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教会は今日も騒がしい


 見られたのかどうか、はっきりさせたいけど、聞くなら逆鱗に触れることになるから止めた。


「ヨーロッパの言葉じゃないな?」

「にほ……」


 何語かと聞かれて、日本と言いかけて、やめた。

 十四世紀って、大航海時代の前だったっけ? 日本はイタリアではどのくらい知られてる?


 本当は日本人で、転生したとか。僕らはロミオとジュリエットとして来て、始まりは物語通りに一目惚れをしたとか。一度はティボルトに僕は殺されたこともあるし。


 僕らが惹き合わせられたのは、呪いだったとか。そんな事は、わざわざ言いたくないし。何を言われようとも、ジュリエットとしてじゃなくて、結夏を今は愛していること。これまでまでの事を、なにも知らないやつに、疑われたくないし。


 ……言うべきじゃないことも多すぎて、どれもまだ言葉にはできなかった。


「……」

「……」

「また二人して黙りか」


 結夏もまだ話せないと思ったのか、結果的には示し合わせたかのように、秘密にしてしまった。

 ティボルトが怒るよりも、テンションが下がっているような気がする。あのティボルトは、思ったより小さく見えた。僕が中身、十七だからもあるんだろうけど。



 マキューシオたちを入れて、五人で会ってほしい話もしたかったけど、話すタイミングを逃してしまった。ティボルトは、長居しようとせずにさっさと結夏を連れて帰るし。


 教会のドアが開く前、ティボルトには伝わらないように日本語で「三日後に行くから」って声に出した。結夏は振り返ってくれたのを見て、口パクで「ば、る、こ、にぃ、で」と送った。結夏は慌てるように、だめと顔と三つ編みを揺らしながら外にでた。


**



 日が落ちかけた黄昏時。キャピュレット邸の庭からバルコニーを見上げると、結夏は頬杖をつきながら僕を見つけると、下に降りて来た。木の陰に隠れながら話す。


「来て良いなんて、言ってないのよ?」

「待ってたじゃん」

「それは、航生くんが来るって言うからでしょ。こんな敵の地で何時間も待ってると思ったら、気が気じゃないから仕方なくて、いつ来るか見張ってだけ」


 少し叱るように結夏は、厳し目の顔をしている。それでも怖くもなくて、むしろ可愛いなんて思ったりする。


「それにまた、日本語を使ってさ。軽率だと思うよ?」


 僕らも一回目の時から、ずっとここの言葉を使ってるから、二人で話す時も変えてなかったけど。もしかしたら、他の人に知られたく無い話をするときは、僕らだけの日本語を使うのは便利な気がしたんだよな。


「そう言えば、ティボルトはどう? マキューシオたちに会わせて良いかな」

「ティボルトは……」

 結夏は考え込む。

「ここ二日、ピリピリしてて、そっけないというか。口をきいてくれないの」

「あー……」

 そっけなくるなるってところは、身に覚えがなくもない。急に話せなくなるんだよな。


「小学生の時とか、あるにはあったよ」

「なになに。それって航生くんの初恋の話〜?」


 にこにこと結夏が、からかってくる。

 やめてくれ。古傷がえぐれる。


「僕のことはいいって。……まぁ。だから、ティボルトも良くあるやつなんじゃないのか」


「そうなのかな。でも、イライラしても、八つ当たりして物を壊すことはしないでしょ? 一回目の時も、ティボルトは途中から距離を置かれるようになって、どんどん荒れてきて、物じゃなくて、人にも攻撃してしまうし。航生くんロミオを殺してまうほどになったでしょ? ちょっと心配で……」


 ついでに言えば、あのティボルトに僕の友達二人も殺されたしな。


「それって何歳くらいに?」

「私が十ニ歳くらいの時から」


 ティボルトは十五歳の時か。いまとは、気まずさの点で違うんだろうな。



「……喧嘩をしないと約束したし、ほっといてやれば、良いんじゃないかな。今は」

「そんなもん?」

「僕なら、そうして欲しい」


 ただでさえ気まずいのに、キスあれを見てしまったなら、そんなジュリエットに、心配されたり話しかけられても嫌な気分になるのは、察する。


「ティボルトは結夏に、何かしてくるわけじゃないよな?」

「ティボルトは、一回目の時も今も、怒っていても私は、なにかされたことはないよ」


 一回目の時に、パリス伯爵が結夏の髪を乱暴に掴み、唇を奪った時、ティボルトの表情は怒りを全面に出していた。あいつも、結夏を怖がらせるのは望んでは無いんだろう。


「二年前に、ティボルトと遊んでた時にちょっと髪の毛を引っ張られだことがあってね。いっぱい謝ってくれたし、それからはティボルトに一度も、嫌なことはされてないから、心配しないで」


