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<7・地階にて。>

 涼音は考える。考えて考えて――深々とため息をついた。正直これはとってもやりたくなかったし、危険だし、できれば口にしたくない提案であったのだが。


「……この存在は、恐らくきさらぎ駅と同種ッス。ただし犯人が悪霊なのか、生きた人間の魔女や魔術師であるのかは現状完全に不明。……いやむしろ、生きた人間の可能性の方がちょっと高いかなーって思ってるところでして」

「その心は?」

「明らかに、誰かがかりんとう氏にダンジョンの入口と入り方をレクチャーしてるからッスね」


 一応、ここに来るまでにざっと見たのだ。例の動画とそのコメント、そして彼が行っているインスタなどのSNSを。

 ところが、一体誰にこのダンジョンを教えてもらったのかはわからなかった。表でそういったリプライをしている者がいなかったためである。

 ただし。




●かりんとう@動画配信者 @karintou_ikeike

おおおおおおおおおおお!これは面白い情報入手!情報提供してくださった方感謝!

まさかうちの近所とは……今度調べてみまっす!




 動画が配信される数日前、Xにこんな投稿を発見したのだ。

 近所、と言っているということといい、恐らくこのコメントの直前にダンジョンの情報を入手している。ただし、表立ってのリプライではない。


「かりんとうさんのTwitterのコメント見るに、メッセが届いたってことなんだと思うッス」

「やっぱりそうなのね」


 でも妙だわ、と奈河。


「よりにもよって偶然、彼の家の近所にダンジョンがあるなんて。彼の動画投稿の傾向からして、教えたらほぼ確実にダンジョンに突撃取材かけるでしょ?それをわかっていたあたり、彼が死んでも構わないと思ってたんでしょうけ、ど……」


 そこまで言って、奈河の台詞が不自然に止まる。彼女も気づいたのだろう。


「……いや、逆か?もしかして偶然じゃない?……彼の住所を知った何者かが、彼に動画を撮らせるためにわざわざ彼の家の近所にダンジョンの入口を繋げた……?」

「はい。あたしはそう推理してるッス」


 涼音は頷く。

 そう、偶然にしてはあまりにも出来過ぎている。かりんとうがすぐに行けるような場所に、たまたま彼が取材したくなるような対象があった。それも、かりんとうが今までまったく気づいていなかったオカルト的案件だ。

 こんなもん、意図的でしかないだろう。


「かりんとうさんの動画見たでしょ。あの人、風景へのぼかし処理が非常に甘い。生配信の時だけじゃなくて、普通の動画配信の時も全然ぼかしてなかったんッスよ。でもって東京在住、どっかの区内ということもわかってる。グーグルアースでも使えば大体の住所の特定は難しくないんじゃないでしょうか」


 もっと言えば、Twitterの発言を追うことである程度最寄り駅も絞り込めてしまうものなのだ。

 これは涼音も気を付けていることだが、例えば『今日駅に行ったら電車止まってた!入場制限してた!最悪!』と呟いたとしよう。

 この時点で相当絞りこめてしまう。入場制限がかかるほど混雑する可能性が高い駅なんてほぼほぼ関東の圏内――特に東京の可能性が極めて高い。その発言がなされたタイミングで止まっている電車はネットニュースにも出る。さらにどこで入場制限がかかっているかは、ちょっと調べれば簡単にわかってしまうことだ。

 電車が止まっても、入場制限がかかるレベルまで行くケースはそう多くはない。この時点で簡単に絞り込まれてしまうだろう。なんなら、うかつにも駅の写真を撮ってアップする人もいる。もうここまで来れば確定も同然だ。

 かりんとうは自分の顔と本名は隠していたものの、そういった対応がややおろそかだった。人間にも充分、彼の所在地を調べることは可能だったはずだ。


「かりんとうさんが危険な目に遭うのはわかりきっていたはず。ひょっとしたら彼のアンチとか、恨みを持つ人間だった可能性もある。……ダンジョンの存在を広めてその怪異としての力を高めることが目的だったとしても、どうせやらせるならどんな目に遭っても構わないような嫌いな相手にやらせるでしょ」

「そりゃあそうでしょうね。……なんかどんどん闇が深い話になってきたじゃないの」

「はい。で、さっきも言ったけどこの怪異は恐らくきさらぎ駅と同タイプ。情報を知る人間が増えれば増えるほど危険が増すんだと思うッス。拡散されたがっているからこそ、あたし達は今スマホでネット見られるし、外部と連絡を取ることもできる状況なんスから」


 実のところ、異空間に入り込んでしまった人間の電波を阻害するメリットはあまりないのだ。なんせ警察が動いてくれたところで救出する方法がないのだから。

 そしてむしろ存在を知らされることで怪異としてのパワーが上がるのならば、下手な霊障なんぞで疎外して情報を隔離しない方がいい。どんどん外部に助けを求めてもらって、外部に情報を拡散してもらって、この怪異に興味を持つ人間が増えた方が嬉しいからだ。


