それは、まるで夢でも見ているようだった。
配信画面の右側、スパチャ欄が高速で流れていく。金額の桁も、もう見慣れた数字をはるかに超えている。
「マジで?」
モニターの前で、和樹は呆然と呟いた。手のひらがじっとりと汗ばんでいるのを感じる。自分が語ってきた“迷駅愛”が、今、こんなにも多くの人に届いている。
数日前、コメント欄にぽつりと現れた一言。
「スパチャで稼いで、ダンジョン買い取ろうぜ」
その冗談めいたコメントが火を点けた。
まとめサイトが記事を出し、ニュースアプリが取り上げ、名駅保存スパチャがXトレンド入り。駅を愛する人、鉄道マニア、ただノリたいだけの若者──あらゆる層の思いが一点に集中した。
「1億円突破!?」
「俺の青春が詰まった駅、守ってくれ!」
「これが“民意”だ!!」
「俺も100円だけだけど投げたぞ!」
和樹の口から、かすれたような笑い声が漏れた。
「みんな、バカすぎるよ、ほんと……でも、ありがとう」
それからわずか数日後、彼のもとに正式な通知が届いた。
――「このたび、迷駅ダンジョンの管理権限を正式に宮野和樹氏に譲渡します」――
手続きは驚くほどスムーズだった。世間の熱量に押された行政が異例のスピードで動き、駅保存基金を整備、ダンジョン区域の譲渡が決定された。
画面には、ゲーム的なエフェクトが表示されていた。
【マイダンジョン登録完了】
登録者:宮野和樹
ダンジョン名:迷駅(名駅)
ステータス:保存確定
「ありがとう、本当に……ありがとう」
和樹は、配信を終了せずに、駅の構内を歩いた。
改札の外、昔きしめん屋があった場所。かつてホームに吹いていた風。磨り減った階段の段差。そのすべてが、ただの“背景”から、“宝”へと変わった。
チャット欄が静かに流れていた。
「守ってくれてありがとう」
「お前がヒーローだ」
「これからも、名駅を語ってくれ」
「My station」
和樹は、カメラに向かって小さく微笑んだ。
「誰かにとっては、ただの通過点だったかもしれない。でも、僕にとっては、ここが始まりだったんです」
彼の背後で、ホームに風が吹いた。スクリーンには「Live Ended」の文字と共に、静かに流れるBGMが鳴り終える。
そして、迷駅は、みんなの記憶の中に、生き続けた。