貴族との怪しいつながり疑念や、官憲上層部の汚職の可能性まで伝えなければならない。


 俺の説明の間、エリックは深刻な表情で聞いていた。

 そして、説明が終わると、深刻な表情のまま口を開く。


「ロック。頼みがあるのだがな……」

 エリックには何か頼みたいことがあるらしい。

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