202X年。世界は今、大ダンジョン時代を迎えていた。
突如として各地に現れたダンジョン。人々は恐怖し、混乱し、そして……慣れていった。ダンジョンを攻略し、そこで得た富や情報を配信する――それが一つのビジネスとして確立されたのは、ごく自然な流れだった。
そんな中、未だ誰にも攻略されていないダンジョンが一つだけ存在していた。
その名は
名古屋の中心に位置するその巨大駅は、ダンジョンとしての出現からすでに数年が経っているが、いまだ誰一人として“最奥”にたどり着けていない。攻略難度は極めて高いとされている。
しかし、人々を惹きつけてやまない伝説があった。「迷駅には、莫大な富が眠っている」。誰が最初に口にしたのかも分からない。証拠があるわけでもない。ただ、その噂だけが、今日もスキル持ちたちをダンジョンに誘い込む。
なぜか?
それは――注目を集められるからだ。迷駅を攻略しようとするだけで、配信者としての数字が跳ね上がる。それだけで、試す価値がある。
……もっとも、バズるのは一瞬だけだ。次の挑戦者が現れれば、忘れ去られていく。
今日もまた、一人の無名配信者が挑戦を始めていた。
「今、ダンジョン迷駅を攻略中です。私のスキル『金属探知』があれば、宝に辿り着くのは楽勝でしょう」
やや鼻にかかった声が、配信を通じて視聴者の耳に届く。カメラはぶれ、薄暗い地下通路の壁が映っている。タイルの一部が剥がれ、鉄骨が露出している箇所もある。
画面の隅には、絶え間なく流れるコメント欄。
「金属探知www」
「迷駅なめすぎ。うちの兄貴、去年から帰ってこない」
「応援してます! がんばって!」
「このスキルでいけるなら、俺もやるわw」
応援の声もあるが、多くは冷笑と諦念だ。迷駅に挑む者は多く、そのほとんどが何の成果も得られずに帰ってくるか、あるいは……帰ってこない。
その配信を、一人の男が見ていた。
画面の前で身を乗り出し、食い入るように見つめるその目は、怒りに燃えていた。
宮野和樹。
スキルを持たず、戦闘能力もない一般人。ただし一つだけ、突出した特性があった。
――名駅マニア。
彼は配信者の言葉に、奥歯を噛みしめる。
「迷駅を攻略するのは、僕だ」
誰に向けたわけでもないつぶやきが、和樹の部屋に静かに響いた。
「あんな奴に、迷駅を汚されたくない……」
画面の中で、配信者が天井のパイプを叩いている。何の意味もない行為だった。
和樹は立ち上がった。決意が、確かな形を取り始めていた。
――明日、迷駅に潜る。