侍女にお風呂に入れてもらった後、あたしはおやつを沢山食べた。
「……けふ。とーさまのところに行く」
お腹がいっぱいになったことで眠くなったが、我慢する。
あたしは、ダーウの背に乗りキャロとコルコを連れて、父の部屋に向かった。
「とーさま!」
「どうしたんだい? 可愛いルリア」
「るりあ、べんきょしたい」
「もう文字と算数の勉強をしているだろう?」
三歳の時に始めた読み書きと計算の勉強はまだ続けている。
もう読み書きは図鑑ならだいぶ読めるようになった。
それに、二桁のかけ算と割り算もできるようになった。
「よみかきとさんすうの勉強もつづける。るりあ、れきしも勉強したい」
「……歴史」
一瞬、父は口ごもった。
そして、じっとあたしの目を見つめてきた。
「とーさま?」
「いや、なに。歴史か」
「うん、れきし」
「ルリアは、どうして歴史を学びたいんだ? 昔の英雄の話を知りたいのかい?」
「んー。そんなのより、ゆいいつしんの教会と王家のかんけいがきになる」
「…………っ!」
父は目を大きく見開いた。
「どした? とーさま」
「いや、……なに……どうして、教会と王家の関係を知りたいのかな? いや、そもそもどうして教会と王家の関係を知りたいのに歴史なのかな?」
「んーっと」
少し考えて、頭を整理する。
父には考えていることを隠す必要はないとあたしは思っている。
もちろん「転生者だ」などとはさすがに言えないけども。
「教会がつよかったら、いろいろやなことがありそう」
「そう……だね」
「そして、教会と王家のかんけいは、れきしをしらないとわからない。とおもう?」
「それは、確かにそうだね」
「だから知りたい。侍女先生にきいたけど、わかんないっていってたし」
そういうと、父はあたしをじっと見た。
「わかった。夕ご飯の後に教えよう」
「え? とーさまが?」
「そうだ。いやか?」
「いやじゃないけど……いそがしくない?」
「大丈夫だよ」
「そかー。じゃあ、あとでね! ありがと、とーさま」
なぜ、父が自ら教えてくれるのかわからないが、教えてくれるのは助かる。
◇
その日の夕食後、父は執事を連れてあたしの部屋に来てくれた。
あたしの部屋といっても寝台のある部屋の隣にある勉強部屋である。
父と一緒に来た執事は台車に沢山の本を載せてもってきてくれていた。
その執事は机の上に本を置いてくれる。
「ありがとう、たすかったよ」
「ありがと!」
父がお礼をいったので、あたしも一緒にお礼を言う。
あたしのために重たい本を運んでくれたので、お礼を言うのは当然だ。
あたしが頭を下げると、ダーウとキャロもちょこんと頭を下げた。
一方、コルコは机の上に座って目をつぶっている。眠いのかもしれない。
「いえ、とんでもございません」
執事は深々と頭を下げると、去って行った。
「とーさまもありがと」
「構わないよ。可愛いルリアの頼みだからね」
「でも、とーさまが、おしえてくれるとはおもわなかった」
父はいつも忙しいのだ。
「極めて政治的な話になるからね」
「ふむ?」
「それに、ルリアにも関わりのあることだからね」
「るりあにも……」
どういう意味で父があたしに関わりがあると言ったのか、わからなかった。
「父が言ったことを、他の人に軽々しくいってはいけないよ? 約束できるかい?」
「できる!」
「いい子だ」
父は笑顔であたしの頭を撫でてくれたあと、椅子に座る。
あたしの部屋には立派な机と、大人も座れる椅子があるのだ。
もちろん、あたしが座るのに丁度良い椅子もある。
「何から話せば良いのか……。ルリア。こちらにきなさい」
「ん」
あたしは、椅子ではなく父の膝の上に座った。
「こっこぅ」
そのあたしの膝のうえに、コルコが乗ってきたので、撫でておく。
「そうだなぁ。まずファルネーゼ朝の始まりから説明しようか。それがもっとも教会と王家の関わりを知るにはいいだろう」
「ありがと、とーさま!」
「うん、どれがいいかな」
父は少し迷ってから本を選び出し、それを広げた。
「おお〜」
細かい字で沢山書いてある。
その本をダーウは床に座って、キャロは机の上に乗って、コルコはあたしの膝のうえから見つめていた。
まるで、読んでいるかのように見えた。
「難しい本だからね。ルリアはまだ読めないだろうから、説明しよう」
「おねがいする!」「わふ」「きゅきゅ」「ここ」
二百年前に起こった大災害で多くの民が亡くなったこと。
なのに、当時の聖王家は無策だったどころか、更に民から労働力と財を絞りとろうとしたこと。
父は、それらをあまり本を読まずに語っていく。
基本的に歴史の内容は、父の頭の中に入っているのだろう。
本を広げたのは、細かい年代や起きた出来事の順番を間違えないようにするために違いない。
「災害で亡くなった民よりも、聖王家の悪政がとどめとなって亡くなった民の方が多かったぐらいだ」
「……ひどい」
「ああ、その通り。とてもひどかったんだ」
あたしは話を聞きながら、父が広げた本にも目を通す。
父は難しい本はまだ読めないと思っているようだが、あたしは読めるのだ。
そして、あたしは本の中に気になる単語を見つけた。
「せいじょ?」
「ん? 偉いぞ。読めたのか」
「よめる! せいじょって?」
「聖王家には、まれに精霊に愛された娘が生まれたんだよ」
「ほー」
どうやら、聖女が生まれる家系の王家だから聖王家と呼ばれていたらしい。
「でもこのせいじょ。悪いことしてる?」
「こんな難しい本を読めるのか。ルリアは偉いね」
「えへへ」
父が褒めながら大きな手であたしの頭を撫でてくれた。照れてしまう。
「ここに記載されている聖王家最後の聖女なのだが、偽物だと言われている」
「にせもの?」
「ああ、教会が吹き飛んだ神罰の日以降、奇跡を起こさなくなり、大災害のときもなにもできなかったんだ」
どうやら、その聖女とはあたしをいじめた王女らしかった。
「最後には石打ち……いや、止めておこう。民に処罰されることになった」
石打ちはとても残酷な刑罰だ。石をぶつけて、ゆっくりと殺す刑罰である。
そんな残酷な話を五歳のあたしにすべきではないと父は配慮してくれたらしい。
だが、あたしは残酷な刑罰については大体知っている。
前世の頃、その聖女本人に教えられたのだ。
もちろん、親切心からではない。
怖がらせ、虐めるために、残虐な刑罰の細かい内容を、幼いあたしに語ったのだ。
あたしが怯える姿を見た後、笑いながらいつでもお前にその刑罰を与えることができるのだと脅された。
その日は怖くて、ヤギに抱きついてロアに撫でて貰いながら眠ったものだ。
「ん」
あたしは父の腕にぎゅっと抱きついた。
何かを察したコルコが「ここ」と小さく鳴いて体を押しつけてくれる。
「どうした? ルリア。眠いのか?」
「んーん、だいじょうぶ。ねむくない」
今は怖くない。
父が抱っこしてくれているからかもしれない。
それに、コルコが身を寄せてくれるし、ダーウとキャロも見守ってくれている。
「つづききく!」
「そうか、眠くなったら言うんだよ」
父はあたしの頭を撫でてから、説明を再開してくれた。