ーーーピコン。
昼間。私のスマホに一通のメッセージが届いた。
漣さんは朝からお仕事で、私は一通りの家事を済ませてソファーで一息ついていた時だった。
珍しいな。私に今更誰が連絡なんてしてくるんだろう。アルファとオメガが逆転して以来、私を気にかける人なんて誰一人としていなかった。
漣さんだけは違った、けど。
「
市役所に勤めてからは忙しくて何気に連絡取ってなかったんだよね。未来はベータで普通の人。
私がアルファだってことは知ってるから、もちろん世界が変わったと同時に私が最底辺に落ちたことも知ってるはず。なのに、どうして?
『美怜、久しぶり。元気にしてる? 暇なら、今日会わない?』
『いいよ。私も今日お休みなんだ』
と、返事を送った。お休みって、仕事をクビになってからはずっと休みなんだけどね。
漣さんが私のことを養ってくれるから私は何もしていない。っていうか、今は普通の仕事ができないし。
『出かけるときは必ず連絡してください』
以前、漣さんから言われた。けれど、一人で外出することはなくて今まで忘れていたのだけど。
連絡、か。今の時間は漣さんも仕事だし、邪魔したら悪いよね。それに昼間だし、友達に会うだけだから夕方には帰って来れるし。連絡はいらないかな。
私は私服に着替えて家を出た。久しぶりに一人で外に出た気がする。
普段は漣さんが一緒か、漣さんのお手伝いさんが後ろからボディーガードみたいについてきてたから。
そこまで心配しなくても、昼間から私を襲うケモノなんていないと思うんだけど。
「美怜! 久しぶり~!!」
「未来……」
茶髪に染めた未来はなんだか別人みたいで、だけど幼い顔は変わらずで。昔に戻った気がする。
そういえば未来はアパレル系に勤めてるって前に連絡あったっけ。
「美怜ってば少し痩せた? ちゃんと食べてる?」
「食べてるよ。そういう未来こそチャラいよ」
「チャラくないって。このくらい明るい髪色にしてないと会社では浮くの~」
「そういうものなの? アパレルって大変だね」
「そうそう。美怜こそお役所勤めはどう? やっぱり、朝から理不尽にクレームしてくる暇なオジサンとか来るわけ?」
「それもあった、かな」
「あった……? どういうこと??」
近くにあったカフェに入り、私たちは女子トークをしていた。
やっぱり未来には話しておこう。隠したままは嫌だし、そもそもアルファがオメガの下になったんだからいつかはバレる。散々、ニュースでも取り上げられてたし。
今となってはそれが当たり前のように世界は動いている。けれど、アルファたちは今でもギリギリの生活をしている。
誰も助けてはくれない。私は救いの手が差し伸べられただけ奇跡だ。
私は未来に今までのことを話した。アルファが最底辺になり、上司から会社をクビにされたこと。
そして拾われて、運命の番と同棲していること。養われて仕事をしなくていいと言われていること。
それと、気になっていること。最近は夜の同じ時間に眠気が襲ってくること、全部を包み隠さず話した。親友に話すくらい、漣さんだって怒らないはず。
「そっか。今はハイスペックイケメン彼氏と同棲ね~。結婚でもするの?」
「け、結婚!?」
それは考えてなかった。そりゃあ、ちょっと前まではそんなことを夢見てたけど、今はそんなことを考える余裕さえなくて。
漣さんの年齢なら、今仮に結婚したとしても、むしろ遅いくらい。私と結婚まで考えてくれてるのかな? そもそも付き合ってるかわからないし。
あ、れ? 抱かせてくださいとは言われたけど、付き合ってくれとは言われてない気がする。
どうだったっけ。私の記憶が正しければ言われてないや。
「年上イケメンはなんて名前なの~?」
「漣剛士さんっていうの。あ、でも漣さんは去年までオメガで……」
「じゃあ、今はハイスペックなわけだ。でも、美怜がアルファだからって差別なんかしないよ」
「未来、ありがと」
「っていうかさ、アルファとかオメガ関係なしに世界が平和だといいのにね。ベータだっているんだから、いちいち差別とかひどくない? 差別するってことは、それほど自分に余裕がないんだよ。自分が幸せだったら、人の悪口言う暇なんてないもん!」
