しばらく戦い、俺はやっと気配を感じた。
『来たぞ!』
『なにがであるか?』
ケーテの問いに、まるで答えるかのように、
「おおおらあああ!」
上空からゴランが降ってきた。
「ちぃいいいい」
ゴランの魔法の剣が真祖の身体を肩から股にかけて切り裂いた。
同時に斬り口が燃え上がる。
「楽しそうなことしているじゃねーか」
そう言ってゴランは真祖に追撃する。真祖はたまらず大きく飛んで距離を取る。
「待ってたぞ」
「ああ、待たせた。ロック」
そして巨大な竜の姿をしたモルスが降りてくる。モルスの背にはエリックが乗っていた。
エリックは落ち着いた様子でゴランに言う。
「いきなり飛び降りるな。危ない」
「そうはいうがな。奇襲が成功したんだ。いいだろう」
そういって、ゴランはにやりと笑った。
俺は新たにやってきた三人に言う。
「状況はわかっているな?」
「ああ。任せろ」「生きていたとはな」
実は邪神の加護の存在に気付いたとき。真祖が上空から降りてくる前。
俺は通話の腕輪を起動していた。
そのため、エリック、ゴランたちには口に出して話したことはすべて伝わっているのだ。
邪神の加護の存在。真祖の出現。戦況の大体の推移。それら全てをエリックたちは知っている。
つまり、エリックは邪神の加護の効果を弱める魔道具も持ってきてくれているということだ。
その魔道具はすでに発動済みのようだ。身体が徐々に楽になっていく。
「やっときたか。猿たちの勇者」
「形勢逆転だな」
「それはどうかな?」
真祖の口ぶりからは余裕を感じる。だが、ゴランが斬り裂いた痕は再生していなかった。
「俺たちのことを調べたみてーだな」
「仮にも我に傷をつけたものたちゆえな。そうそう、お前らに言っておくべきことが——」
話し続ける真祖に、俺は魔力弾を撃ち込んだ。
そのまま直撃し胴体に大きな穴が空く。
先ほど真祖が飲み込んだ邪神の加護のコアが内臓とともに地面に落ちた。
「せっかちだな。もう少しゆるりと話そうではないか。我がせっかく——」
俺は言葉を返さずに、魔神王の剣で真祖の首を斬り落し、同時に胴体に空いた穴に手を突っ込む。
「消える前に魔力をよこせ。これから忙しくなりそうだからな」
そして俺は真祖の心臓に直接触れて、ドレインタッチを発動させる。
先ほど真祖の攻撃で肩の肉をえぐられてしまった。
その傷を癒やすためにも、ドレインタッチしておきたかったのだ。
真祖の胴体と、斬り離されて地面に落ちている頭が同時にしわくちゃになっていく。
それに伴い、俺の肩の傷が治癒していった。
だが、真祖の持つ魔力は思いのほか少なかった。失血を止めるので精一杯だ。
真祖は、まるで諦めたかのように抵抗しない。地面に転がる頭はにやりと微笑んだ。
「……やはりわかったか? 猿どもに英雄ラックと言われるだけのことはある。だが、もう遅い。後悔せよ」
真祖は勝ち誇っている。魔力が少なかった。つまり、こいつは本体ではない。
倒したときは、分身体にドレインタッチすることで本体から魔力を吸えたのに、今は吸えなかった。
つまりこいつは本体と魔力的につながってすらいないということだ。
そのことから、わかることがいくつかある。
「貴様。本体は……」
俺の問いに答えず、真祖は身体を霧に変えようとした。
「コケッコッコオオオオオオオオオオオ!」
ゲルベルガさまの神々しい鳴き声が高らかに響く。同時に真祖は灰へと変わっていった。
「……やはり無理か。まあよい。対したロスではない」
笑顔のまま真祖は消えていく。
「ゲルベルガさま、助かった」
「ココ」
「ロック、どういうことだ?」
「ああ、奴は何か話そうとしていたんじゃねーか? 話を聞いてからでも——」
「時間が無い。話しは後だ。急いで王都に戻るぞ。ケーテ頼む」
「わからないけど、わかったのである」
ケーテが竜形態に戻っていく。
俺は素早くヴァンパイアどもの灰などの遺品を集めていく。
「ロック、怪我は大丈夫か?」
エリックが心配そうに尋ねてくる。
「ああ、真祖の攻撃で肩をえぐられたが、ドレインタッチでいやしておいた。完治ではないが動ける。大丈夫だ」
そういって俺は笑う。嘘は言っていない。
