目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第17話 助けを求める少女を見かけて


 マルリダに戻るとその日は休み、夜が明けてから依頼主がいる村へと向かう。町からそれほど離れていないこともあってか、陽が昇っているうちに着くことができた。


 村の近くの田畑が荒れているのをクラウスは見つける。荒れ方と直し具合でつい最近であることが見て取れた。少し気になるも、依頼が先だとクラウスはそれから目を逸らす。


 この村には薬師がいる。その薬師がいる家へと向かうと、少し年をとった男がクラウスたちを出迎えてくれた。彼は依頼の品を受け取って笑みをみせる。



「ありがとう。これで薬が作れる」


「一つ聞いて良いか?」



 クラウスの問いに薬師の男が「なんだい?」と首を傾げる。



「村の傍の田畑が荒れていたが、何かあったのか?」


「あぁ……。牛の魔物が現れたんだ」



 薬師の男が眉を下げながら話す。


 それは二日ほど前のことだった。突如として大きな牛の姿をした魔物が現れたのだ。田畑を荒らし、村まで来ようとしたところをたまたま居合わせた冒険者が追い払ってくれたという。



「危ない所だったよ」


「その魔物は何処へ?」


「西の方へ。丁度、ヴァムフ山のほうだね」



 薬師は「山へ帰ったのならいいのだけれど」とまだ不安げで、戻ってくることを恐れているようだ。


 薬師の男と少し話をしてからクラウスたちは彼の家を出た。ブリュンヒルトが「牛の魔物ってなんでしょか?」と先ほどの話の事を聞く。



「大きな牛の魔物だったとイナンバの可能性が高い」


「イナンバ?」



 イナンバとは大きな牛の魔物の一種だ。山に住まい、下りてきては田畑を荒らす。気性が荒くて、けれど自身に不利な戦いを挑まない賢い頭を持っている。


 その頭に生える角は武器となり、毛皮は防具や防寒着になる。下級魔物にしては素材の買取が高く、狩ることができれば得ができる代物だ。


 ヴァムフ山が近いことから下りてきたのではないかとクラウスは推察する。



「大きいってどれぐらいです? ファイアサーペントぐらいですかね?」


「個体によるが。俺がパーティを組んでいた時に見たものはそれぐらいだったか」



 大人の男二人分ぐらい、大きいものだと三人分だと聞いたことがある。そう話せば、ブリュンヒルトがはひぇっと声を零した。



 まだ近くにいるのならば警戒するが、二日も経っていると聞くに山へ帰った可能性もなくはない。西へと向かうわけではないので襲われる心配は少ないだろう。


 クラウスは近くにいた村人に馬車が次いつ来るか聞く。商人の馬車が来たばかりだから早くとも二日後だと知り、歩いてマルリダの町まで戻る選択をした。


 今から出れば、明日の暮れには着くだろう。クラウスはブリュンヒルトに「疲れるだろうけれど」と声をかけた。彼女は「問題ないです」と頷く。


 全て馬車で移動できるわけではない、歩いて野営することだって冒険者にはあることだ。ブリュンヒルトにとっては初めてのことだが経験はしていたほうがいい。


 クラウスは少しだけ心配だったが、「大丈夫です!」とブリュンヒルトが胸を張るので信じることにした。


 村を出て暫く歩いた頃だ。クラウスがブリュンヒルトの他愛ない話を聞いていた耳が、誰かを呼ぶ声をとらえる。


 足を止めて周囲を見渡してみれば、遠くのほうに人影が見えた。目を凝らすと少女一人「誰か!」と呼んでいる。


 ブリュンヒルトもそれに気づいてどうかしたのかと心配そうにしている。クラウスは少し考えてから少女の元へと向かった。


 少女は二人の姿をとらえると、泣きながら駆け寄ってきた――その身体は傷だらけだ。



「助けてくださいっ!」


「どうしたんですか!」



 ブリュンヒルトが慌てて駆け寄って少女の肩を抱く。彼女は泣きながら助けてくださいと早口に話し出した。


 ここから少し離れた場所に小さな集落が一つある。山裾に近いそこに大きな牛の魔物が田畑を荒らしたのだという。


 少女は巻き込まれてしまい、傷を負いながら助けを求めるために此処まで来たのだという。



「こんな傷で夜通し歩いたのですか!」


「近くに村があるの、知ってたから……」



 涙を拭いながら話す少女にブリュンヒルトは傷を癒す魔法を施す。


 完璧に治すことはできないが、痛みを無くして軽い傷や止血ならばできる。術を受けながら少女は二人に助けてくださいと懇願した。


 少女の話を聞いてクラウスはどうしたものかと思案する。イナンバと戦ったことがある。あの時はまだパーティを組んでいたが、苦戦した記憶があった。


 聖女であっても戦闘能力が低いブリュンヒルトを連れて戦うのは危険だ。けれど、彼女は少女を見捨てられないようでじっとクラウスを見つめていた。



「一先ず、様子は見に行こう。山に帰っていった可能性もある」



 クラウスの「少女を集落へと帰したほうがいい」という言葉に少女が「お願いします」と頭を下げた。



「ただ、あまり期待はしないでくれ。俺たちにも限界はある」



 これだは伝えなければならない、力の限界というのが存在するのだ。無謀な戦いを挑むほど無策ではない。


 少女はまた泣きそうに顔を歪めたが、小さく頷いた。了承を得たクラウスは彼女を抱きかかえる。歩き疲れただろう少女のことを休めさせるために。




この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?