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スパチャで名駅、守れると思う?

「【速報】名駅ダンジョン、来月中に取り壊し決定。超高速列車対応の再開発プロジェクト始動」


 最初は悪質なデマかと思った。けれど、その後に続いた複数の視聴者からのソース提示──市の公式ページのキャプチャ、新聞社の速報記事リンク、そしてニュース配信映像の切り抜き──それらが事実を確定させた。


「うそ、だろ……?」


 呆然とつぶやく。


 彼が語ってきたのは、攻略でも、宝探しでもなかった。


 きしめんの思い出。ホームの配置。柱に埋め込まれた謎の化石。


 誰も気に留めないような、しかし確かに存在していた名駅の記憶。迷駅という名のダンジョンになってもなお、息づいていた都市の記録を、彼はただ語り続けていただけだった。


 だが、その“記録”が、跡形もなく消えるという。


「なんで……なんで今なんだよ……」


 こみ上げる悔しさに、思わず拳を握った。


 コメント欄は、ざわめいていた。



「まじで解体されるの?」

「こんだけ語ってたのに……」

「普通にショック」

「和樹さん、大丈夫ですか?」



 画面の向こうの誰かが、自分の心配をしてくれていることに、少しだけ救われる気がした。


 けれど、その時──流れてきた一つのコメントが、空気を変えた。



「スパチャで稼いで、ダンジョン買い取ろうぜ」



 一瞬、理解が追いつかなかった。


「……は?」


 ぽつりと呟いたその声に、重なるように次々とコメントが流れていく。



「それだ!」

「買え! 迷駅を買え!」

「もう攻略とかいらねえ! 保存だ!」

「名駅保存会、今ここに爆誕w」



 そして、カーン、と小さな音が鳴った。画面右上に表示された、最初のスーパーチャット。


【ひじきの煮物さんが500円をスパチャしました:名駅愛、受け取りました】



 和樹の目が、カッと見開かれる。


 立て続けに、カーン、カーン、と音が重なり始める。



【無課金派だった俺が課金する時が来た:1,000円】


【これ、授業サボってでも観てる価値ある:250円】


【迷駅の化石柱が俺の青春でした:10,000円】



「待って、ちょ、待って」


 和樹は、ようやく体を起こした。ディスプレイのスパチャ欄が、止まらない。金額が、累積で上がっていく。


「俺、別に買うとか、そんなの無理だろ……」


 言いながらも、目はスパチャの嵐から離れられない。


 そして、また一つ、コメントが流れる。



「名駅、宝なんだろ?」



 和樹の喉が、詰まる。


 そうだ──自分が探していた“宝”は、もともと目の前にあったじゃないか。


 スキルもない、戦闘もしない、ただ語っていただけの名駅の魅力。


 それに反応し、共感してくれた人々が、こうしてスパチャという形で想いを寄せてくれている。


 迷駅の価値を知っているのは、もはや自分ひとりじゃない。


 和樹は、ゆっくりとマイクに顔を近づけた。


「みんな。ありがとう。俺、本気で、守ってみるよ。名駅を」


 配信終了ボタンに手をかける直前、また一つ、新たなスパチャが鳴り響いた。



【ガチで保存運動、始めようぜ:100,000円】


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