 荒れていてもティボルトは、結夏のこと相当大切に扱ってるよな。


「航生くんも、ありがとうね」

「そりゃぁ、結夏の嫌がることはしないようにするけど」

 ティボルトにもそうやって、『ありがとう』って笑ったんだろう。計算なしに言ってくるから、厄介なんだよな。

 結夏が髪の毛を触られるのが怖いのは、なんとなく前のことで、聞けばそれ相応の事が飛び出しそうだと想像する。


「日本で何かあったのか?……もちろん、言いたくないから無理には言わなくても」

「ううん。航生くんになら、話してもいいよ」


 結夏は紹介で付き合うことになった男が、だんだんと高圧的になり怖かったらしい。別れたかった時に「やりたい」と言われて拒否すると、追いかけられ――


「階段を踏み外して、それで――」


 結夏が話ながら思い出して、青い顔になった。

「そこまでで良い」

 あの話を聞いた上で、怖いと言った結夏を、抱きしめていいものか悩む。手を伸ばしたものの、触れるのを止めてしまった。


「だから、航生くんがロミオで安心できたの」

「それなら良かった」


 怖がらせてしまわないか、ためらっていると結夏の方から僕の前髪を触って、おでこにキスを落とす。


「そのうち、髪を触っても大丈夫になるから、もうちょっとだけ待ってて」


 髪の毛を触れないくらいは、大した問題じゃない。強いて言えば、キスをする時とか手のやり場に困る時くらいだ。


「初めて会った時も航生くんが、キスをしなかったでしょ? 初夜の時ももたついてたし。……私はそういう航生くん、好きだよ」


 ヘタレだって自分では思うけど。結夏がそれを肯定してくれるなら、良かったみたいだ。



 夕方のオレンジ色が、完全に紺色へと変わる。

「そろそろ帰った方がいいんじゃない? みんなロミオが居ないって大慌てになっちゃう」


 町中に電灯がある時代じゃないし、僕は身体的には九だから、夜遊びはまだできない。仕方なく僕は、いつも侵入している壊れた塀まで歩いた。結夏もそこまで見送りに来ている。


「予定通り明日、教会に連れきて欲しいんだ。僕はマキューシオたちを連れてくるから」

「今のティボルトはちょっと、毛の生え変わる犬のようだけど……」

「あいつの気分が戻るのを待ってても、良い時期なんて来ないと思うよ」

「……喧嘩が始まったら、止めてよね?」


 喧嘩をしない月間をなんとかやり切ったけど、「さぁ、五人で仲良くしよう」って言うなら、反発されると思う。けど、やるとすれば今しかない。この先も、なんとなく喧嘩はしない日が続いても、何かの拍子にまた決闘になるかもしれないし。せめて、友達の友達くらいの距離感でいてくれたら、良いなと思う。



 **


 翌日の昼過ぎ。


「こいつと友達になれ? 地球がびっくり返ってもないね!」

 やっぱりと言うか、ぺっと吐き出す真似をする。

 ティボルトの顔を見るなり、マキューシオは思った通り反発している。言い合いばかりして騒がしくしているから、そろそろ神父さまに「教会の場所を使うな」って追い出されないか心配だ。タブー度合いは、図書館で喧嘩しているのと、わけが違うし。



