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牧島くんは恋をしない!
牧島くんは恋をしない!
恋愛スクールラブ
2025年06月12日
公開日
8,625字
連載中
放課後は自由だ。誰にも干渉されず、自分のペースで寄り道して、趣味に没頭する時間。 牧島駿(17)にとって、それが何よりの至福——つまり、ソロ活。 別に友達がいないわけじゃない。たまたま、つるむ相手がいないだけだ。 そんな主張が周囲にどう思われているかなんて、駿は気にしていない。いや、してないつもりだった。 だがある日を境に、彼の「完璧な領域」が崩れはじめる。 なぜか放課後になると話しかけてくる、ふんわり後輩・相木ひとみ。図書室から現れたと思えば、まるで彼女風に接してくる。え、これなに? 罠? 人気コスプレイヤーにして学園の先輩・風間麻衣は、なぜか駿にだけ懐いてくる。密室で? 2人きり?  助けてぇぇ! 理屈っぽい委員長・白石詩織は、駿を変な実験台にしたがるし、水瀬玲、謎の女の子。気づくとすぐそばにいる——。ていうか、この子こそが一番怖い。 次々と訪れる女子たちとの、ちょっとだけ恋っぽいけど、全然そうじゃない(と思いたい) イベントの嵐! 駿の毎日は、誤解とすれ違いとほんのちょっとのときめきで、ぐちゃぐちゃに。 ソロ活男子 × 美少女 × 勘違い。 最終的に駿が選ぶのは、恋か、友情か、それとも……やっぱりソロ活か。 騙されないぞ! 騙されないんだからね!

オープニング

第0話 「ゴールデンタイム」

 放課後。

世界が静かになるこの瞬間を、俺は心待ちにしていた。

図書室のスポットライトは夕日。贅沢すぎる。


「……ふぅ」


 椅子を引く音すら音楽のように聞こえる。

誰もいない教室、誰にも邪魔されない自由時間──ソロ活だ。


ゲームをやるわけでもなく、勉強するわけでもない。

ただ、ぼーっと窓の外を眺めて、青春をちょっぴり皮肉りながらダラダラ過ごす。それこそが、俺のゴールデンタイム。


「――ねぇ」


 んん。雑音が聞こえるな。至福のひと時。珈琲を口に含み、仕切り直す。

苦いな。微糖だよね? これ。

新商品の缶コーヒーは買うとハズレが多い気がする。


「牧島くん」


 ……裾を引っ張れる。俺は黙って振り払う。だが、微動にしない。金縛りかな?


「牧島くん、いる……よね?」


 ごくり。


 ぴしっ──と空気が裂けた。

後ろから聞こえたのは、天使のような声。


のどが渇く。これは、恐怖だ。ああ、恐怖に違いない。


俺は知っている。この世には天使に化けたハニートラッパーが存在することを。


「人違いです……」

「学生証と顔写真一致してる」

「はっ! いつの間に!」


 振り返ると、そこには隣の席の図書委員、相木ひとみ。

おっとりした雰囲気に、ふわふわの三つ編み。手には分厚い本と紅茶のポット。


「なにしにきた?」

「今日も、一緒に読書……しよ……?」


 そう言いながら、上目づかいで俺を見つめる。

視線が合うと、きゅっと眉を下げて、少しだけ頬を染めた。


「……だ、だめかな……?」


 言葉の終わりと同時に、彼女はスカートの裾をちょこんとつまみ、ぺこりと首をかしげる。

なぜかその動作が「撫でていいよ」と言ってるように見えてしまうのが悔しい。

 ぐっ……!

誘っているのか!? またしても俺をめる罠なのか!?

やめろ。やめてくれ。その眼鏡こしの上目遣い。

なんて澄んだ瞳、じゃない。っぶねー。つい一目惚れするところだった。

いや、ちょっと待て。ここで気を緩めてはならない。俺は騙されないんだからな!


「悪い、今日は予定があるんだ。……また今度な」

「……うん、そっか。残念」


 俯くひとみ。

罪悪感が走るが、ここで情に流されては敗北だ。これは戦争なんだ。


──そう、俺の「ソロ活」を守る戦い。


が、その30分後。

俺は図書室のソファで、紅茶とスコーンを出されながら読書していた。


「……な、なぜこうなった」


 え? さっきまでのカットはどこにいった?


