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第7話

「これからは俺以外と連絡は禁止」


「未来が言ってたんですけど、漣さんはアルファ研究所っていうところに勤めてるって……」


 最後に恐ろしい単語が聞こえたような気がしたけど、それよりも今は目の前にいる漣さんのほうが怖かった。


「そんなの嘘に決まってる。だって、俺はカウンセラーですよ?」


「証拠はあるんですか? 働いてる社員証とかそういうの、見せてくれたり……」


「……あ?」


「っ……! ご、ごめんなさい」


「怖がらせるつもりはないんだよ。君は俺だけのモノだから。怖い思いをしたんだね、よしよし」


「もう、大丈夫です。漣さんが撫でてくれたので安心しました」


「そう? それなら良かった」


 今は漣さんの言うことに従っておこう。本能がそう言っていた。


 本当はここから今すぐにでも逃げ出さないといけない。けれど、恐怖で足がすくみ、動けない。


 連絡手段はなくなった。

 もう、助けを呼ぶことはできない。


「スマホが壊れたから次から外に出る時は、これで連絡して? 俺のサブスマホ。俺にだけにしか連絡出来ないように設定してあるから」


「はい……」


 それは、つまり他の人に助けを呼ぶなということ。未来に何かされたら、たまったもんじゃない。私だけが我慢すればいいんだ。


「ほら、美怜。君の好きなハチミツ入りの紅茶だよ。これを飲んだら今日もぐっすり寝れるよ」


「ありがとうございます。漣さん」


 この紅茶には何かが入ってる。毒だと、とっくに死んでいる。だから、それじゃない、なにかだ。


 飲むことを断れない。だって、漣さんの目は殺意で満ち溢れていたから。私は大人しく従って飲むことにした。


 そして、いつものように、ぐっすり眠ってしまった。朝まで一度も目を覚ますことなく……。


☆   ☆   ☆


「……ん」


 昼。目が覚めるといつもの天井だった。漣さんは朝から仕事だった。


 未来が言っていたアルファ研究所っていうのはなんだろう? それに漣さんがそこに勤めていたとしたら、カウンセラーの仕事は? 私に嘘をつく理由はなに?


「漣さん、書類忘れてる……」


 リビングのテーブルに大きな封筒に入った書類。


 大事な書類だと思った私は、封筒に書いてある番号に電話をかけた。


 漣さんのサブスマホで繋がるとは思えない。昨日、繋がらないって言ってたし。……ダメ元でかけてみよう。


 プルプルプル。


『はい』


「も、もしもし。漣剛士さんという方に代わっていただけないでしょうか?」


 普通に電話は使える。だとしたら、また私は漣さんに嘘をつかれていたことになる。


 なんで自分以外にしかかけられないなんてウソを? 逃げられなくするため?


「星崎‬病院で働いていると聞いたのですが……」


『確認をとったのですが、星崎病院の医師の中に漣剛士という人物はいません』


「……そう、ですか。ありがとうございました」


 私は電話を切った。未来の言う通りだった。漣さんは病院で働いてなんかいない。


 じゃあ、この書類はなんのために? カモフラージュだとしたら納得がいく。


 私は今まで星崎病院で働いていると聞いていたから。……ううん、そういう風に思い込まされていた。


 怖いけれど、今日こそは聞くんだ。漣さんが本当は何者なのか。そして、私をなんの目的でここに置くのかを。


 返答次第では、私は漣さんを嫌いになってしまうかもしれない。でも、それも覚悟の上だ。


☆  ☆  ☆


「おかえりなさい漣さん。いきなりですが、貴方は一体何者なんですか?」


「俺は仕事から帰ってきたばかりですよ」


「今日、漣さんが働いてる病院に電話したんです」


「……!」


「漣さん以外にも繋がった。……電話は誰にでも繋がるんですね? それに、漣さんは病院では働いていない。どうして、私に嘘をつくんですか!?」


「……それは君が欲しいからだよ。あはははははっっ!」


「!?」


 漣さんは頭のネジが壊れたように笑い出した。


「ここまでバレたら仕方ないね。そうだよ、俺はカウンセラーなんかしていない。アルファ研究所で働いて、アルファを下僕にしてる」


「なんで、そんなこと……!」


「アルファが憎いからさ」


「……っ!!」


 その瞳は狂気じみていた。これは嘘じゃない。心からの言葉だ。


「不思議に思わなかったのかい? ここ一~二年で世界が大きく変わるなんて。オメガが神に願ったくらいで世界が変わるなら、最初からそうなってる。

……俺がしたのさ。アルファ研究所に侵入して、彼らの記憶を俺の得意な心理学で操り、アルファは最下層の者だと広めさせた。そうしたらさ、世界は簡単に変わってくれた!」


「……」


 言葉が出なかった。今まで疑問に思っていたことがすべて解決する。だけど、それは聞きたくなかった真実。漣さんの本性が嫌でもわかってしまうから。


「アルファが憎いなら、どうして私を抱いたりしたんですか!?」


 それがどうしても許せなかった。アルファオメガ関係なく仲良くなりたいという、彼の言葉は嘘だったの……? 


 漣さんの言葉には偽りしかないの?


「……君のためだよ、美怜」


「私の、ため?」


「俺が君に惚れてるのは本当だよ。だから、君を最底辺に落とした。人は絶望し、どん底に落ちたとき、誰かに優しく手を差し伸べられたら惚れる。そんなの、心理学では常識だろう?」


「それだけのために世界を変えたっていうんですか!?」


「そうだよ。俺は一人の愛する女性のために世界を変えた。自分が怪我をするかもしれないのにさ。危険を犯してまで、アルファ研究所に忍び込んだ。むしろ褒めてほしいくらいだね」


「そん、な……」


「元の世界なら俺は最下層だし、君には見向きもされない。けれど、立場が逆転したらどうだろう? そうすれば君は俺を頼るだろう?」


「……もう聞きたくないっ!」


 聞けば聞くほど、漣さんのしたかったことは私利私欲に溢れていて、身勝手な欲望。


 私と出会うためだけに世界を変えて、私は最底辺に落とされ、差別され、好きでもないケモノたちに襲われたっていうの?

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