帝都オーガンの冒険者ギルドは、まさに混雑の真っただ中だった。
昼過ぎ、依頼掲示板の前には冒険者たちが群がり、カウンターには完了報告をする一団が列をなす。
そんな熱気あふれるオフィスの扉が静かに開かれ、ひときわ目を引く三人が中へと足を踏み入れる。
先頭に立つのは無口で無表情な長身の男。
その腕には、まるで陶器の人形のように整った顔立ちの美少女が、ふわりと抱きかかえられていた。
その後ろには、雪のような肌と艶やかな黒髪を持つ美女が優雅に歩いてくる。
――その瞬間、ギルドの喧騒がぴたりと止まった。
(あれは……依頼人のお嬢様と、護衛の騎士か?)
(いや、あの女……えぐいほどの美人だぞ)
(ってか、なんだあの男。目が死んでる……いや、目そのものが見えない!)
ざわざわとした視線が一斉に三人へと集中するなか、真魚は壁の腕の中でふわりと小さく笑った。
(視線が痛い……というより、かゆい。お雪の美貌と壁の地味さと、私のこの“お姫様スタイル”のせいかしら)
受付カウンターに辿り着くと、受付嬢の若い女性がにこやかに声をかけてくる。
「いらっしゃいませ。どのようなご依頼でいらっしゃいましたか?」
完全に“金持ちのお嬢様とその護衛”と思い込んでいる様子だった。
「冒険者登録を頼む」
壁が短く言い放つと、受付嬢の笑顔が一瞬ピクリと引きつった。
「……失礼しました。それでは、お二人様の登録ということでよろしいでしょうか?」
「いや、三人だ」
「……は?」
ぽかんと口を開けた受付嬢が、思わず壁に抱きかかえられている真魚を凝視する。
「あの、その……お連れの方は、もしや……お足が……?」
「はーい。歩けません♪」
真魚はにこやかに右手を軽く上げて挨拶する。
「えっ、えっと……それは、その……大変失礼ですが……冒険者というのは、命に関わる仕事でして。身体的にご不自由のある方には……かなり、厳しいかと……」
受付嬢の視線が泳ぐ。明らかに困っている。
「仲間の命にも関わる可能性が……その……」
「問題ない。登録してくれ」
「問題あります。申し訳ありませんが、足の不自由な方の登録は――」
「問題ない。登録しろ」
「ですから、無理ですって――」
「登録しろ」
「だから無理なんですってば!」
段々とエスカレートしていく壁と受付嬢の不毛なやりとりに、とうとう痺れを切らしたのはお雪だった。
「ああもう!だから壁は!」
お雪がストンと壁の後ろから姿を見せ、腰に手を当ててため息をつく。
「あなたも、もう少し柔らかく言いなさいよ!
……いい? 私たちは、三人で行動してるチーム。この三人で、すでに三年以上一緒にやってきてるの。オーガンでの登録は初めてだけど、実績も信用もある。チーム内の責任はチームで取るから、ギルドの側が干渉しないでくれる?」
ピシッとした口調ながら、感情を抑えた理知的な物言いだった。
受付嬢はその気迫に押され、つい「は、はぁ……」とうなずいてしまう。
「ですが……帝都オーガンでの登録は初回ですので、通常は初級ランクからのスタートに……」
「お雪、紹介状」
「はいはい、用意してるわよ」
お雪が懐から一通の封書を取り出し、丁寧に受付嬢へ手渡す。
それは先ほど送り届けたリィーナの父、ランズベルド公爵からの紹介状だった。護衛任務の成功への感謝として、事前に書いてもらっていたものだ。
封を開けて読み進めた受付嬢の顔が、見る見るうちに青ざめ、そして直立不動になる。
「こ、これは……ランズベルド公爵様からの……!」
がたんと椅子を蹴って立ち上がり、深々と頭を下げる。
「大変失礼いたしました。皆様は、上級冒険者として正式に登録させていただきます!」
ギルド内の注目が、再び三人に集まった。
「歩けない少女が、上級冒険者……?」
「いったい何者なんだ……」
ざわつきは止まらないが、三人はいつも通り、特に気にする風もなかった。
静かに、淡々と、自分たちの居場所を作っていく。
その日、帝都オーガンの冒険者ギルドに新たな“異色の三人組”が登録された。