真祖から奪い取った魔力が少なすぎて、血を止めただけだ。
完治からほど遠いし、今もとても痛い。
右肩の肉を抉られたせいで、筋肉を使って右腕を動かすのが難しい。
「……無理はするなよ」
ゴランが心配そうに言う。
エリックとゴランに、俺の怪我の状態を隠そうとしたのだが、どうやら完全にばれていたようだ。
二人には隠し事は出来なさそうだ。
「わかってる。無理はしないさ。だが、魔法は使えるから支障は無いし、時間も無い」
「ガウ!」
そのとき、戻ってきたガルヴが俺のすぐ近くで吠えた。
「ガルヴも置いていかないさ。アリオとジニーは……」
戻ってきたアリオとジニーは、エリックに向かってひざまずいていた。
「こ、国王陛下。お会いで来てうれしいです。いつもありがとうございます」
アリオの敬語は国王に対するものとしてはふさわしくない。
だが、農村出身で貴族との付き合いもないアリオにとっては精一杯なのだ。
エリックは式典などで国民の前に顔を出すことがある。
だからアリオとジニーも知っていたのだ。
「……面を上げよ。非常事態ゆえな。事情は後でロックから聞くが良い」
「ははっ」
アリオもジニーも緊張しきっている。後で説明するのが大変だが、仕方が無い。
「ヴァンパイアに遭遇したことも、我とここで会ったことも当分は内密にしてほしい」
「は、はい、わかりました!」
「すまぬな」
エリックがアリオとジニーに対応している間に、俺はモルスに呼びかける。
「モルス。村の処理をした後、アリオとジニーを乗せて王都まで送ってくれないか?」
「かしこまりました。……村は眷属三十体に魅了かけられた者が七十人ですね」
モルスは素早く魔力探知をして内訳を正確に把握して見せた。
「そうだ。頼む」
「モルス。Aランクの冒険者パーティーを派遣済みだからな。安心してくれ」
ゴランがそう言うと、モルスは力強く頷いた。
「わかりました。到着次第、彼らに引き継ぎましょう」
俺はモルスに後を任せると、ケーテの背に乗って王都に向かう。
エリック、ゴラン、ガルヴ、ゲルベルガさまも一緒である。
ケーテの背に飛び乗った瞬間、俺の右肩がひどく痛んだ。
「ロック、どういうことだ? 王都に何がある?」
そう尋ねたエリックは少し心配そうだ。俺の怪我の状態を案じてくれているのだろう。
だが、非常時なので情報交換を優先してくれる。
「真祖は、いやあの真祖の影は陽動だ」
「詳しく聞かせてくれ」
「わかった。簡単に言うとだな、真祖の襲撃はエリックとゴランをおびき寄せるためのものだ」
真祖は攻撃を躱し続けた。あれは余裕を楽しんで居たわけではないだろう。
なぜなら、真祖は最初の魔力弾とアリオたちに向けての攻撃以外、一切攻撃をしなかったからだ。
「なぜ攻撃をしなかったんだ?」
「魔力の節約だろう。邪神の加護のせいで魔力探知の精度が落ちていたからわからなかった」
元々真祖は魔法による隠蔽が得意なのだ。加えて邪神の加護のせいで完全にだまされてしまった。
俺たちが戦っていた真祖はただの実体のある幻。実体のある影のようなもの。
前回倒したときに何体も出してきた分身体の一つだ。
前回の戦いの反省を生かしたのか、遠距離過ぎて繋げられなかったのか、魔力的にはつながっていない。
魔力吸収を警戒したのも、魔力を吸われたら簡単にやられてしまうからだろう。
「エリックが、邪神の加護を防ぐ魔道具を持ってきてくれたおかげでわかった。ありがとう」
「役に立ったならばよかったが……。なぜ陽動だと思う?」
「エリックたちが到着した途端、引き延ばしにかかったからな」
引き延ばしするためにどうでもいいことを話し始めたのだ。
「それにだな。最初は俺自身を殺し、魔神王の剣を奪おうとしていた節があったが……」
途中から会話で引き延ばし、攻撃せずに時間稼ぎをし始めたように感じた。
恐らくエリック、ゴランが動き出したから時間稼ぎの作戦に移ったのだろう。
「ロック。ちょっと待てくれ。俺やエリックが動き出したことが、どうして真祖がわかるんだ?」
「忘れたのか、ゴラン。王宮には内通者がいる。そしてまだ見つかっていない」
俺がそういうと、エリックもゴランも険しい表情を浮かべた。