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285 北の建物

 部屋への防御は、手慣れたものですぐに終わる。

 これでハイロードクラスでも容易には入れまい。


「これでよしと」

『少し時間がかかってしまったわね』

『とはいえ、情報をえられたでありますよ。結果的に時間を短縮できたかもであります』

 セルリスとシアは念話で話しかけてきた。


 俺は念話の魔法を常時発動させ続けている。だから戦士のセルリスたちも念話を使えるのだ。

『とりあえず北に向かおう。ついてきてくれ』

『わかったであります!』

『はい!』

「がう!」


 俺たちは傭兵たちが侵入を禁止されていたという北の建物に向かって走り出す。

 エリックの王宮は王都の最北に位置している。

 恐らく、真北の天空に浮かぶ動かない星に王を擬しているのだと思うが詳しいことは知らない。


 ともかく、北側というのは、大使館の敷地内で王宮にもっとも近い位置である。

 そして、この大使館を中心として、神の加護に穴が空いている状態だ。


『神の加護を復旧させねば、いつ昏き者どもの増援が来るかわからないからな』

『そうね!』

『邪神の加護にも気をつけないといけないでありますよ!』


 邪神の加護という言葉を聞いて、俺の懐の中に入っているゲルベルガさまがぶるりと震えた。

 ゲルベルガさまは、邪神の加護の影響を一番受けやすい。

 俺などよりずっと激しい苦痛に襲われるのだろう。

 できることならば、邪神の加護を発動させることなく、敵を制圧したいものだ。


 俺は服の上からゲルベルガさまにそっと触れる。ちょうどそのとき北の建物に到着した。

 大使館の北の建物、大使の住居兼執務のための館と言われている建物だ。

 当然、俺は魔法による探索はずっとし続けている。だが建物の中は見通せなかった。


『魔力探知も魔力探査も通らない。何があるかわからない。気を引き締めよう』


 もちろん三十分程度の時間をかければ、中を魔法で探索することは出来るだろう。

 だが、そんな猶予は残念ながらない。


『罠があるかも知れないわ』

『気をつけないとでありますね』

『ガルヴはシアの後ろで待機だ』

「がう」


 扉には魔法の鍵がかけられていた。扉自体も魔法で強化されている。

 とはいえ、俺が魔法を使えばたやすく壊せるだろう。

 そして、壁には扉よりも強固な魔法で保護されている。


 だが、俺は敢えて扉を迂回した。壁越えのときと同じ理由だ。

 扉の向こうには罠を仕掛けられている可能性が高いのだ。


 だから俺は壁を魔力弾を撃ち込んだ。轟音が鳴り響いて、壁に大穴が空く。

 その穴からは濃密な霧が吹き出してくる。例のヴァンパイアの霧だ。

 ゲルベルガさまの鳴き声を防ぐ、防音効果のようなものが壁にはあったのかも知れない。


『中を魔法で探索できなかったのは、特殊な壁と霧のせいかもしれないな』

「こ?」


 ゲルベルガさまが俺の懐から顔だけ出して鳴いていいか聞いてきた。


『頼む、ゲルベルガさま』

「コゥ……コケコッコオオオオオオォォォォォォォォゥ」

 一声で、霧が文字通り霧散する。


『ありがとう、助かったよ!』


 俺はお礼を言うと同時に穴の中へと飛び込んだ。

 建物の中に入ると同時に、俺に向かって横や上下から魔法の刃が撃ち込まれた。

 その全てを、俺は魔法の障壁で防ぎきった。


 凌ぎきったところに、数瞬だけ遅れて正面から鋭い槍が撃ち込まれた。

 それはミスリル銀で作られた物理的な鋭利な槍だった。


「ふむ。よく考えているな」


 俺はその槍を右手で掴んで止めた。

 魔法攻撃で魔法防御を発動させて防ぎきったと思わせたところに物理攻撃だ。

 魔導士でなければ最初の攻撃を防ぎきれず、魔導士ならば物理攻撃を防ぐのは難しい。


「……化け物が」


 そう呟いたのは、俺の正面から槍を投げつけた男だ。


「化け物とはお前らにふさわしい言葉だろう? ……ん? お前人間か」

 投擲された槍の速さと狙いの正確さから、ヴァンパイアだと思ったが調べたら人間だった。

『あいつが大使よ』


 穴から俺に続いて入ってきたセルリスが教えてくれた。

 シアもガルヴも穴から入ってきて、周囲を油断なく見回している。

 大使は四十代半ばぐらいの壮年の男だ。

 身長が高く、血色は良い。身体も良く鍛えられている。

 文官出身ではなく、軍出身の貴族なのかもしれない。


「ふむ」

 俺は部屋の中を見回した。

 今居る部屋は入り口から入ってすぐの場所にある部屋である。なかなかの広さだ。

 入り口や窓の側には罠らしきものがしっかりと準備されていた。


 だが、部屋の中には大使しかいなかった。

 大使以外は、人一人、ヴァンパイア一匹もいない。

 大使の存在自体が、罠かもしれないと警戒しながら俺は語りかける。


「大使か。それならば魅了にかけるわけにも眷属にするわけにもいかんよな」


 大使という立場上、メンディリバルの王宮にもリンゲインの王宮にも顔を出す機会はある。

 一般的に王宮というのは警備が厳重なのだ。

 それに宮廷魔導士など、高位の魔導士も多いし、メンディリバルの王宮には狼の獣人族の警護兵が沢山居る。

 大使は人でなければ務まるまい。


「そうだ。私は在メンディリバル王国駐箚リンゲイン王国特命全権大使である。私に弓を引くことは、メンディリバル王国、リンゲイン王国双方に弓を引くことと同義と心得よ!」

 大使は堂々と威厳のある態度で宣言した。

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