ケーテの「なんと!」がどういう意味なのか分からない。
さすがに竜族には俺の名前は知られていないだろう。
貨幣単位と同じだということに気が付いたのかもしれない。
「なんと、ロックはあのラックだったのか!」
「あのラックってどのラックだよ」
「大賢者にして、我々の救世主、偉大なる最高魔導士のラック・フランゼン大公であろ?」
「なんで、正式な称号知っているんだよ……」
「常識であるぞ、常識」
尻尾をビタンビタンとさせている。
「やはり、竜族にもラックの名は轟いていたようだな」
「さすがラックだぜ!」
「偉大なる功績は自然とひろまってしまうものだからな」
エリックとゴランはどこか満足げだ。
「なに他人事みたいに言ってるんだよ。拡散させたのはお前たちだろうが」
俺がそういっても、うんうんと頷くばかりだ。
俺は二人をほっといてケーテに釘をさすことにした。
「一応、俺の正体がラックだっていうのは内緒だからな」
「わかったのである! 内緒だな!」
真面目な顔で何度もケーテは頷いた。
「あっ」
一声上げると、ケーテはドタドタと走っていった。
すぐに俺にとっては大きな、ケーテにとっては小さな板をもって戻ってくる。
「ラック、これにサインが欲しいのである」
「……それはまあいいけど」
「よし! ちゃんと、ケーテさんへって書いてほしいのであるぞ?」
ケーテは嬉しそうだ。複雑な気分になる。
俺はサインをしてケーテに渡す。
「ありがとうであるぞ! これはちゃんと飾っておくのである……」
ケーテは板を大事そうに、奥の部屋へと持って行った。
すぐに戻ってきて、ケーテは言う。
「道理でなー。道理でロックは強いと思ったのだ。我に勝ったぐらいだしな」
「そうか」
「うむ。大賢者にして、我々の救世主、偉大なる最高魔導士の大公爵ラック・フランゼンになら負けても仕方ないかもしれないのである」
ケーテは納得しているようだ。
そんなケーテに俺は言う。
「ちなみに、エリックは勇者王で、ゴランは例の最強の戦士だぞ」
「あー、ラックのお付きの勇者と戦士だったのであるな。なるほど、さすがの強さだったのだ」
エリックとゴランは俺のお付きではない。
正確には俺とゴランが、勇者エリックのお付きである。
「ちが……」
「お褒めいただき恐悦の至り」
「強大な竜に褒められると、照れ臭いな!」
俺が否定しようとしたのに、エリックとゴランは嬉しそうに照れていた。
「なんで嬉しそうなんだよ……。ケーテ、お付きというのはだな」
俺は丁寧に俺とゴランがエリックのお付きだと説明した。
「ふーん」
わかったのかわかってないのか、ケーテは気のない返事をする。
仕方がないので、俺は後片付けを始めることにした。
隅々まで調べて敵がいないことを確認したら、後片付けをしなければならない。
「てきぱきと、掃除するぞ」
「そうだな。冒険者の義務だ」
「俺は後片付け、嫌いじゃねーぞ」
三人で手分けして、掃除を開始する。
「小さな魔石がいくつかあるな」
「ゴブリンだろ。ケーテ、ゴブリンもいたんだろう?」
「うむ。おったのであるぞ」
最初に俺が放った
ゴブリンの小さな魔石だけが残されているので、拾っていく。
魔石の数を数えれば、何匹のゴブリンがいたのかわかるのだ。
それによって、敵の構成がわかるというものだ。
「これはレッサーヴァンパイアの魔石じゃねーか?」
「ふむふむ。なるほどなのである」
「それにしては、光が強く見えるが……」
「ほうほう? そうなのであるな」
ゴランとエリックは魔石を拾いつつ、分析もしているようだ。
ケーテは何をしたらいいのかわからないようだ。
尻尾を両手で抱えて、俺たちの周りをうろちょろしている。
そして、何かを話始めると、横に来て相槌を打つのだ。
「魔装機械はどうする?」
「魔石もないしな」
「だが、放置するわけにもいかぬであろう?」
敵に利用されても困る。どのように利用されるかはわからないが五十機もあるのだ。
「一機はフィリーに見せたいから俺が預かりたい。いいよな?」
「ああ。残りは王宮に運んだほうがよいかもしれぬな……」
「ケーテは、魔装機械について、なにか希望はねーのか?」
ゴランに尋ねられて、ケーテは考え込む。
「我であるか? 我はーうーん」
「珍しい金属かもしれねーぞ」
「じゃあ、一機だけもらっておくのである」
そして、ケーテは魔装機械を見繕いはじめた。
「これが一番痛んでなくて、かっこいいのである」
「それはよかった」
それから昏竜の死骸はゴランが回収した。
冒険者ギルドの方で、色々分析したいのだという。
「俺の火球でも大した被害はでてなさそうだな」
「火事は怖いのである。竜も対策はしてあるのだ。だが、家具は焼けてしまったのである」
「そうなのか」
「我の火炎ブレスでは、焼けなかったのだが……ロックの火球には耐えられなかったようである」
「それは……すまなかった」
竜の耐火技術は大したものらしい。
室内の後片付けを終えた後、俺は玄関先に散らばる扉のかけらを見る。
「これは鋼鉄製か?」
「そうなのである」
「竜の宮殿という割には、オリハルコンとかではないんだな」
「ただの扉であるしなー」
「とにかく、これを修復しないと、また空き巣に狙われかねない」
「……それは大変なのである」
ケーテは困っているようだ。
「修復するしかあるまい」
「だが、この山の上まで金属の重い扉を運ぶのも大変なんじゃねーか?」
「確かにな。まあ、それも魔法の鞄に入れれば大丈夫だが……」
俺たちが考えていると、ケーテが地面に尻尾をたたきつけた。
「そうだ! 奥の方に同じような扉があった気がしたのである」
そういって、ケーテは奥に走ると、金属製の大きな扉を抱えて戻ってくる。
やはりケーテは力持ちだ。
「これをつければいいのである」
「そうだな。それにしても予備の扉なんてよくあったな」
「これは予備ではないのだ。トイレの扉であるぞ」
「……そうか」
今は非常事態。トイレの扉より玄関の扉の方が重要だ。
ケーテと力を合わせて、扉を設置し魔法を厳重にかけておいた。
「これで、ヴァンパイアだろうがそう簡単には入れまい」
「ロックありがとうである!」
ケーテはとても嬉しそうだった。