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017 従者

 そんなハティに俺は尋ねる。


「もしかして、俺に仕えなければならない事情があるのか?」

「ハティが主さまに仕えたいと思っているのは本当なのじゃ。じゃが、もし断られたら、恩知らずとして古竜社会での信用を失ってしまうのじゃ」

「それは大変だな」

「そう。すごく大変なのじゃ。主さまに一生仕えても数百年、じゃが、古竜社会での信用を取り戻すには数千、いや万年かかるのじゃ」

「……寿命のスケールが違うからか」


 古竜と人間の寿命差を考えたら、断るのもかえって可哀想なのかもしれない。

 ハティをみると、困っているようで、尻尾がしょんぼりとしている。


 俺は少し考える。

 人との同居は嫌だ。とても困る。

 だが、猫や犬と一緒に暮らすと癒やされるように、小さな竜と暮らしても癒やされるに違いない。


「わかった。ハティの好きにしたらいい」

「ありがとうなのじゃ! 主さま!」

「とはいえ、仕えてもらうと言っても仕事はないんだがな」

「片付けとかするのじゃ!」

「乱雑に見えて、すべて意味のある配置なんだよ。それに素人が触れると危険なものもある」

「そうなのじゃなー」

「だから、文字通りハティは好きにしていい。何か用があるときはこっちから言うからな」

「わかったのじゃ!」


 そして、俺はハティにこの部屋での注意点を教える。

 主に危険な薬品や素材についてだ。


「本当のことを言うと、仕えてもらうより、古代竜の爪とか鱗とか牙とかくれた方がうれしいんだがな」

「なんじゃ、そんなものが欲しいのかや? こんど持ってくるのじゃ」

「無理して爪を剥いだり鱗を剥がしたり、牙を抜いたりしなくていいんだぞ?」

「……なにそれ、こわいのじゃ。そんなことしなくても、爪も牙も鱗も定期的に生え替わるのじゃ」

「それならいいんだが」

「古竜の知り合いたちにも、生え替わったら持ってきてくれるように伝えておくのじゃ!」

「それはありがたい」


 古竜のことだ。生え替わり周期も長いに違いない。

 そして古竜は数も少ない。


 俺が死ぬまで、生え替わる者が一頭も出なくても不思議はないぐらいだ。

 だから、期待しないで待っておこう。



 それから俺はいつものように魔道具の研究に戻る。


「万一、爆発事故が起こっても、周囲に被害が及ばない結界を展開する魔道具だから……」


 いつものようにブツブツ独り言を呟きながら、作業していると

「ぐるる? 爆風を抑えるのじゃな〜」

 ハティが手元をのぞきに来る。

 ハティなりに、俺の独り言を放置したら悪いと思って気を遣ってくれたのだろう。


「ハティ。俺は研究中に独り言を呟く癖があるんだ。反応してくれなくていいぞ」

「そうなのかやー」


 そういって、ハティはどこかへ行った。

 俺は再度集中して開発を進める。


「結界の流れは……、これでいいとして……」


 俺は一昨日までの一週間で研究を進めている。

 その一週間で、一番難しいところは乗り越えたと思う。


 大まかな理論は完成しているのだ。

 あとは細部をつめて行く作業だ。


 集中して作業していると、ひざの上にハティが乗ってきた。

「ぐるぐる」


 猫みたいで可愛い。

 それでいて、猫みたいに作業の邪魔をするわけでもない。

 俺はハティを撫でながら、作業を進める。


 ハティのおかげもあり、作業は順調に進み、夕方には試作品第一号が完成した。


「とりあえず、ひとまずできた」

「ぐる? できたのじゃな?」

「まだ試作品の段階だがな。これからテストをして、問題点を洗い出すんだ」

「ふむー?」


 ハティはよくわかっていなさそうだった。


「とりあえず、テストは明日に回すとして、ご飯でも食べるか」

「ご飯! 乾燥パンじゃな! ハティも食べたいのじゃ!」

「……ハティは乾燥パンが好きなんだな」

「乾燥パンより旨いものなど食べたことがないのじゃ」

「……そんなにか」

「うむ!」


 そこまで乾燥パンをべた褒めするものは、人類には居なかっただろう。


 俺は食事の準備をし、ハティと一緒に乾燥パンと水の食事をとる。


「うまいのじゃうまいのじゃ」

「……ハティが美味しそうに食べるから、俺まで美味しい気がしてくるよ」


 そのとき、ふと気になった。

 ハティは美味しい食べ物を知らないから、まずいはずの乾燥パンを美味しいと考えているのだろうか。

 それとも、人族と味覚が違って、我々が美味しいと感じるパンよりも、乾燥パンを美味しいと感じるのだろうか。


「……こんど、王都に行ってパンを買うか」

「乾燥パンじゃな?」

「乾燥パンと、普通のパンだな」

「普通のパンかや? それはうまいのかや?」

「俺にとっては普通のパンのほうが美味しく感じる」

「乾燥パンより旨いものがあるなど、信じられないのじゃ」


 そんなことを言いながら、バクバク食べていた。



 その日は風呂に入ってすぐに寝た。

 徹夜続きは効率が悪い。そう学習したからだ。

 今日もハティはベッドの中に入ってきた。

 ハティは温かいので、冬である今はとても快適である。


 …………

 ……


 次の日、目を覚ますと、昨日と同じように何か、恐らくハティが胸の上に乗っていた。

 だが、昨日とは明らかに重さも大きさも違った。


 まさか、寝ている間に少し巨大化したのかと思って、目を開けると、

「ふみゅー」

 全裸の人型ハティに抱きつかれていた。

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