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お姫様抱っこされた冒険者
お姫様抱っこされた冒険者
ゆる
異世界ファンタジー冒険・バトル
2025年06月11日
公開日
1.2万字
連載中
気がつけば、そこは異世界。 そしてなぜか、足が動かなくなっていた。 異世界に転移した少女・真魚(まお)は、やがて自分が“かつて人魚だった”という前世の記憶を取り戻す。だが記憶の覚醒とともに、まるで呪いのように歩くことができなくなってしまう。 しかし、絶望する暇はない。 彼女には――いつでもお姫様抱っこしてくれる、無口で怪力な戦士・壁がいた! さらに、ツンデレな美人魔導士・お雪も仲間に加わり、 クセ強すぎな三人組が異世界を旅することに。 歩けないヒロインと、黙って抱える無骨な戦士。 その姿はまるで、“常時お姫様抱っこパーティー”。 異形の鬼、不可解な現象、謎の魔女―― 次第に明かされていく真魚の過去と、この世界の裏側。 本作は、アルファポリスで投稿されていた作品を加筆修正したリライト版。 そして、シリーズ完結までの構想・執筆はすでに済んでいます! 安心して読み進められる本格長編ファンタジー冒険譚を、どうぞお楽しみください!

第1話 :荒野の危機



 荒野を貫く一本の街道。どこまでも続く乾いた風に砂が舞い、命の気配が薄れるような空気が辺りを包んでいた。


 その道の上に、ひとつの異様な光景があった。


 ――横転した馬車。


 木製の車体は片輪が外れ、地面に無残に倒れている。周囲には幌がちぎれ、馬の死体が横たわる。そして、その少し先――。


 大木を背に、二人の少女が立ち尽くしていた。


 一人は銀の鎧に身を包んだ女騎士。年の頃は十八といったところ。背筋を真っ直ぐに伸ばし、剣を手に前を睨むその姿は威風堂々としている。


 その背にかばわれているのは、豪奢なドレスを纏った金髪の美少女。彼女は怯えたように女騎士の背に身を寄せていた。


 そして、二人の周囲を囲むのは、十数人の粗暴な男たち。


 ――山賊。


 見るからに柄の悪い男たちは、ボロボロの皮鎧に身を包み、剣や棍棒、ナイフを手ににやついている。


 女騎士が一歩前に出て、剣を突きつけながら叫ぶ。


「貴様ら、何者だ!」


 その声は透き通るように澄んでいた。金髪碧眼の整った顔立ちに似合う、まるで鐘の音のような美しさ。しかし、その美声に男たちは何の敬意も払わない。


「へっ、見ろよ、女二人だけだぜ」


「お頭ぁ~、どうします? 俺たちにくれませんかぁ?」


「俺はあの上玉貰うぜ」


「じゃあ、俺はこの娘だな」


 口々にそんなことを言いながら、山賊たちは下卑た笑いを浮かべた。


 リリア――女騎士は奥歯を噛み締め、悔しさに唇を噛む。


「貴様ら……!」


「最初は身ぐるみ剥いで見逃すつもりだったが……女二人、売ればいい金になる。生きたまま連れてく価値がありそうだな」


「お頭、売る前にちょっと回させてくれよ!」


「ひっひっひ、そうだそうだ!」


 最低の歓声があがる中、リリアは剣を構え直し、静かに言い放った。


「……誰一人、リィーナ様には指一本、触れさせんぞ」


 ――リィーナ。


 背後に立つ美しい令嬢。高貴な血を引くランズベルド公爵の一人娘。今はただ震えているが、彼女はこの国でも有数の名家の令嬢なのだ。


 リリアはその身を護るため、剣を抜いた。


 だが――。


 数の差は歴然だった。


 相手は十七人。こちらはたったの一人。令嬢は戦えない。剣を握る手が震える。防御もままならず、いずれ剣が折れ、膝をつく未来しか見えない。


 それでも、リリアは決して退かない。


(せめて……せめて、リィーナ様だけでも……)


 死を覚悟し、剣に力を込めた、その瞬間――


「……覚悟しろッ!」


「死ねやぁあああ!!」


 山賊たちが一斉に襲いかかってくる。


 振りかざされる斧、突き出されるナイフ、振り下ろされる棍棒。


 リリアは――目を瞑った。


(ここまでなのか……)


 死を受け入れた刹那、


 ――ヒュンッ!!


 風を切る音が耳を打つ。


 次の瞬間、爆風のような音が大地を揺らした。


 ドゴォォォンッ!!!


