目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

91 マスタフォン侯爵夫妻

 俺はその男女に向かって丁寧に頭を下げる。


「マスタフォン侯爵閣下と奥方様でいらっしゃいますね?」

「……はい。あなたは一体?」

「申し遅れました。私はロック。冒険者をやっております」

「シアであります。同じく冒険者です」

「……ロックさんにシアさんですか」


 マスタフォン侯爵は俺を見て困ったような顔をする。

 夫人の方はタマに気付いて驚いたような顔になる。


「タマではありませんか。ということは、フィリーに依頼された冒険者の方々ですね?」

「そのようなものです」


 あまり正確ではないが、説明すると長くなる。

 正確で長い説明は落ち着いてからすればいいだろう。


「タマもよく無事でした。フィリーを守ってくれたのですね。ありがとう」

「ゎぅ」


 タマが小さくひと声鳴くと、夫人の足元に体を寄せる。

 夫人はタマを優しく撫でた。


「フィリーは生きているのですね。元気なのですか? 痩せたりしていませんか?」

 侯爵夫人は不安そうに尋ねてきた。


「痩せたかどうかは、以前の状態を知らないので何とも。ですが、健康そうに見えました」

「そうですか。ありがとうございます」


 侯爵夫人は安心したのか、涙ぐんでいる。

 侯爵もほっとしたのだろう。夫人の肩を抱いた。

 それから、意を決して、俺たちに向けて言う。


「ロックさん。シアさん。フィリーの依頼をうけてここまで来ていただいて、ありがとうございます」

「いえ、気にしないでください」

「ここまで、侵入して来られたということは、凄腕の冒険者の方たちなのでしょう」

「まあ、それほどでも……」


 実はFランク戦士ということは言わなくていいだろう。話が複雑になる。


「ですが、この屋敷は既に昏き者どもに支配されております。私たちを連れて脱出することは不可能でしょう」

「いえ、それがですね……」


 ヴァンパイアどもは全て倒した。

 そう伝えようとしたのに、侯爵は真剣な表情で首を振る。


「わかっております。私たちの救出がフィリーからの依頼の条件なのでしょう。ですが、私たちは素人。確実に足を引っ張ることになる。いくらあなた方でも、私たちを連れてやつらに見つからずに脱出するのは不可能です」


 実際にそういう状況になったのならば、見つからずに脱出するのは難しいかもしれない。

 隠ぺいの魔法を二人に使って何とかなるかどうかといったところだ。


「凄腕のあなた方だけならば、何とか脱出できるかもしれない。もし脱出出来たら、王宮に助けを求めてください。偉大なる国王陛下なら解決してくださるでしょう」

「大丈夫ですよ」

「大丈夫ではありません。昏き者どもと言ってもゴブリンなどではないのです。信じられないかもしれませんが、王都にいないはずのヴァンパイアロードまでいるのですよ!」


 もちろん、俺たちに脱出してもらって、助けを呼んできて欲しいというのもあるのだろう。

 だが、侯爵は俺たちのことを本心から心配してくれているようだった。


「大丈夫です。もうヴァンパイアロードは倒しましたし、屋敷にいた昏き者どもも一掃しました」

「……信じておられませんね?」


 王都内にヴァンパイア、それもロードがいることは常識的にあり得ない。

 だから俺に信じてもらえなかったと、侯爵は考えたのだろう。

 信じなかったから、適当に誤魔化して脱出させようとしている。そう判断したのだ。


 神の加護を誤魔化す魔道具の存在を知らなければ、俺も信じなかったかもしれない。


「ロックさんは、私が錯乱している、もしくはレッサーヴァンパイアをヴァンパイアロードと見間違えた。そう考えておられるのでしょう」

「いえ、信じております。ですから、もうすでに倒したのですよ」

「……信じてもらえなくても構いません。私も荒唐無稽なことを言っているという自覚はあります。ですが……」


 言葉で説明しても納得してもらうことは難しそうだ。

 俺はヴァンパイアどもの魔石を、鞄から取り出した。

 それを小さな机の上に載せる。

 マスタフォン侯爵夫妻は、それを見て怪訝そうな表情になった。


「これは?」

「これとこれとこれが、ヴァンパイアロードの魔石です。こっちのほうはアークヴァンパイアの魔石ですね」

「……えっと」


 侯爵は困惑していた。

 シアが、横から小さな声で言う。


「ロックさん。冒険者でもない一般の方が魔石を見ても……」

「……たしかに、それもそうだな」


 俺は魔石を鞄に戻した。

 魔石をみて魔物の細かい種類を判断するのは難しい。

 だが、冒険者ならば魔石を見れば、どのくらいの強さの魔物の魔石かはわかる。

 強いほど大きく、輝きが強くなる。

 ヴァンパイアロードの魔石ともなれば輝きも大きさも、それはもう立派なのだ。

 とはいえ、冒険者でもなければ、普通の魔石がどういうものかも知らないだろう。


 シアが小さな声で尋ねてくる。

「どうするでありますか?」

「そうだな。奥の手を使うしかあるまい」


 俺はエリックから貰った首飾りを取り出した。王の代理人であることを示す首飾りだ。


「フィリーさんから頼まれたのは事実ですが、実は——」

「これは! 陛下の代理人の方とは知らず、無礼なことを申しました!」


 侯爵夫妻は同時にひざまずいた。

 実際に首飾りは効果があるようだった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?