「幸い、現在は特定の手順を踏まなければ中に入らずに済む。SCPで言うところのSafeクラスってところかと」


 問題があるとすれば、その手順が広まってしまっていること。

 この現実世界にSCP財団はない。既に世に出てしまっている動画を簡単に削除したり、情報統制するなんてことは涼音たち一般人にできることではないのだ。


「かりんとうが出してしまった動画が問題よね。例の動画が消えても、どうせもうどっかに無断転載されてるんだろうし」


 やれやれ、と奈河が肩を竦める。


「で、そこまでわかった上で、どうするの?南京錠の件といい、多分このダンジョンを作った存在とかりんとうに教えた存在は別人よね?」

「はい。多分、教えた人が南京錠壊しておいたんでしょうしね。作った存在は人間じゃないかもしれないけど、教えた存在は人間ってことなんでしょう。……ぶっちゃけ、今はそのどっちもあたしらだけじゃ完全には対処出来ねッス」


 ただ、と涼音は目を細める。


「このダンジョンに入って巻き込まれる人間を可能な限り減らす方法はあるかもしれない」


 このダンジョンは、知られることで力を増すものと思われる。人がどのような認識をするかで威力が変わってくるとでも言えばいいだろうか。

 なら、その認識を上書きしてやればどうだろう?


「あたしらでこのダンジョンを無効化した……ということにします」

「したことに、する?」

「多分、この地下に元凶である何かがいる。多分あたしと先輩が奇襲かければ、弱体化くらいはさせられるでしょう。だから、今からそいつを一発殴りに行きます」


 で、と涼音は奈河が持っているカメラを指さす。


「撮影続けてるんスよね?あ、今の会話は編集でカットしてくださいね。……あたしらがそいつらをやっつけた画を撮影して、ダンジョンが無効化されたことを大々的に喧伝するんス。それにより人々の意識が……例えばそう、SCPで言うところのSafeクラスからNeutralizedクラスに変わったと思い込んだら、恐らく怪異そのものにでっかい影響が出ます」


 そして、みんな「もう異常が一切なくなった場所」には興味を示さなくなる。あるのはただのゾウさんの滑り台だけ。面白半分の大人たちの好奇心を引き付けることはなくなるだろう。


「あたしの力で、入口に簡単な封印はします。呪文の一部を無効化するくらいなら多分できるでしょう。……この二重策で、このダンジョンを無効化できたように見せかけて、余計な人が入ってこれないようにするッス」

「それ、封印するだけじゃ駄目なの?」

「弱体化してくれないと封印してもすぐ壊されちゃうッス、あたしの力なんか弱いし。あと、結局このダンジョンの入り方をかりんとうさんに教えた人間が野放しになるッス。また新しい呪文と入口広めてこられたら元の木阿弥ッスから。中身そのものも弱っててくれないと」

「なるほどね。大体のことは理解したわ」


 よし、と奈河は立ち上がる。そして、涼音に向かって手を差し出したのだった。


「それじゃあ、行きましょうか。……大丈夫よ、あなたと私ならきっとなんとかなる!なんとかならなかったら……」

「はい、その時は一緒に逃げましょう」

「ええ、それが最適解よ!」


 これだから、この人のことが好きなのだ。いざという時どんな男よりも男らしくて度胸がある。本当はかりんとうのことでショックもあっただろうし、恐怖心だってないはずがないというのに。

 奈河の手を握って立ち上がった涼音は、彼女と一緒に廊下の奥へと進み始めた。地下に入ってから、やたらと蒸し暑い風が吹きこんできている。まるで本当に、近くにマグマでもあるかのような。


「この熱って、なんなのかしら」

「さあ」


 質問されたところで、涼音にもわかるはずがない。そもそも。


「いろいろ話しましたけど……世の中には本当にSCPみたいなものあると、あたしは思ってるもんで」


 額に浮かんだ汗を拭う涼音。


「ようは、どこから来て、誰が作って、どういう原理か一切わからないもの。オカルトなのか、あるいは未発見の科学なのか、異世界のファンタジーなのか異星人の代物なのか。案外このダンジョンも、そういう物体なのかもしれない」

「それはそれで、興味深いじゃない。世の中、解明されたものが科学と呼ばれ、解明されてないものはすべからくファンタジー扱いだものね。差なんて結局、解明されているかいないかのどっちかだけなんでしょう」

「そうッスね。……さて、鬼が出るか蛇が出るか」


 長い廊下の突き当り。その向こうの障子戸の隙間から、赤い光が漏れだしてきている。同時に、近づけば近づくほど暑さも増しているようだ。

 意を決して、二人はそのトに近づいていったのだった。


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