「ぐぎゃあああああ!!?」


「うぎゃっ、腕がァァァ!!」


「な、なんだああああッ!?」


 叫び声とともに、複数の山賊たちが吹き飛んだ。


 まるで突風に押し流されたように。


 驚愕に目を見開いたリリアが、恐る恐る目を開くと――


 山賊たちは、地面に転がり呻いていた。


 そして、後ろから声がする。


「――お困りかな?」




 リリアは、信じられないものを見た。


 彼女たちを囲む山賊の背後に、三人の“冒険者”風の人物たちが立っていたのだ。


 そのうちの一人――長身の大男が、一人の少女をお姫様抱っこしたまま立っている。


 その隣には、長い黒髪の美女が、冷たい瞳で戦場を見渡していた。


 状況は理解できない。ただ一つだけ確かなのは――


 彼らはこの修羅場に、明らかに場違いなほど余裕を持って現れたということだった。







 突如吹き荒れた爆風のような衝撃と悲鳴の中、場の空気が一変していた。


 山賊たちが次々に地面を転がり、呻き声を上げている。


「なんだ……何が起きた!?」


「攻撃された!?どこからだっ!?」


 突然の出来事に、残った山賊たちが辺りを見渡して騒然となる。


 リリアは剣を構えたまま、肩で息をしながら声のした方向へと視線を向けた。




 ――そこにいたのは、三人(に見える)人物たち。


 一人は、漆黒の外套を纏った大柄な男。表情は乏しく、口を結んだまま黙然と立っている。そして、彼の腕の中には、一人の少女がお姫様抱っこの体勢で抱えられていた。


 その傍らには、長い黒髪を風に揺らす、氷のような冷たい美貌の女――お雪がいた。


「……お困りかな?」


 冷たい声が、空気をさらに引き締めた。


「な、なんだお前ら!?」


 山賊の一人が叫ぶ。


「見ろよ、お姫様抱っこで登場って……こいつら、なめてんのか?」


「チッ、ふざけやがって……あの女、俺がもらう!」


「なら俺は抱かれてるガキの方を――」




「――やれやれ、下品な連中ね」


 ふ、と。


 お雪の周囲の空気が凍ったように思えた。


 その言葉の直後、また風が走る。ヒュゥゥン、と低く唸るような音。


 次の瞬間、二人の山賊が同時に崩れ落ちた。


「う、うう……さ、さむ……い……」


「頭が……ぐるぐる……な、なんだこれ……!」


 男たちの体からは、うっすらと霜が立ち上っている。


 目は焦点を失い、歯をガチガチと鳴らしながらその場に倒れていく。


 リリアは目を見開いた。


(あれは……魔法!?)




「説明してあげましょうか?」


 お雪は涼しい顔のまま、地面に倒れた山賊たちを見下ろす。


「さっきのは、“深冷のさざ波”という魔法。対象の体温を一気に奪って意識を混乱させるの。少し手加減したけど、本気でやれば凍死させるのも簡単よ」


「な、なんだと……」


「なに言ってんだこいつ……」




 山賊たちの間に、にわかに恐怖の色が広がっていく。


「だ、抱えてるガキも一人前のつもりか? 冗談じゃねえ、売り飛ばす女が増えただけじゃねえか!」


 リーダー格の山賊が、虚勢を張るように叫んだ。




「……私も数に入ってるの?」


 お姫様抱っこされていた少女――真魚が、ぽつりとつぶやいた。


 年若い声で、しかし呆れたような口調で。


「きもいんだけど、そういうの」


 その言葉に、お雪が肩をすくめる。


「まぁ、そういうことになるでしょうね。……残念だけど」




「お、おい!冗談言ってる場合か!」


 山賊の誰かが怒鳴った。


「くそっ……ふざけんなよ!おい、やっちまえ!!」


 そう叫んだ瞬間だった。




 再び、氷の風が吹き抜けた。


 視界が揺れる。空気が張り詰め、温度が一気に下がったような錯覚に陥る。


 まるで――冬が、真夏に唐突に降ってきたような感覚。




「――壁」


 お雪の一言に、大男が無言で頷いた。


 何も言わず、真魚をそっと下ろすと、その場に向き直る。




 そして、次の瞬間――


 全ての山賊が、地に伏した。




 悲鳴も叫びもない。

 あるのは、ただ静かに倒れ込む音。

 地面に身体を落とす音だけが、ぽつりぽつりと続いた。


「……な、なにが……? 俺の、身体が……冷たい……眠……」


 最後にそう呟いた山賊のリーダーが、がくりと膝をつき、倒れ込んだ。




 リリアは剣を握ったまま、唖然と立ち尽くしていた。


(……何が、起きたの……?)