「ねえ牧島くん……このお話、最後泣いちゃうんだよ……」

「そ、そう……ネタバレやめてよね」


 近い。近い。いいにおい。口にしたらセクハラだ。

ごまかすように紅茶の香りを楽しむ。何くつろいでんだ俺は。

すると、相木あいぎひとみがにじり寄る。


「近いぞ」

「ただ……一緒に読書したかっただけ……」


 その笑顔がまた、無垢すぎて逆に疑わしい。

 警戒心を持つべきなのに、胸の奥が妙に落ち着いてしまうのはなぜなんだ。

気がつけば、ページをめくる手が二人分。俺の肩に、彼女の髪がふわりと触れる。

 気づかぬうちに、彼女のペースに巻き込まれていた。

暖かいお茶に砂糖を溶かされるように、じんわりと。

俺の青春は、そんな一人の少女によって、少しずつ、確実に攻略されていくのかもしれない。


 心地よい空気に身を委ねたその瞬間――

背後から、氷のような声が飛んできた。


「アンタ、私とのコスサボっていい度胸ね?」

「っ! く、苦しい」


 ポキポキと骨が軋む音が聞こえる。無論、俺からだ。

キめられている。もうノックダウン寸前。


 ぐい、と背後から首元に腕が回される。

細いのに、驚くほど力強い。

密着した彼女の肌はひんやりとしていて、夏の夕方でも一瞬で背筋が伸びるような冷たさだった。


 銀髪のウィッグがふわりと頬にかかる。

さらさらと柔らかく、まるで極上のシルクのような手触り――って、それどころじゃない!


 制服の袖越しに伝わる腕の圧は本物だ。筋は細いのに、しなやかなバネのような緊張感がある。

香るのは、どこか涼やかなミントの香水。鼻先がツンとするのに、なぜか心臓がドクドクとうるさい。


 彼女の声は相変わらず低くて冷たい。けれど、耳元で囁かれると、逆らう気力がすり減っていく。


 コスプレ界のカリスマ、風間麻衣先輩。その本気の拘束技に、俺はすでに白旗寸前だった。


「次の撮影、協力してもらうから。……覚悟、しなよ?」


 ……と思ったそのときだった。


「ふたりとも、公然わいせつ罪で通報します」

「え、詩織っ!? なんでここに!?」


 いつの間にか教室の扉が開いていて、そこには白石詩織。学年委員長であり、理系の申し子、俺の人生最大の天敵が仁王立ちしていた。


 眼鏡の奥から放たれるジャッジメント光線。手には分厚い教科書と、なぜか理科室の白衣。


「放課後の教室で男女が密着している現場を押さえました。言い逃れはできません」

「いやいや、これはちが……む、無言で記録用カメラを構えないで!」


 白石詩織。表向きは風紀の守護神。だがその実、理系の研究と美学にしか興味がなく、恋愛には極度に鈍感な天然属性。


「それより牧島くん。前に話した、あの3Dバイオモルフォ研究の被験者、まだ募集してるの。……君、協力してくれるって言ってたわよね?」


「す、すりー? 何それ、言ってないだろ!」


 肩をがっしと掴まれ、詩織の眼鏡がキラリと光る。


「大丈夫。全身タイツ着用で済むわ。羞恥心の閾値も研究対象だから」

「絶対やだ!! 中学時代の文化祭で滑った芸を思いださせるな!」


 その瞬間、俺は理解した。この世界には「守るべき自由」より、「抗えない女子力」が多すぎるということを。


 さらに。

 がらり。


 図書室の奥の棚から、本の陰からぬっと顔を出した少女が一人。


「……誰だ!?」


 いや、見覚えがあった。


 その長い黒髪と、ずれたマスク。冬でもないのにマフラー巻いて、誰とも話さずにひとりで居場所を転々とするあの一年の子。


「み、水瀬……さん?」

「……知らない。名前、そんなだったかも」

「自分の名前だろ!?」


 水瀬玲(仮)。学校に住んでるんじゃないかという都市伝説すらある、正体不明のミステリアスガール。話しかける者は誰もいない。彼女が口を開いたのを、今日初めて聞いた。


「……君の声、落ち着く。眠れる。……ここ、隣、座っていい?」

「席ないから!」

「なら膝の上でいい」



 こうして俺の「ソロ活」は――


 読書委員の癒し系、コスプレカリスマの先輩、理系委員長、そして謎の幽霊に囲まれ、静かに、しかし確実に、崩壊していく。

青春はポストアポカリプス。


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