俺は走りながら、ニアたちに言う。
『はっきりとは言えないが、魔法陣の機能で神の加護が消えたのかもしれない』
『……そんなことって』
『普通なら考えにくいが、実際ハイロードたちが特殊能力を使えるようになっていたからな』
『最悪の事態を考えて行動するのは大切でありますからね!』
シアが力強く言った。
俺は走りながら空を見上げる。
ケーテ、ドルゴ、モルスが、
三人ともかなり体力を失い疲れ果てているに違いない。
「ケーテ、大丈夫か?」
俺はケーテに通話の腕輪で呼びかける。
『大丈夫である!』
「戦い続けているんだろう? そろそろ限界じゃないのか?」
『我らは竜である。人族の体力とは、文字通り桁が違うのであるぞ』
「それならいいのだが」
『ロックさん。それに敵もそろそろ打ち止めのようです』
そう言ったのはドルゴだ。
「何頭倒しました?」
『五十ほど。増援が止まったので、今いる五頭を倒せば、そちらに援護に向かえます』
「ありがたい」
『あと少し待つが良い!』
ケーテたちの戦闘推移は順調なようだった。
上空との通話を終えると、俺はフィリーに通話を繋げる。
「そちらはどうだ?」
『……ガガ……ガガガ』
「フィリー?」
王宮にいるゴランに繋げたときのように通話の腕輪から雑音が聞こえてくる。
『——大丈夫だ! ガガガ……そち……こそ……丈夫か? ガガ』
だが、ゴランとの通話よりはまだましだった。
雑音がひどく聞き取りにくいが、まだ何を話しているのか理解できる。
「こちらも大丈夫だ。何かあれば何でも言ってくれ」
『ガガ……ああ……神の……護……ガガガ』
「フィリー? よく聞こえない。もう一度言ってくれ」
『ガガガガ……神の……護を……再生……。もう少し待……くれ』
そう言ってフィリーとの通話が切れる。
やはり、接続が不安定なようだ。
『フィリーは神の加護を再生させようとしているのかしら?』
話を聞いていたセルリスが言う。
もし、フィリーが神の加護を再生させようとしているのなら、昏き者どもには知られなくない。
だから、セルリスは念話を使っていた。
『かもしれない』
『そんなことが出来るのでありますか?』
『フィリーは天才だ。もしかしたら出来るのかも知れない』
それに、今フィリーの側にはレフィがいる。
当代最強の治癒術士にして、聖なる神の専門家だ。
もしかしたら、神の加護の再生も出来るのかもしれない。
『もしフィリーがやってくれたらものすごく助かる。だが、俺たちは俺たちでやるべきことをやろう』
『そうね!』
「がう!」
ガルヴもやる気のようだった。
散歩のときにはしゃぎすぎて、帰り道で疲れて動きたくないとゴネるガルヴとは思えない。
「ガルヴ、無理はするなよ」
「がーう」
少し走って、王宮が見えるころには、周囲は夜になっていた。
外から見ただけでは王宮になにか異変があるようには見えない。
先ほどのように霧がたちこめているわけでもない。
とりたてて騒がしいわけでもないのだ。
だが、魔法で探知すると異常だとわかる。
『中は激しい戦闘が繰り広げられているようだ』
『戦闘でありますか?』
『ああ、昏き者どもが大勢だ。ゴブリンなども含めれば数は六百を超えている。ヴァンパイアだけでも二百を超えだ』
『そ、そんなに? いくら神の加護がなくなったとしても……』
王宮は王都の最北にある。だから敵が攻めるとすれば北からだ。
だから北側の防備は当然堅い。物理的に強固な城壁があり、深くて広い堀がある。
魔法的にもあらゆる防御が施されているのだ。
『北側から侵入するのは難しい。かといってそれ以外の場所からとなると……』
『王都を通って侵攻しないと行けないでありますよね』
そうなれば、当然大騒ぎになる。俺たちが気付かないはずがない。
それに上空にはケーテたちがいるのだ。
六百を超える昏き者どもの侵攻があれば絶対に気付く。
『ダークレイスなら王都の民にもケーテにも気付かれないかも。でも、それだとゴブリンがいるのがおかしいわね』
『ゴブリンどもは転移魔法陣でありますか?』
『セルリスとシアの推測は恐らく正しい。まだ断言は出来ないが』
もしかしたら、王宮の五カ所に刻まれていた魔法陣は転移魔法陣の機能を持っていたのかも知れない。
だが、転移魔法陣ならば俺も書ける。見て気付かないはずがない。
転移魔法陣の効果が、魔法陣のおまけの効果に過ぎないのならば、俺が気付かないこともあり得る。
『厄介な話しだ』
転移魔法陣は極めて高度な魔法陣だ。
それをただのおまけの効果として備える魔法陣は、どれほど高度だというのだろうか。
昏き者どもは身体の霧化といい、謎の魔法陣といい、魔法理論と技術で人族の上を言っている可能性が高くなってきた。
『ともかく潰してから考えよう』
『そうね!』
『任せるであります』
「がう!」
仲間たちが力強く返事をしてくれた。