 たった一撃。いや、魔法か。何かをしたのはわかる。けれど、何も“見えなかった”。


 視界に明確な発光もなく、派手なエフェクトもない。


 ただ、氷のような空気が走り、敵が次々と崩れていっただけ。




「……どうやら、本物の冒険者のようね……」


 リリアは、ようやく剣を下ろしながら呟いた。


 目の前の三人――もとい、二人+一人(抱っこ)――の正体が、ますます気になってきた。




――続く。







 死屍累々。


 そんな言葉が、これほど似合う光景もあるまい。


 十七人いた山賊は、今や一人残らず地に伏していた。


 呻く者も、泣き叫ぶ者もいない。


 ただ、冷たく沈黙する体の山があるばかりだった。




 リリアは剣を持ったまま、視線を彷徨わせる。


 先ほどまで命の危機を感じていたはずなのに、今は誰からも殺気を感じない。あるのはただ、不可解な静けさ。


 それが、かえって怖かった。




「……これは……どういうことだ?」


 そう呟いても、誰が答えてくれるわけでもない。


 ただひとり――その問いに反応したのは、あの女魔導士だった。




「魔法よ。私の」


 お雪は、氷のような微笑を浮かべながら言った。


「さっきも言ったでしょ? 深冷のさざ波。意識を凍らせ、思考をかき乱す。生きてはいるけれど、しばらくは夢の中ってとこかしら」


 ざまあない、とでも言いたげな口ぶりだった。




 真魚が、ぴょこっと岩から顔を覗かせる。


「みんな眠っちゃったの?」


「眠ったっていうより……気絶ね。脳が混乱してるのよ。指の一本すら動かせないはず」


「へー……えぐい」




 壁は一言も発さず、ただ真魚を見ていた。


 その瞳は何も語らない。けれど、不思議と彼が放つ空気には安心感がある。


 リリアは、改めて三人を見つめ直す。




(……この人たちは、一体何者なんだ?)