「おい。金魚のフンたちをちゃんと言い聞かせてから、連れてこいよ」

 ティボルトもまた、負けじと返す。でも言ってることは確かにそうで、ちゃんとマキューシオに説明できないまま、連れて来てしまった僕も悪い。


「なんだよ! ジュリエットおんなの言うこと聞いてるやつに言われる筋合いなねぇよ」

「あぁ?」


 殴りかかる拳を止めようと、間に入ると、結夏もまた飛び込んだ。マキューシオの腕を押さえ込めたから、結夏に拳は当たっていないみたいだけど。


 ティボルトは振りかざした手を、寸前で止められたみたいだった。結夏が飛び出して来たのに、絶対に怪我をさせないティボルトがすごい。


「……おい! 何してんだっ。馬鹿か! ジュリエット! 危ねぇ真似しやがって! 男と男の喧嘩の間に割り込むな! 怪我したらどうする」


 誰よりもびっくりしているのはティボルトのように見えた。心配のあまり、めっちゃくちゃ怒っている。


「喧嘩しないって約束してくれたのに……」

「お、俺が悪いのか?!」

 結夏が悲しそうに言うと、ティボルトは眉を下げてたじろいだ。


「そんなこと言ってもだめ。ロミオは、ティボルトに煽られても拳をだしたことなかったの思い出して」

「……っ。ロミオ、ロミオって。ああくそっ」


 言葉をつましたらティボルトは、舌打ちをして少し離れた場所に座り直した。誰も話しかけるなオーラを放つ。


「二人には、言っておきたい事があるんだけど」


 前置きした上で、ジュリエットのことが好きで結婚をしたいことも話した。ベンヴォーリオには、気づかれてた。そうだとしても、結婚を決めるには気が早いんじゃないかと言われたけど。


「だから、喧嘩するなとか言ってきたのか? なんだよそれ」


 マキューシオは、納得いかなそうだった。結夏やひまりが死ぬを目の前で見たし、これ以上幸せのために犠牲は出したくない。でも、周り回って友達が死ぬのもためだとか、どんな理由を並べたって、ここまでする一番の動機は、僕と結夏が結婚したいからだ。

 利用されたと思われても、もっともだと思う。


「――だったら、やめるか?」


 一人でいるオーラを出していたと思ったティボルトが、低い声で呟いた。誰にも目を合わせない、どこかを眺めながら。


「約束通り一カ月やったんだから、明日からはお前らは勝手にすれば良い」

「……ティボルトは、どうだった?」


 この一カ月、無理やりやらせてしまったけど。少しは

 決闘しないのも悪くないと思ってくれたら、ありがたい。


「俺は」

 ぼんやりと、ティボルトは遠くを眺めている。


「生まれた時からモンタギュー家を憎めと教えられて、それが当たり前になってたけど、ロクな教えじゃねぇなって。……人を恨むのも疲れた」

「ティボルト」

「勘違いするなよ! モンタギューに恨む理由はなくなったけどな。ロミオ、お前には恨みができた」

「……っ」


 ずっと目線を合わせてなかったのに、名前を出したその時だけ僕を睨みつけてきた。


「はは、ご指名されてやんの」

 マキューシオが、横でおかしそうに笑う。そのおかげで、この場の空気が溶けた気がする。


「それってティボルトもジュリ……む」

 待て、喧嘩になる! 調子にのって余計なことを言いそうだったから、手で阻止した。マキューシオは理解したのか、言葉を飲み頷いた。


「マキューシオだって、ティボルトに恨みがあったわけじゃないんだろ?」

「……まぁ、そう言われれば、そうだ。じゃ俺も、喧嘩する理由が今のところないから、続けてやっても良いさ」

 僕の手を剥がし、少し偉そうにしながらも、喧嘩しないでくれるみたいだ。ベンヴォーリオはもちろん、元からティボルトと衝突し合ってはないから、大丈夫だろう。


「話が終わったなら、俺は帰る」

「もう少し……」

「喧嘩しないって約束しただけで、勘弁しろ。こいつらと遊ぶだとか、今はまだ無理なんだよ」


 ティボルトは立ち上がると、そのまま外へと出ていってしまった。いつもは結夏を連れて帰るのに、今日はしなかった。そっけない態度は継続中みたいだ。

 結夏も「置いてかれちゃった」と小さくもらす。


「追いかけちゃだめだからな」

「……分かってるわよ」


 残ったマキューシオとベンヴォーリオが僕らに向き直る。


「俺らに、友達になって欲しいって言うからにはな。あいつが居ない間に、お前らの話でも詳しく聞かせてもらおうか」

「そうだ。いろいろ吐けよ。この一カ月で急に雰囲気変わったことも」


 顔は笑ってるけど、笑ってないような。ちゃんと説明するまで、逃してはくれない顔だ。














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