俺はケーテの父ドルゴを連れて、応接室へと向かう。
その途中で、ケーテたちの楽しそうな声が聞こえてきた。
「がっはっは! エリックは無茶をするものである! 貨幣単位をラックにするなどと」
「ふふふ。だが、そのぐらいで、ちょうどいいのだ」
「わかる、わかるのである! ラックは控えめであるからな! 竜族も何か贈らねばなるまい」
「ばれたら面倒だからな。こういうのは気付いた時には手遅れにしておくぐらいがよいのだ」
「さすが、エリックである!」
なんか王様同士で盛り上がっていた。
ドルゴが足を止める。
「うちの娘の声がいたしますな」
「はい。ケーテさんには、ちょうど我が屋敷に逗留していただいております」
「ご迷惑をおかけしてなければよいのですが……」
「いえいえ、ご迷惑だなんて、とんでもないことです」
「すこし、顔を見たいのですが……」
「ええ、もちろん……」
ドルゴは食堂に足を進める。
ケーテたちは朝ごはんを食べた後、そのまま食堂で歓談しているのだ。
ドルゴが歩き始めたとき、ゴランの声が聞こえてきた。
「エリックはこれから王宮に帰って、仕事なんだろ? 俺も王宮に用事があるし、一緒に行くか?」
「ああ、俺は構わぬが……。出入りの記録は残さないと、後々面倒ではないか?」
「あー、確かにな」
ギルドのグランドマスターとしての用事で出向くのなら公的なものだ。
当然、いつ王宮に入って、出たのか記録される。
にもかかわらず、王宮に入った記録がなければ、色々面倒だ。
そう言う場合は、出入り管理の書類上の手違いということになる。
つまり、王宮の出入りを管理している部署のミスとなってしまう。
「面倒だが、正面から馬車に乗っていくしかないか。……、面倒だがな」
ゴランは面倒だと二回言った。本当に面倒なのだろう。
「がっはっは! 空からぴょんと降りればよいではないか」
「そういうわけには、いかねーんだよ」
「人族は大変であるなー」
ケーテがお茶を飲みながら言った。
「竜族だって大変なのではないか? 宮殿に戻って仕事とかあるんじゃないのか?」
「がっはっは! 竜族には大変なことなど何もないのである」
「それはうらやましい」
「仕事なんてさぼっておけば、父ちゃんが適当にやってくれることになっておるのだ!」
ケーテはどうやら、普段、ドルゴのことを父ちゃんと呼んでいるらしい。
王様らしくないが、ケーテらしくはある。
「それは良かったな」
「そうなのだ! 良かったのであるぞー? おぉっ?」
ケーテは振り向いて、そこに父ドルゴがいることに気が付いた。
ケーテの顔がこわばっていく。
「とうちゃ……、父上、どうしてここに?」
「どうしてではない。公務をさぼっているバカ娘を迎えに来たのだ」
「こ、これは違うのである」
「ほう? どう違うのか、説明してもらおうか。ケーテ・セレスティス風竜王陛下」
「えっと……。これは昏き者が……」
「昏き者が?」
「暴れているから、人族との連携を考えていたのであるからして」
しどろもどろになりながら、ケーテは説明している。
尻尾が左右に小刻みに揺れていた。
嬉しいときは上下に。焦ると左右に揺れるのかもしれない。
「ふぅ」
ドルゴはため息をついた。
「風竜王陛下が人族との連携をお考えなのはわかった」
「そうなのである」
「で? それと公務をさぼっていることと、どのような関係が?」
「えっと……」
ドルゴは笑顔のまま、ケーテの目をじっと見る。
笑顔といっても、目は全く笑っていない。
正直、俺も怖い。
「……ごめんなさい」
「風竜王としての自覚を持たねばならぬ」
「はい」
ケーテの尻尾がしゅんとして、先っぽが垂れ下がる。
そして、ドルゴは俺たちに向かって頭を下げた。
「お見苦しいものをお見せしました」
「いえいえ。お気になさらないでください」
俺は笑顔で答えておいた。
エリックが、立ち上がるとドルゴの前にやってくる。
「人族の王、エリック・メンディリバルと申します。以後お見知りおきのほどを」
「これは勇者王陛下でいらっしゃいますね。御高名は竜の世界にも轟いております」
エリックの自己紹介の後、ゴランも自己紹介をする。
ドルゴはゴランのことも知っていたようだ。
「当代最強の戦士の名は聞き及んでおります」
「最強と言われているといっても、所詮は卑小なる人族の間でのことですから」
「ご謙遜を」
そのときケーテが言う。
「父ちゃん、で、この人がラックであるぞ」
「なんと! ロックさんでは?」
「ラック・ロック・フランゼン大公であるぞ!」
「本当ですか?」
ドルゴは真剣な表情だ。嘘をつくわけにはいかない。
「はい。そうです」
「なんと! お会いできて光栄です」
「こちらこそ……」
「握手していただいても?」
「もちろんです」
「あとで、サインをいただきたいのですが……」
「かまいませんが……」
ドルゴもまるでケーテのようなことを言う。
「ケーテ。なぜ教えてくれなかったのだ?」
「……何をであるか?」
「ラックどののお屋敷に滞在していることをだ!」
「ちゃんと報告書に書いたであろう?」
「ロックどのと書いてあったぞ」
「あー。そういえばそうだったかも知れぬ」
「しっかりせぬか!」
「すまぬ、すまぬのだ!」
ケーテは父ドルゴに謝っていた。