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243 強そうなヴァンパイア

 俺は一歩前に出ると、男に向かってわざと優しい口調で語り掛ける。


「言葉を弄して煙に巻こうとするなど、随分と余裕がないじゃないか」

「貴様は何を言っている?」


 男は不愉快そうに顔をしかめる。だがすぐに笑顔に戻る。

 俺と同じくあえて笑顔を浮かべることで、余裕を見せ威圧しているのだろう。


 俺は男の問いには答えず、ケーテの方を見てほほ笑む。


「安心しろ。ケーテの魔力探知はこいつを正確に補足していたさ」

「そうなのであるか?」

「ああ」

「だけど……」

「こいつが俺たちの前に現れた後もボスの部屋には反応があり続けたと言いたいんだろう?」

「そうなのである」

「俺たちが魔装機械と昏竜を倒している間に、ダミーと入れ替わったというだけだ」


 そして、俺はケーテだけでなく、シアやセルリスたちも見る。


「答えさえ知ってしまえば、なんてことはない。隠ぺい魔法の精度はさすがだがそれだけだ」

「それだけだと? 人族風情が調子に乗っているな?」


 男が笑顔のままそう言った。だが、その声色には少し怒りが含まれている。

 笑顔を無理やり張り付かせているのは明白だ。

 俺はダメ押しのために、男の目を見て言う。


「とっておきの魔装機械と昏竜がなすすべもなく破壊されそうになり、さぞかし焦ったと見える」

「この我が焦るだと? 貴様は何をふざけたことを言っている?」

「俺たちの意識が戦闘に向いている隙に慌ててダミーを作って駆け付けたんだろう?」

「……」

「俺たちの手際が良すぎて到着したときには魔装機械も昏竜も倒された後だった」

「…………」

「だからと言ってわざわざ天井に貼りついて、登場のタイミングをうかがうこともあるまい?」


 小さな子供を諭すような口調で俺は語り続けた。

 男は口を開かない。だが笑顔がどんどん硬直しはじめている。煽りが効果を上げているようだ。


「カエルのように天井に貼りついているお前の姿を想像すると、……なんだか可愛いな?」

「…………貴様」

「どうした? 何か言いたいことでもあるのか?」

「お前だけは生かして帰さぬ」

「そうか。そんなこと言いながら、頭の中は俺から逃げることでいっぱいなんだろう?」


 さらに煽って、心理的に逃亡しにくいように仕向けておく。

 そうしながら、俺は声に出して男に話しかけながら、念話で皆に語り掛ける。


『とりあえず、こいつは俺たちに任せて、シアとセルリス、ガルヴは手はず通りに頼む』

『了解であります』

『わかったわ! 人間の救出ね!』

「ガウ!」

『セルリス。ロックの魔力探査によると魅了がかかった人間だ。救出と考えない方がいい』

『わかったわ、パパ』

『俺とロック、ゴラン、ケーテが戦闘を開始したら、隙を見て走ってくれ』


 念話で話している間に、俺は念入りに魔力探知と魔力探査をかけて行く。

 シアやセルリスたちの通り道に罠や強力な敵が存在しないか確かめるためだ。

 敵の男は隠ぺいがうまいことはわかっている。だからこそ何度も念入りに調べて行った。


 シアたちが通るであろう道の途中には、まだ確かに敵はいる。

 だが、ただのロードだ。シアとセルリス、ガルヴならば、問題なく倒せるはずだ。

 敵は一応息をひそめている。それでもガルヴの鼻があれば隠れきるのは無理だろう。


『シア、セルリス、ガルヴ。正面の扉を通って最初の曲がり角を右に曲がったところに……』

 俺は念話で隠れている場所を伝える。シア、セルリス、ガルヴは真剣な表情で聞いていた。


『さて、ということで、おじさんたちはあいつに仕掛けるとしよう』

『おう。腕が鳴るな』

『シア。セルリスを頼む』

『任せて欲しいでありますよ』


 念話を使ったミーティングも終わった。

 その間、俺はずっと男と声に出して会話をすることで情報を引き出そうとしていた。

 だが、めぼしい情報を得ることは出来なかった。


 エリックが声に出して言う。

「ロック。そろそろ倒してしまおう」

「ああ、そうだな」

「相変わらず人族は傲慢だな。短命ゆえ、視野が狭く敵の強さを理解できないのであろう」


 男はそう嘆くように言うと、哀れみを含んだような笑みを見せる。


「それはどうも。だが、俺にはお前のすごさはわかっている」

「ほう?」

「熟練の贋作職人だろう? その域に達するのにどれだけ努力したのか理解しているさ」

「人族風情が、馬鹿にしているのか?」

「長く生きるために、こそこそ隠れる技術ばかり上達させたと見える」

「…………」

 男は無言で俺をにらみつけてきた。


「そんなに人族が怖いなら、ナメクジみたいに暗い岩陰あたりで大人しくしておけよ」

「貴様!!」


 そう叫ぶと同時に男は俺に向かって真っすぐ突っ込んできた。

 計算通り、挑発がうまくいったようだ。俺に攻撃することに集中してくれている。

 おかげでセルリスたちが後方に走り抜けやすくなった。

 だが、これほど男の攻撃が速いのは計算外だ。

 これまでのどのヴァンパイアよりも速い。抜剣する動きを捉えるのも難しいほどだ。


 俺はとっさに魔神王の剣で男の斬撃を防ぐ。


 ——ガキン!

 剣閃が鋭すぎて勢いを殺しきれない。俺は慌てて後方へと飛んだ。

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