「そう、だよね」
未来は昔からそうだった。オメガがイジメを受けている時だって助けていた。誰もが見て見ぬふりをしている中で。
けれど、未来みたいな考えの人ばかりじゃない。
自分が幸せでも、相手の不幸を願う人間だって世の中にはいる。私だってそうだ。未来みたいに出来た人間じゃない。
世界は綺麗なもので溢れている。そんなのは幻想だ。本当は汚れていて、人間という生き物がこの世で最も醜い。
だからこそ、理不尽な仕打ちをされてきたオメガの願いによって、世界が逆転したんじゃないか。
でも、神様が本当にいるんだとしても、祈りだけでこうも簡単に世界が変わるのはおかしくはないだろうか。
疑問に思ったところで、どうしようもないのだけど、時々思ってしまうのよね。
「漣剛士ねぇ~。なんか聞き覚えのある名前かも」
「え!? もしかして未来の元カレとか?」
「は!? なわけないじゃん~。ウチなんて、そんな人と釣り合わないって。でも、どっかで聞いたことあるなぁ」
「未来が名前知ってるってことは有名だったりするのかな……?」
アパレル業界と病院って全然関係ないから交流はないと思うんだけど。
「それよりも夜に眠くなるって病気とか?」
「未来もそう思う? やっぱり一度、病院に行った方がいいかな」
「それならさ、その彼が働いてる病院とかどう!?たまたま鉢合わせて、白衣姿見れたりするかもよ?」
「それは……見たいかも」
「でしょ!?」
そういえば、漣さんの仕事先には行ったことないかも。っていっても、気軽に遊びに行ける場所じゃないし。
それに、夜に必ず睡魔が襲ってくるし、一度行ってみるのもありかもしれない。
「今日は話聞いてくれてありがとう。私、そろそろ帰らなきゃ。漣さんに連絡しないで来ちゃったし」
「彼も過保護だねぇ~。途中まで送っていこうか?」
「大丈夫。私一人で帰れるし。未来は仕事の休息にもう少しここでゆっくりしてて」
私が立ち上がり、店を出ようとしたところ。目の前には、さっきまで話題に出ていた漣さんがいた。
「九条さん……?」
「さ、漣さん!?」
「心配しましたよ。こんなところにいたんですね」
「あれが美怜の……彼? やっぱり、どっかで見たことあるけど、ここからじゃ遠くて見えない」
「家を出る時は連絡してくださいって言いましたよね?」
「ご、ごめんなさい。家からは近いですし、友達と話すだけだったので、数時間で帰る予定で……」
「無事で安心しましたが、今度からはちゃんと連絡してくださいね。ほら、帰りますよ」
「……はい」
私は手を引かれて漣さんと店を後にした。未来にもちゃんと漣さんを紹介したかったけど、それはまた今度でいいか。
「たしか……美怜は、漣剛士って人のとこに住んでるとか言ってたよね? ネットで調べたら名前くらい出てくるんじゃ……って、うそでしょ!? 今すぐ美怜に電話しなきゃ! 早く助け出さないと手遅れになる!!」
「今日は勝手に出かけた罰として、美怜が夕食を作ること」
「そんなことで許してくれるんですか?」
「今度からは無許可で外に出たらお仕置きするから」
「っ……!」
それも少しだけ興味あるかも。なんて言ったら変態だと思われるだろうか。
☆ ☆ ☆
ピピピピピ。
「私のスマホ……。あれ? 未来から?」
夕食作りの最中、未来から電話がかかってきた。漣さんは自室で残った仕事を片付けていた。
「もしもし? 未来、どうしたの?」
『美怜……電話に出てくれて良かった。色々話は飛ばすけど、とりあえず、今すぐそこから逃げて! 行くところないなら私の家に住んでいいから。とにかく今はその家から逃げることを最優先にして!』
「……え?」
突然、未来からそんなことを言われて驚いた。あまりにも未来が焦っていたから。
『漣剛士って人、ネットで調べたら出たのよ! 彼、アルファ研究所ってとこに勤めてて、彼らを奴隷のように……』
ーーーボチャン。
「未、来?」
「……美怜さん、駄目じゃないですか。夕食作りの途中に電話なんて」
「漣、さん……」
私は恐怖を覚えた。
だって、私のスマホは取り上げられるどころか、目の前にある水槽に水没させられたから。
私は漣さんの行動に開いた口が塞がらなかった。