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第19話 魔物と対峙


 周囲の木々をなぎ倒し、ぶつける。雄々しく鳴く、怒りを露わにして。


 月が照らしだす影が大きく揺れる。もう一度、声高く鳴こうとして、その動きを止めた。鋭い瞳が捕らえる。夜に輝く真っ白な髪を。


 じりじりを地面を蹴って、イナンバはその大柄な身体を走らせた。


 加速し、迫る――瞬間だ。


 足に絡みつくように蔦がかかった。突然のことにイナンバは足を止めることができずに転がり、地面を擦る。


 身体を打ち付けて悲鳴を上げるも、起き上がり足に絡まる蔦をイナンバは千切ろうと引っ張る。が、しゅんっと何かが空気を裂く音を奏でた。



「ブっホォォォォォ!」



 矢がイバンナの目を射抜き、痛みに悶えて暴れ出す。その力に蔦は引き千切られて血涙を流しながら、イバンナは咆哮した。


 再び矢が放たれて身体を射抜く。流れる血など気に留めることもなく、イバンナは地を蹴って駆けだした。


 真っ直ぐに走ってくるイバンナに茂みからアロイが転がり避ける。木の幹が軋んでヒビが入ったが、それでも相手は一度狙った獲物を見逃すことはない。


 アロイは走りながらクロスボウを向けると、狙った足に矢が刺さってイバンナはまた悲鳴を上げた。


 けれど、イバンナは抵抗することを止めない。まだ力は残っているようでアロイを狙って突進してきた。



「月よ、聖なる光を今っ!」



 澄んだ声と共に光が周囲を包み込む。イバンナはその光に縛られるように身体が思うように動かなくなっていた。


 必死に悶えながら呪縛から逃れようとするも、溢れる光は治まらない。


 一陣の風が吹き抜けた。気配を消し、音なく宙を舞う。


 頭上高くから二刀の短刀がイバンナの首を狙い撃つ。握る手に力を籠めて纏う炎をイメージすると、指輪が反応して深紅の宝石がぎらりと鈍く光った。


 刃を纏う炎が毛皮を肉を焼き切る――クラウスは一気に斬り裂いた。


 血飛沫が身体を濡らす、その大柄な図体は地面に伏した。


 瞳がゆっくりと濁っていくと、周囲を包み込んでいた光がぱっと消えた。動くことのない死体から黒いオーラが溢れてクラウスの指輪に吸い込まれる。



「うっわ、何その指輪」


「呪いの装備らしい」



 死体から精気を吸い取って魔力に変換して溜め込んでおくことができるが、つけたものは死ぬらしい。


 そうクラウスが説明すれば、「なんで生きてんの」とアロイに突っ込まれた。



「俺は呪いに耐性があるとクリーラの教主が言っていた」


「クリーラっつったら聖都じゃん」



 アロイは「あ、だから聖女か」と手を鳴らした、やっと納得がいったらしい。



「あの、これどうするんですか?」



 ブリュンヒルトが「一応、倒しましたけど」とイバンナを指さす。


 イバンナは素材としては買取価格が高いので、このまま放置するには些か勿体無い気がしなくもない。


 だが、馬車などで運ぶにしてもこの山から死体を運ぶのは容易ではなかった。


 どうするかと考え込むクラウスにアロイが「解体しようか?」と提案する。



「素材と血肉を分けれるのか?」


「これでもオレは元猟師なんでね。獣ならできる」



 アロイは「ただ、何処が素材で要らないものかは教えてもらえると有難い」と言った。この手の大型魔物には詳しいわけではないようだ。


 アロイは腰に下げていたナイフの一つを引き抜く。分厚い刃は固い肉を裂くには丁度良さそうであった。


 クラウスが「角と毛皮、あと腹部の太い骨が素材になる」と伝えると、アロイは「了解」と返事をしてから刃を慎重に入れていった。


 綺麗に毛皮が剥がされていき、色鮮やかな肉質が見えるとブリュンヒルトは目を逸らした。生々しかったのだ、その光景が。


 アロイは慣れた手つきで肉を剥ぎ、角を抜いて骨と肉と皮に分けるとナイフを仕舞う。


 大柄だったこともあり、少し時間がかかったが素人がやるよりも早い。ブリュンヒルトがほへーっと声を零しながら拍手する。



「ヒルデはもう大丈夫か?」


「ちょっと肉が剥がれていくのは見るの堪えましたけど、今は大丈夫です」


「まー、最初は慣れないわな、これ」



 ブリュンヒルトの反応にアロイはそれが普通だと頷く。クラウスは魔物を殺し慣れているため、平気なようだ。



「肉と要らない骨は置いていくってことでいいか?」


「あぁ。肉は金にならないし、骨も持って行けるほどの人数はいない」


「ちょっと勿体無いですけど、仕方ないですもんね」



 無理をして持って行っても何かあった時に対処ができなくなったら大変だ。クラウスの判断に二人は異議はない。アロイスは二本の大きな角を抱えて毛皮を纏める。


 腹部の太い骨をクラウスが肩に背負う。少し重そうであるが、ブリュンヒルトでは持てないので二人の邪魔にならないように、けれど傍から離れないように気を付けて後を追った。



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