眠りについた竜に毛布にをかけてやる。
大きい竜は恐ろしいが、小さい竜は可愛い。
猫は可愛いが、大きい猫、つまり獅子や虎は恐ろしい。
それと同じようなものだ。
「……竜も疲れていたのか」
疲れているのに恩返ししようと、やってきたらしい。
本当に義理堅い。
もしかしたら、幼竜だから必要な睡眠時間も長いのかもしれない。
明日は色々と話を聞いて、帰って貰おう。
もし恩返しがしたいというなら、鱗か爪を貰うことにしよう。
古竜の鱗も爪も、魔道具作りの貴重な材料になるのだ。
そして、俺はベッドに倒れ込むと、すぐに眠りにおちた。
…………
……
俺は重さを感じて、目を覚ます。
目をつぶったままだが、胸の上に柔らかくて温かい何かが乗っている。
「はぁはぁ」
荒めの息づかいが聞こえてきた。
そして頬を舐められる。
「……何してるんだ?」
「起きたのじゃな! 主さま!」
「主ではないが」
俺の胸の上には真っ赤で綺麗な鱗を持つ、小さな竜が乗っかっていた。
「……で、何をしていたんだ?」
「つい舐めたくなったのじゃ」
「そうか」
犬みたいなものなのかもしれない。
犬もよく舐めてくる。
「わらわは人型になることもできるのじゃ。ベッドに潜り込むときはそっちの方がよかったかや?」
「いや、その必要はない。ベッドに潜り込むならその姿がいいな」
「えへへ。そうかやー」
せっかく起こしてもらったので、起きることにする。
「朝ご飯はパンでいいか? あまりうまくはないが」
「あっ! わらわが準備するのじゃ」
「その必要はない。で、パンでいいか? 嫌だといわれても、パン以外ないがな」
「いただくのじゃ」
いつもの乾燥パンを皿に乗せてテーブルの上に置く。
コップに入れた水も忘れてはいけない。
「食べていいぞ」
「いただくのじゃ!」
俺も食べる。相変わらず美味しくない。
極めてまずいというわけではないのだが、けして美味しくもない。
辺境伯家の食卓に出るパンと比べて美味しくないという意味ではない。
庶民向けの店で売っている一番安いパンよりも、美味しくないのだ。
その一番安いパンを三日放置すると、乾燥パンと似たような味になる。
それでも三日放置したパンはまだ甘みがあるので、乾燥パンよりはまし。
そのぐらいには美味しくない。
「すまないな」
「なにがじゃ?」
「客人、いや客竜に出すべき品質のパンではないんだが、これしかないんだ」
「む? よくわからないのじゃが、……うまいのじゃ」
竜は気を遣っているのだろうと思った。
だが本当に美味しそうに、小さな体で両手でパンを抱えてハグハグと食べていた。
「美味しいなら良かったよ。ところで、俺はヴェルナーという人間だ。竜は何という名前なんだ?」
自己紹介すら済ませていなかった。
昨日はとても眠かったので仕方ない。
「がふがふがふ……名も名乗らずに失礼したのじゃ! わらわは古竜の大王の娘ハティというのじゃ。がふがふがふ」
聞き捨てならない言葉を聞いた。
「大王? ってなんだ?」
「うーんと、古竜の偉い奴じゃ」
「人族の国の王と同じと考えていいのか?」
「古竜には国はないのじゃ。うーむ、なんと説明すれば良いのか……。そうじゃ! 支配しているわけではなく、尊敬されているということじゃな」
「なるほどな」
古竜についての新事実はとても興味深かった。
とはいえ、今はそれよりも大切なことはある。
ハティが俺のことを主さまと呼んで仕えようとしていることだ。
「ハティ、一昨日のことならロッテを助けるついでだ。恩に着る必要はない。あ、ロッテというのはハティが食べようとしていた人間の少女のことだぞ」
「がふが……そうはいかないのじゃ! 恩に着らずにはいられないのじゃ! そもそもハティはロッテを襲うつもりなどなかったのじゃ!」
名乗りを済ませた途端、一人称が「わらわ」から「ハティ」に変わった。
元々、名前を知っている相手には、自分のことを「ハティ」と呼ぶのが自然なのかも知れない。
「ふむ? ならハティは、なぜロッテを襲っていたんだ?」
「がふ……あれには、そう。深い事情があって……がふがふ」
「食べ終わってからでいいから教えてくれ」
俺がそういうと、ハティは美味しそうにパンを食べる。
ハティは俺が壊した魔道具に操られていたに違いない。
俺が知りたいのは、どういう経緯で魔道具を取り付けられたのかだ。
幼竜とはいえ、老竜以上に強い古竜に魔道具を取りつけるなど、ただ者ではないだろう。
パンを食べ終わると、ハティは、
「とても美味しかったのじゃ! 人間は美味しいものを食べているのじゃなぁ」
満足そうに尻尾を振った。
「そうか。それならよかった。で、一昨日のことを教えてくれ」
「あれには深い事情があるのじゃ。ハティは人を襲ったりする悪いドラゴンではないのじゃ」
「その深い事情とやらを教えてくれ」
「うむ。ハティは気ままに飛んで旅をしていたのじゃ。その途中、森の中で昼寝をしていると、知らない人族のおっさんが声をかけてきたのじゃ」
「人族がか? それは珍しいな」
神にも等しい古竜に声をかける人族はいない。
そもそも竜自体を人族は畏れる。
暴れてないなら、何もしないのがまともな人族というものだ。
触らぬ竜に祟りなしと、地方によっては言ったりするぐらいだ。
実際は触ってもいないのに暴れる竜は、まれにいるのだが。
「うむ。珍しいことなのじゃ。その人族はどうか力を貸して欲しい。道を塞ぐ邪魔な岩をどかして欲しいのだと言っておったのじゃ」
「岩をか。確かに竜の力を借りることができれば、色々はかどるだろうな」
「ハティは良いドラゴンなのであるから、快く承諾し、大きな岩をどかしてやったのじゃ」
「偉いな」
「偉いのじゃが……。それが罠であったのじゃ」
そう言うとハティは尻尾をブルブルと小刻みに揺らした。