 明らかに只者ではない。


 先ほどの戦闘――いや、戦闘と呼ぶのも烏滸がましい。


 彼らは“会話をしている間”に、十数人の山賊を沈黙させたのだ。




 それは、魔法による攻撃であったのは確かだ。だが、あまりにも自然すぎた。


 詠唱も、構えも、光も音も――すべてが最小限。


 あの女魔導士の力が、桁違いであることは間違いない。




「……感謝する」


 リリアは剣を鞘に収め、軽く頭を下げた。


「命を救ってくれて、ありがとう。あなたたちがいなければ、私もリィーナ様も……今ごろどうなっていたか」


「気にしないでいいわ」


 お雪はさらりと言ってのける。


「私たちはただ、目の前の依頼をこなしただけ」


彼女たちは孤立無援だ。


 護衛の兵士たちは、先の襲撃で全滅してしまった。


 このままでは、帝都オーガンへの道中、再び危険にさらされるのは火を見るより明らか。


第四章:名乗り




 砂ぼこりが舞う静かな荒野に、風の音だけが吹き抜けていた。


 さっきまでそこにいた山賊たちは全員、地に倒れて動かない。


 呻くことも、立ち上がることもできず、まるで人形のように。




「……これは、どうしたのだ?」


 女騎士リリアが、倒れた山賊たちを見下ろしながら、呆然と声を漏らす。


 山賊たちの顔には蒼白が浮かび、意識は深く沈んでいるようだ。




「……混乱させただけよ。しばらくは起きないわ」


 淡々とした声が返ってくる。話しているのは、長い黒髪を持つ冷ややかな美女――お雪。




「おい、お雪、会話の途中だぜ?」


 壁が、珍しく声を発した。短く、低く。




「こんな連中とまともに話す価値、ないでしょ」


 お雪がすげなく返す。




「……魔法か」


「ええ、そうよ。私は魔導士。魔法使いのお姉さまとお呼びなさい」




「お姉さまって歳でもないだろ」


 壁がボソッと突っ込む。




「壁!」


 お雪がムッとして声を上げる。




 それを聞いたリリアは、静かに頭を下げた。


「……すまない。助かった」




 その言葉に、お雪は肩をすくめる。


「気にしないでいいわ。依頼をこなしただけだから」




 リリアが三人を見る。その視線の先で、壁は倒れた馬車を見つめていた。




 次の瞬間。


「下ろすぞ」


 壁がそう言って、抱えていた少女――真魚を、そっと近くの岩の上に下ろす。


 岩はちょうど座れるくらいの平らな形で、真魚は「ありがと」と笑ってちょこんと腰を下ろした。




「お雪!」




 壁が呼びかけると、お雪はすぐに歩み寄る。


 その傍らに立った彼女を見届けると、壁は無言で馬車へ向かって歩き出す。




 そして――


 ガタン、と乾いた音が響いた。


 壁は、片手で馬車を持ち上げ、起こしたのだ。


 何の苦もない様子で、まるで木の箱でも扱うかのように。




 馬車を元の位置に戻すと、壁はまた真魚のもとへと戻り、何のためらいもなく彼女を再び抱き上げた。


 まるでそれが当然であるかのように。




 リリアが慌てて名乗る。




「も、申し遅れました。こちら、ランズベルド公爵令嬢リィーナ様です。私はお嬢様の護衛のリリア・エルディーンと申します」




「あなた方は……何者ですか?」




 それに答えたのは、お雪だった。


「私たちはただの冒険者よ」


 お雪は微笑を浮かべる。




「私は氷川雪乃。で、こっちの寡黙な戦士が“壁”。この子が“真魚”よ」




 リリアは三人を見て、ふたたび姿勢を正した。




「そうか……では、その冒険者に頼みがある」


「なんだ?」




 壁の問いに、リリアはまっすぐ応じる。




「私たちは、帝都オーガンに向かうところだった。だが山賊に襲われ、従者は私一人だけとなった。……引き続き、オーガンまでの護衛を依頼したい。引き受けていただけないだろうか? もちろん、報酬ははずむ」




 壁の腕の中、真魚が軽くうなずいた。


 壁もそれに目を向けて――




「……わかった。引き受けよう」




 その一言は、短くも力強く。


 そして確かに、騎士と令嬢の命運を引き受けた合図だった。








 異様な沈黙があたりを包んでいた。


 かつて十七人の山賊が暴れていた場所は、今や意識を失った男たちが静かに転がるだけの、まるで戦の後のような光景となっていた。


 その中で、大柄な戦士――壁は無言のまま、腕に抱いていた少女をそっと下ろす。


 選んだ場所は、陽の当たる平らな岩。


 石の表面を軽く手で払うと、まるで椅子のようにちょうど良い高さだった。




「ありがとう、壁」


 少女――真魚は、小さな声で礼を言い、ちょこんと腰掛けた。




「お雪」


 壁の短い呼びかけに、女魔導士がすぐさま反応する。


「OK。任せて」




 お雪は壁に続き、軽やかに馬車へと歩き出す。壁は倒れた馬車のもとへと進み、その傍らに立った。




 ……そして。


 その場にいた全員が、思わず目を見開いた。




 壁が、片手で馬車を持ち上げたのだ。


 ガタン、と木材が軋み、倒れていた車体がぐらりと傾く。


 そして次の瞬間――彼は何事もないかのように馬車を起こし、元の形に戻した。




「…………」


 リリアは、言葉を失っていた。


 自分が必死になって押してもびくともしなかった馬車を、あの男は、まるで石ころでもどけるかのように。




 やがて、壁は岩に座っていた真魚のもとへ戻ると、何も言わずに再び彼女を抱き上げた。


 まるで、それが当然の動作であるかのように。




「も、申し遅れました」


 リリアは我に返り、姿勢を正す。


 自らの不手際を恥じるように一礼した。




「こちら、ランズベルド公爵令嬢、リィーナ様です。そして私は、その護衛騎士、リリア・エルディーン」




 リィーナはぎこちなく、けれど丁寧に頭を下げた。


「助けてくださり……ありがとうございます」




 それを受け、お雪がふと微笑む。


「名乗るほどのものでもないけど……まあ、せっかくだから」




「私は氷川雪乃。で、そっちの無口が“壁”。そして……」


 彼女は、壁に抱かれたままの少女を軽く顎で示す。


「この子は海野真魚。」




「……“壁”とおっしゃるのは、仮の名で?」


 リリアが遠慮がちに尋ねる。




「本名はあるけど、呼んでも返事しないのよ。だから“壁”。」


 お雪が即答する。


「その代わり、こっちが呼べばちゃんと動くし、命令も守る。便利よ?」




 リリアは戸惑いながらも、小さく頷いた。








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