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第22話 亡霊騎士


 イルシューラの村はそれほど大きくはないが長閑で落ち着いていた。田畑で作業をしている農夫たちを眺めながら馬車に揺られていけば、村の奥にひと際目立つレンガ調の屋敷が見える。


 あの屋敷が村長の家らしく、馬車が止まると老執事は「こちらです」とクラウスたちを案内した。


 遠目から見ると立派だと思っていたが、近くで観察してみれば年季の入った建物のようで何処か物悲しい。


 古びた扉を開けて屋敷の中に入れると室内は綺麗に清掃されているようで手入れが行き届いている。


 アンティーク調の調度品が並ぶのをクラウスは流し見ていると、一人の男が奥から出てきた。


 黒に見える暗い藍色の鎧に身を包むその男は兜は付けておらず、襟足の長い赤毛が目を惹いた。壮年ではあるものの、整った顔立ちをしている彼の金の瞳がクラウスを捉える。


 少しばかり目つきが鋭くなったのに気づいたクラウスは、表情に出すことなく老執事に「彼は」と問うた。



「あの方が残ってくださっているフィリベルト殿です」



 老執事は「フィリベルト殿」と声をかけて彼にクラウスたちを紹介した。


 ギルドで雇ってきたことを伝えれば、フィリベルトは眉を寄せてからクラウスたちを軽く見た後にふいと背を向ける。



「フィリベルト殿」


「誰が来ようと関係ない」


「しかし……」


「どうせ、またいなくなる」



 それだけ言ってフィリベルトはさっさと行ってしまう。その態度の悪さにアロイは「何、あのおっさん」と口を尖らせた。


 ブリュンヒルトとも感じが悪かったようで、「ちょっと怖いですね」と不安げだ。


 クラウスもあまり良い印象を持たなかったが、人付き合いが悪い冒険者というのはよくいることなので気にはしていないかった。ただ、またいなくなるという言葉が引っかかった。



「ここを訪れた冒険者は何度も逃げているのか?」


「えぇ……フィリベルト殿以外は皆さん……」



 二回ほど別のギルドを介して冒険者を雇ったことがあったのだが皆、長くは持たなかったのだと老執事は話した。亡霊に恐怖して逃げて行ってしまうと。


 それでもフィリベルトだけは残ってくれたのだが、やはり彼一人だけでは大変だろうと思って村長が冒険者を雇うことにした。


 話してくれた老執事は「あの方の腕を疑っているわけではないのですよ」と言った。



「あの方はお強いです。けれど、亡霊には届いておらず……。せめて、詳しい人がいればと思ってのことだったのですが……」



 余計なお世話だったのかもしれないと老執事は落ち込んだように呟いた。


 それでも彼の力にはなりたいようで、「あの方にお力を貸してください」と頭を下げる。



「依頼された以上はやるから安心してほしい」


「ありがとうございます。では、今の時間ならばお嬢様のお部屋に旦那様がおられると思いますのでご案内いたします」



 老執事は「お嬢様のお部屋は二階です」とクラウスたちを二階へと連れていった。



 窓から陽の光が入って廊下は明るいがそれでも物音がしない屋敷内は何処か物悲しい。


 一番奥の部屋までやってきて老執事は扉をノックした。室内から「どうぞ」と男の声がしてから扉を開ける。


 可愛らしいぬいぐるみが飾られている室内の窓際に置かれたベッドに少女が一人、寝ていた。傍には男が立っており、何か話をしているようだ。



「旦那様、冒険者の方を連れてきました」


「あぁ、すまない」



 老けてみえるこの屋敷の主である村長は振り返るとクラウスたちに挨拶をする。



「わざわざ此処までありがとうございます。この村の村長を務めさせていただいているアルファンと言います。こちらは娘のラファです」


「ラファです。冒険者の皆さん、よろしくお願いします」



 まだ幼さの残る小柄の少女、ラファは身体を起こして小さく頭を下げた。まだ子供ではあるもののしっかりとしているように見える。


 クラウスたちも自己紹介をすると詳しい話をアルファンから教えてもらうことができた。


 亡霊は満月の夜に現れてラファの部屋の窓から覗いていたのだという。驚いた彼女は悲鳴を上げることができずに固まっていると、「あと少し、あと少し」という声を耳にした。


 それからすっと姿を消したのだが、それから毎夜毎夜やってくるようになったのだと。



「娘は病を患っておりまして……最初は死神かとも思ったのですが……。わたしもこの目で見てしまいまして……。この村の教会の神父にお願いしたところ、「これはギルド案件かもしれない」と言われたのです……」



 この亡霊はただの亡霊ではないと神父に言われて、慌ててギルドに頼んでやってきたのが、フィリベルトと数人の冒険者だった。


 最初は亡霊を倒そうとしていたのだが、攻撃が通ることがなく。太刀打ちできないと次々と冒険者たちは諦めてしまい、残ったのがフィリベルトのみだったのだとアルファンは話す。



「フィリベルト殿は強いがやはり一人では大変だ。それにこのままでは娘を連れていかれてしまうかもしれない」


「なるほど。それで、その亡霊の特徴を教えてくれないだろうか?」


「首の無い騎士です」



 黒い薄汚れた鎧にマントをたなびかせて首の無い馬に乗っている。ほのかに紫のオーラを纏いながら現れると聞いてクラウスは顎に手をやる。


 その特徴にあった魔物を知っているようだが、確証がないのか口には出さない。



「クラウスの兄さん、知ってんの?」


「あぁ……ただ、確証がない。もし、それが俺の考えと同じならば少々厄介だ」


「なんですかね?」


「あの……」



 ブリュンヒルトの質問に被せるようにラファが声をかけてきた。クラウスが彼女に目を向ければ、潤む瞳とかち合う。



「あの人の力になってあげてください」


「あの人?」


「フィリベルトさんです。彼、ずっと一人だから……。他の冒険者がいなくなっても、ずっと一人で頑張ってくれたんです。だから、あの人の力になってください」



 ラファは「わたしは大丈夫だから」と笑みをみせる。それは精一杯の彼女の笑顔のように見えて、クラウスたちは顔を見合わせた。


 どうか、彼の力にというラファの気持ちにブリュンヒルトは「任せてください」と返事をする。


 にこっと優しく笑みを返して彼女の傍までやってくると頭を優しく撫でた。



「私たちにできることは全力でやりますから! だから、安心してください!」



 ねっとブリュンヒルトに同意を求められてクラウスは頷き、アロイは「まかせな」と返事をする。


 そんな二人に安堵したのか、ラファはふわりと微笑んで「ありがとうございます」と頭を下げた。



「皆さま、ありがとうございます、今日の夜にもまた訪れるでしょうから、二階の客間で暫くお休みください」



 アルファンに指示されて老執事は「こちらです」とクラウスたちを案内した。


 部屋を出て階段手前の部屋と案内されるとアロイが「で、魔物はなんですかね?」とクラウスに問う。



「確証がないが、もし一致しているのならば聖職者の力が必要だ」



 クラウスはそう言ってブリュンヒルトを見つめた。




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