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第一話 Aパート

第1話  「ソロキャン」①

 晴れ渡る青空が広がっている。

 春の風は、まだ少し冷たい。

今、この川辺で一人、最高なひととき。


パチパチと、小さな焚き火がはぜる音が心地よい。

隣には安物のコンビニおにぎりと、バーナーで温めたインスタントスープ。

人によっては「哀愁」とか「陰キャ」とか言うのかもしれないけど――


「これが、自由ってやつだ」


 深く息を吸う。素晴らしい。

足を伸ばす。

草の匂いと、炭の匂い。遠くで川がさざめく音。

この世界に祝福を。


ソロキャンプ。


あぁ、決して女の子がキャンプしてるとか、山暮らししてるVチューバーに触発されたわけではない。


 なんとなく、やり始めた。

そういうこともあるじゃないか。

理由なんて、他人が求めるものさ。


正月の短期バイトは、キャンプ用品に全額ベッドした。買いそろえた時の、下宿先の従妹からはドン引きされていた。

全く分かっていない。


 ……って、いや、思い出に浸るために来たんじゃない。

場所は、駅から自転車で20分の河川敷。

地元民ですらあまり来ない、小さな中州のような場所。

雑草と土の匂い。だけど、夕日が水面に反射するこの景色だけは、誰に見せても誇れると思う。


 スマホが鳴った。


チッ……見なくても、誰からか想像はつく。

グループの通知。


 返事をすると、また誰かが話しかけてくる。

話しかけられれば、またどこかに誘われる。


まぁ、おれは誘われたことはないんだが。

あれだよ。あれ。気を遣ってくれてるんだよ。きっと。だから、相手に気まずい思いさせないために、未読スルー。

これで、『あ、ごめーん。他の奴が誘ってると思っててさー』と言われても、いや、スマホを見てなかったと言い訳がたつ。

なんて、ジェントルマンなんだ。

これぞ、神対応。


そんな中、LIMEが盛り上がり始める。なんだ? 告白大作戦だぁ?

ぺっ! 胸糞悪い。


 ……。


心が寂しくなるので通知は切っておく。


うん。優しい世界。


気づけば日は沈み、空が茜から濃い藍色へと変わっていく。


風間先輩が『あとで来るかも』って言ってたけど、どうせ来ないだろう。


 春休みが終わる。

高校二年、薔薇色の生活が待っているのだろう。

だが、関係ない。

俺はバッグにゴミを詰めながら、ぽつりとつぶやいた。


「……よし、今年もソロ活、守り抜こう」


──たとえ、それがどれだけ非合理でも。


俺の平穏は、俺が守るのだ。


今日は、帰らないと寮母の早苗さんには伝えてある。

未成年でも親の同意書があれば、一晩明かしていいキャンプ場。ソロ活の貴重な拠点である。


ゆっくり、まぶたを閉じて、宵闇のまどろみに沈もうとしていた。


「あ、駿くーん。手錠、買ってきたんだけどさ。試しに使ってみたいんだ。そこの枝に手を出してー!」


この先輩、頭がおかしいのかもしれない。

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