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鬼を喰らわば、唄いましょ?
鬼を喰らわば、唄いましょ?
花月夜
現代ファンタジー異能バトル
2025年06月12日
公開日
8,303字
連載中
 昔々、平安の世。 都には、憎悪と欲望のままに人を喰らう鬼たちが蔓延り、暴虐の限りを尽くしていた。  しかし、そんな鬼たちですら畏れる異端の祓い屋一族が存在した。 その一族は、古くから陰陽道に通じ、人喰いの鬼を滅することを生業としていた。 そして、彼らには代々受け継がれてきた禁断の儀――“鬼喰(おにくい)”の儀礼があった。  それは、鬼を捕らえて喰らうという、あまりに異質で忌まわしき儀式。 この風習ゆえに、一族は他の祓い屋からも恐れられ、決して表舞台に立つことはなかった。 いつしか一族の名は歴史からも抹消され、ただ影の中で、帝の近衛として静かに仕えていた。  その一族の名は――栄神(えいじん)。 そして、当主の名は静夜(しずよ)といった。  ――時は流れ、令和の現代。 ひょんなことから栄神の血を継いでいた男が、国すらも揺るがす事態へと巻き込まれていく。 これは、しがない自称フリーのWEBエンジニアの、異能と運命に翻弄される物語――。

序章

三条大橋 一

―京都・三条―


 京都府京都市中京区三条町。ここは京都でも有数の観光地である。

周辺には平安神宮、八坂神社、河原町、寺町商店街など、さまざまな観光スポットが点在している。

交通の便も良く、市バスはもちろん、阪急電車や京阪電車の駅も近く、京都駅からのアクセスも非常に便利だ。

この物語は、そんな三条でも特に有名な鴨川に架かる「三条大橋」から始まる。


◇◆◇◆◇


 ジリジリと焼けるような眩しい日差しが、路上のアスファルトを容赦なく熱し続けている。

その影響か、地面にはゆらゆらと陽炎かげろうが立ちのぼっていた。

街道沿いに点在する寺社仏閣の深緑の木々には、蝉たちがそこかしこにたむろしている。

そんな蝉たちは、残り短い命を謳歌おうかするかのように、盛大に求愛の歌を唄い続けていた。


 蝉が少なければ、それもまた風情のある夏の情景として映るのだろう。

だが、あまりに数が多いとただの騒音でしかない。うるさいだけやな……とうんざりする。

そんな辟易とした気持ちを振り払い、改めて周囲の京の町並みを見渡してみた。


 飲食店や土産物屋の店員、地元の住民たちが、熱された路面に打ち水をしている姿が目に入る。

「まぁ、これだけ暑けりゃ仕方ないわな」と、思わず苦笑いがこぼれる。


 ちなみに、現在の京都市内の気温は三十八度に迫ろうとしていた。

ほんまあつすぎ。

京都の夏は、とにかく暑い。冗談抜きに暑いのだ。


 京都を訪れたことのない人の中には、「避暑地っぽい観光地」と思っている人も少なくないだろう。

確かに、京都府北部には天橋立や伊根町といった避暑地も存在する。

だが南部、特に京都市内は――とにかく暑い。しつこいようだが、冗談抜きで暑い。


 市内は平野が広がり、その周囲を山々が囲んでいるため、日中の熱気が逃げ場なく籠もる。

夜になってようやく熱が引き、多少は過ごしやすくなるものの……暑いものはやっぱり暑い。

はじめて夏の京都を訪れる人は、きっと驚くに違いない。


 そんな、へたりそうになる猛暑の町中を――

二人のおっさんが、歴史ある三条の町を歩いていた。


「あぁ……あっつぅ〜」

「せやなぁ」ぱたぱた。


「真夏の、こんな真っ昼間から京都市内観光とかキツかったか? なぁ、俺も扇子かしてくれへん?」

「んん〜? どうやろなぁ」ぱたぱた。


 私たちは、毎年の夏の恒例行事として、観光と飲みを目的に三条を訪れている。

いつもは飲みがメインなので夕方から来るのだが、今回は観光をメインにしたため、昼から京都入りしていた。


「しっかし、やっぱ外人さん多いなぁ。……なぁ、やっぱ扇子かしてぇや。てか、ずるない?」


 世界中で流行していた新型ウイルスの影響も落ち着き、海外からの観光客が一気に増えていた。

賑わうのは大いに結構だが、オーバーツーリズム気味って話も聞くし、地元民は大変やろな。


「ずるないやろぉ。これは自分で買ったんやで?

康平も買えばよかったやん。店員さん、すごい割引してくれてお買い得やったのに。ほんま、もったいないわ」


 さっきから隣で無駄に暑がっているのは、私の唯一の友人といえる人物――笹山康平(三十九歳・既婚)。

もう二十年以上の付き合いになる。


「いやぁ……なんか手が塞がるし、荷物になりそうやったし……」

「さいですか」


 今日は康平と一緒に、昼から八坂神社や京都動物園を回り、そこから平安神宮を参拝。

京の町並みをのんびりと堪能しながら歩き続けていた。

そして今、私たちは三条大橋の手前にある交差点に差しかかろうとしていた。


 目の前には緑の並木が並び、その奥には鴨川の流れが見える。

交差点のそばには、京阪三条駅への出入口があり、観光客らしきラフな格好の人々や、スーツ姿のビジネスマンらが混じっていた。

それぞれ違う目的で訪れたであろう人々が、行き交っている。


 信号が青になるまでの間、そんな人々の流れをぼんやりと眺めながら、止まらない額の汗をぬぐう。

扇子を買っておいて、本当に良かった。

隣を見ると、康平はまだぼやきながら、Tシャツの襟口を手で引っ張って、自分をあおいでいる。


信号が青に変わった。


「渡るで」


康平に声をかけ、私たちは三条大橋へと足を踏み出した――。


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