「はい、今日も迷駅からお送りします。スキルなし配信者・和樹です」
配信が始まる。画面には、どこか煤けたようなコンクリの柱が映っていた。
「今日はね、前から気になってたこの階段下の空間──通称“旧特急ホームの名残”について語ろうと思います」
画面の向こう、視聴者たちに見せるのは、ほんのわずかに傾いた階段と、かすかに残る黄色の塗装。それを前に、和樹は穏やかに語り始める。
「この階段は、特急ホームに通じていたと言われています。ここね、よく見ると段差の高さが違うんですよ。戦後に工事が入った際の名残だっていう話がある」
指先でなぞるようにして階段の縁をなぞり、語る。手元カメラが、忠実にその動きを追う。
「なんか視聴者多くね?」
「え、千人いるんだけど」
「バズってる?バグってる?」
「前回のまとめが拡散されたからだよ!」
「黙ってれば宝出るって思ってたが、宝より泣いた派」
「保存活動ガチでやってる人がいたとは」
「あの、これ……バグってます?」
和樹の声が少し上ずった。視線を配信画面に向けると、右上の視聴者数「1037」。
「嘘だろ……」
配信を一瞬止めかけるが、視線の先に見える古びた手すりが、彼を思いとどまらせた。
「まあ、うん。えっと、気にせず続けます。次は……ここですね」
手すりの根元。かつての案内表示板が取り外された痕跡が、サビのかたちとして残っていた。
「ここに、“特急ハヤテ号乗り場→”って書かれた表示がありました。写真資料にしか残ってないけどね。でも、実は地元の人には“あの手すり”って呼ばれてるんです。そう、分かる人には分かるってやつです」
「マニアックすぎるけど好き」
「手すりに物語を感じる男」
「名駅に敬意を払ってるのが伝わる」
「もっと早く知りたかったな、この配信」
「保存プロジェクトとか立ち上げようぜ」
コメントが流れ続ける中、画面の右端に一通の通知が届いた。
【速報】迷駅ダンジョン、年内取り壊し決定。
〜超高速列車“オメガライナー”の運用開始に伴う再開発計画〜
一瞬、時が止まった。
「……え?」
画面の向こうの和樹が、固まった。目を見開いたまま、何も言わない。
「いや、ちょっと待って、それは……それは違うでしょ……」
呟いたあと、和樹はカメラを見た。そこには千人を超える視聴者がいた。彼を見つめる目が、あった。
「僕の……名駅が……?」
喉が詰まり、言葉が続かなかった。
柱の横、朽ちかけた電光掲示板の下で、ただ、視界が真っ暗になるのを感じていた。