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208 水竜モルス

 俺に気づくと、ケーテは嬉しそうに尻尾を揺らした。


「お、ロック、おかえりである!」

「ただいま。ケーテもおかえり。早かったな」

「うむ。話し合いがすぐ終わったから早く帰れたのである」


 水竜の集落へは王都の俺の屋敷から魔法陣で飛べる。

 そして、王都までケーテの翼なら数分だ。

 移動にはさほど時間はかからないのかもしれない。


「お客様がいらっしゃるとか?」


 俺はケーテの隣に座っている人物に目をやった。

 短髪の青年だ。髪の色はリーアと同じ綺麗な水色だ。優しそうな顔をしている。

 リーアやケーテと同じように、立派な尻尾が生えていた。


「がう!」

 ガルヴが尻尾を勢い良く振って青年のところにかけていく。

 そして、匂いをかぎまくり、ぐるぐる回る。


 青年はガルヴを軽くひと撫ですると、笑顔で立ち上がった。

 すぐにケーテが立ち上がって言う。


「水竜のモルスくんである」

「ロックです、よろしくお願いいたします」

「ロックさまとご一緒できることは、私にとってこのうえない光栄です!」


 緊張気味のモルスを見て笑いながらケーテが言う。


「ロックが結界術について教えてもらいに行きたいと希望していると伝えたら、モーリスが気を使ってくれたのだ」

「ふむ?」


 モーリスは王太女リーアの叔父にして水竜の侍従長である。

 侍従長とはいうが、王族でもあり事実上の摂政のような立場だ。


「ロックに長い間水竜の集落に来てもらうのは悪いとモーリスは考えたのだろうな」

「そんな……。俺は教えを乞う立場だ。気を使わなくてもよいのに」

「そういうことでもあるが、そういうことではないのだ」


 ケーテはよくわからないことをいう。


「というと?」

「いくらロックでも、習得にはそれなりにかかるであろう? その間、狼の獣人族の方々を待たせるのは申し訳ないとおもったのであろうな」

「なるほど」


 水竜の王太女リーアは狼の獣人族に感謝と友好を表明していた。

 俺に気を使ったというよりも、狼の獣人族に気を使ったに違いない。

 水竜たちは義理堅いのだろう。


「ということで、水竜の中でも結界術が得意な者を派遣してくれることになったのである」

「おお、それがこちらのモルスさんか」

「そうなのである」


 ケーテに優秀と呼ばれて、モルスは少し照れていた。

 ほほが少し赤い。照れながらも、背筋を伸ばしてはっきりと言う。


「風竜王陛下のご紹介は非才の身には過分の言葉でありますが、全力を尽くさせていただきます」

「モルスさん。頼りにしています。これから一緒に頑張りましょう」


 俺は握手のためにモルスに右手を差し出す。モルスは俺の右手を両手で握り返した。

 そうしてから俺はモルスに尋ねる。


「モルスさんは人の姿に変化できるということは、王族の方ですか?」

「私はモーリスの子で、役職は侍従でございます」

「そうだったのですか。モーリスさんのご子息でしたか」


 そんなモルスにガルヴはじゃれついていた。

 俺は少し考える。俺としては初対面だと思っていた。

 だが、ガルヴが懐いているということは、何度もあったことがあるのかもしれない。

 人の姿で出会うのが初めてというだけかもしれない。


「モルスさん。竜の姿ではお会いしたことが?」


 そう言うと、モルスは嬉しそうにほほ笑んだ。


「はい! そうですね、この姿では初めましてですが、竜の姿では何度かお会いしております」

「そうでしたか。気が付かなくて申し訳ありません」


 モルスは少し大げさ気味に手を振った。


「滅相もございません! お気になさらないでください!」

「そう言っていただけると助かります」

「竜の姿と人の姿はかけ離れておりますから。お気づきにならなくても仕方ありません」


 ケーテが、モルスにじゃれつくガルヴに後ろから抱き着きながら言う。


「我が初めて人の姿でロックに会った時も、ロックは気づかなかったのである」

「そういえばそんなこともあったな」


 ケーテもモルスもにこやかに微笑んでいる。


 人型のモルスはなかなかに鍛え上げられた肉体の持ち主だった。

 肩幅が広く、胸板も厚い。まるでゴランのような肉体だ。


「戦闘もご一緒したことが?」

「はい。ロックさまの素晴らしい戦いぶりを間近で拝見させていただいたこともあります!」


 モルスは水竜の中でも精鋭。いつも最前線で戦っていたとのことだ。

 それゆえ、俺と近くで戦っていたことが多いらしい。

 それに、朝の散歩の際も、水竜たちの先頭にたって俺たちを追いかけていたようだ。


「ああ、それでガルヴが喜んでいるんですね」

「はい、ガルヴさんとも仲良くさせていただいております」


 そういって、モルスは笑った。

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