だが、今度はミルカが首を傾げた。
「マルグリットさん。一つ聞いてもいいかい?」
「何でも聞いてちょうだい」
「ヴァンパイアどもがその作戦を今まで使わなかった理由は何だい?」
マルグリットの言った作戦は、政府や冒険者ギルドによるヴァンパイアの情報開示が必須ではないだろう。
そうミルカは言いたいのだ。
「ミルカちゃんは賢いのね」
「えへへ、そんなことないぞ!」
ミルカは頬を赤くして照れている。
そんなミルカの頭を撫でながら、マルグリットは言う。
「冒険者ギルドや政府がヴァンパイアの危険を訴えるってのは大きな要素なの」
「そうなのかい?」
ミルカはまだピンと来ていなさそうだ。
「そうなの。そもそも唐突に眷属が暴れて捕まっても、王都の民はあまり驚きはしないわ」
「そうでありますねー。眷属や魅了された者は神の加護の下でも活動できるでありますからね」
王都の民は昏き者どもの下っ端が調子に乗って王都に潜入したが退治された。
そう考えるだろう。
眷属をきっちり退治したエリックの威光を称えることさえするかもしれない。
「なるほどー。冒険者ギルドが情報を拡散することでみんな怖くなるってことなんだな?」
「そういうこと。怖くなっているからこそ小細工がとても有効になるのよ」
「勉強になるなー」
ミルカはうんうんとうなずいている。
そんなミルカに俺はいう。
「まあ、真祖は滅びたからな。残党が同じことを出来るかはわからない」
「とはいえ、警戒しないわけにはいかない」
エリックの言葉に皆が頷く。
一瞬、静かになると、ミルカにフィリーが言った。
「まあ、そのような事態を防げるかどうかは、我々の手腕にかかっているわけだ」
「了解したぞ、先生!」
「ミルカ、早速、研究室に籠ろうではないか」
「はい、先生!」
「ということで、研究室に行ってくる。何かあれば言ってほしい」
フィリーとミルカは立ち上がり、研究室に向かって歩き始めた。
「フィリー頼んだ。協力が必要ならいつでも言ってくれ」
「その時は遠慮くなく頼らせてもらおう」
フィリーとミルカ、そしてタマが研究室に移動するとマルグリットも立ち上がる。
「私もリンゲインに戻るわね」
マルグリットは全権大使なので忙しいのだ。
「ああ、何かわかったら教えてくれ」
「わかってるわ。エリックから通話の腕輪も頂いたし」
緊急時に会話できるのは、大きな利点だ。
マルグリットが去ると、エリックとゴラン、ドルゴ、モルスも戻っていった。
みな色々と忙しいのだろう。
「さて、フィリーの魔道具が完成するまで、俺は何もすることがないな」
「がうがぅがぅ!」
「ガルヴは散歩に行きたいのか?」
「がぅー」
何もすることがないのなら散歩に連れていけ。
そう言いたいに違いない。
「じゃあ、ガルヴ、散歩に行くか」
「がう!」
「ゲルベルガさまも行くか?」
「こここ!」
ゲルベルガさまも散歩に行きたいらしい。
「ケーテも行くか?」
「がっはっは! 行くのである!」
ケーテも行きたいらしい。
俺はフィリーの研究室に寄ってタマも連れて散歩に出ることにした。
「シアたちはどうする? 俺は休憩をおすすめするが。休むのも強くなるのに大事だからな」
昨日激しい戦闘をしたばかりだ。そのうえ朝から特訓している。
いくら若いとは言え、オーバーワークが過ぎる。
二、三日、家でごろ寝して過ごしていいぐらいだ。
成長するためには、休憩もとても大切なのだ。
……十年休まずに戦い続けた俺の言うことではないかもしれないが。
「あたしたちは、王宮に遊びにいくでありますよ」
「そうなの。シャルロットとマリーが遊びたいって言ってくれて」
シャルロットは十歳のエリックの長女、マリーは四歳の次女である。
「ゲルベルガさまも王女さまに会いに行くか?」
王女たちにはゲルベルガさまは人気なのだ。
ゲルベルガさまがいけば、王女たちは喜ぶだろう。
「ここぅ」
だが、ゲルベルガさまはどうやら散歩がしたい気分らしい。
「なら、ゲルベルガさまは一緒に散歩に行こう」
「こう!」
ルッチラたちにも聞いたが、ルッチラとニアはミルカと一緒にフィリーの手伝いをするつもりのようだ。
「そうか。無理はするなよ」
「わかりました!」
「はい、フィリー先生のご迷惑にならないようがんばります!」
ルッチラとニアは元気に返事をして、フィリーの研究室へと向かっていった。
そして俺はガルヴ、タマ、ゲルベルガさまとケーテと一緒に散歩に出かける。
王都を移動するときは、あまり急がずに小走りだ。
「タマは無理するなよ」
「はっはっは」
タマは舌を出しながら、ご機嫌に俺の斜め後ろをついて来る。
最近のタマは少し太った。
今までが痩せぎすだったので、だいぶ健康になったと言えるだろう。
体重増加に伴い、体力もだいぶ回復したようだ。
それでも子狼とはいえ霊獣狼であるガルヴと違って、タマは大きいが普通の犬。
体力の差は歴然としている。
「今日はケーテもいるし、王都の外まで行ってみるか」
「ん? そうであるなー? でも我がいないと王都の外に行けないのであるか?」
「そうではないが、タマが疲れたらケーテと俺で背負えばいいかと思ってな」
「ああ、そうであるな! いつでも背負ってやるのである」
ケーテはご機嫌に尻尾を揺らしている。
俺たちはそのまま王都の門から外に出た。
ケーテもエリックから身分証をもらっているので問題なく出入りできるのだ。
王都の外に出て、しばらく歩くと、
「ここ」
俺の懐からゲルベルガさまが顔だけ出した。気持ちよさげに鳴いている。
「ゲルベルガさまも地面を歩くか?」
「ここぅ!」
歩きたそうにしているので、ゲルベルガさまを地面におろした。
俺とケーテはゲルベルガさまの歩調に合わせてゆっくり歩く。
タマとガルヴは楽しそうにじゃれあいながら、俺たちの周囲を駆け回っていた。
「こう見ると平和であるな—」
「そうだな」
真祖を倒したのでしばらく大人しくなるとは思う。
だが、油断はできない。
いつ爆弾トラップが爆発して王都が壊滅するかわからないのだ。
「爆弾はおそろしいのである」
「とはいえ、難度の調整が難しいからな。量産は出来ないとは思うのだが……」
「そうだとよいのであるが……」
ケーテは不安そうだった。
ケーテと適当に話しながら、王都の周囲をゆっくりと散歩する。
タマとガルヴは結構全力気味に俺たちの周りを駆け回っていた。
しばらく経って、タマに疲れが見え始めた。
「さて、そろそろ戻ろうか。タマ、ガルヴ! ゲルベルガさま」
「わふ!」「がうがう!」「こここ」
みんな素直に集まってくる。
全員に水とおやつを与えてから、ゲルベルガさまを懐に入れる。
そして、俺たちはゆっくりと王都へと戻った。