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64 呪いと恵みの雨

「ありがと、ヤギ、うし、いのしし」

「めえええ〜」「もおおお」「ぶぶいい」


 あたしがお礼を言うと、ヤギたちは嬉しそうに近寄ってくる。

 従者達は迷ったが、ヤギたちを通してくれた。


「ありがとな〜」


 ヤギたちが頭を下げるので、順番に撫でまくった。

 ヤギは毛が長くて柔らかくて気持ちが良い。

 牛も意外と毛が長かった。猪の毛は少し硬かったが、これはこれでいいものだ。


「聖獣を従わせるとは」「いや、神獣だよ」

「聖女さま……」「ああ、精霊よ。ありがとうございます」


 あたしがヤギたちを撫でていると、村人達が平伏していた。

 動物と仲が良いから、聖女と誤解されたらしい。


 そして、ヤギたちも巨大なので、聖獣か神獣だと思われているようだ。

 恐らくヤギたちは聖獣では無く、守護獣であるのだが、説明が難しい。


「ちがうよ? ヤギたちはただの大きい動物だし、ルリアはどうぶつと仲がいいだけだよ?」


 そういったが、村人は「聖女様」と「聖獣様」への感謝を止めない。


「謙虚だ」「……幼いのにさすが聖女」「神々しいヤギ様」


 そんな村人達に、母は冷静に告げる。


「頭を上げなさい。娘はただの人です。崇拝することを固く禁じます」

「で、ですが」

「いいですね? すぐに頭を上げなさい」


 村人は何か言いかけたが、母の強い口調に黙って頭を上げた。

 そんな村人達に母は笑顔で言う。


「もし、娘に、そして大公家に、わずかでも恩義を感じているならば口を閉じなさい」

「は、はい」

「よそ者には、特に司祭には、絶対に言ってはいけませんよ?」


 司祭と母が言った瞬間。

「っ! か、かしこまりました、肝に銘じます!」

 村人達も唯一神の教会に知られたら、まずいと理解したのだろう。

 唯一神の教会は、精霊を目の敵にしているのだから。


「ありがとう。理解に感謝します。これで農作業はできますか?」


 母は優しい口調で、村人達に問いかける。


「はい、なんとか……聖じ……いえ、お嬢様のおかげさまで」


 村人は聖女と言いかけて、言い直した。


「雨さえ降れば言うことは無いのですが……」


 そういって、村人の一人は晴天の空を仰ぐ。

 村人達は、最近、村には雨があまり降らないと言っていた。


「あめがふったほうがいいの?」

「はい、聖、いえ、お嬢様。雨が降らなければ、薬草が……いえ!」

「ですが、水路が開通したならば、村は生きていけます! ええ、なんとかして見せますとも!」


 村人はすごくやる気にあふれている。

 だが、水路開通だけでは充分では無く、雨が降らないと大変なのも間違いないらしい。


「ふむう〜」


 どうして、雨が降らないのだろう。

 湖は水をしっかりと湛えているし、周囲の草木を見ても水が足りてないようには見えない。


「へんだなぁ?」


 村にだけ雨が降らないなどあるだろうか。

 村のある場所が、特殊な地形なのだろうか。


「ヤギ、ウシ、イノシシ。なんでだと思う?」


 ヤギたちはきっとこの辺りに住んでいる動物だ。

 だから、雨が降らない理由を知っていると思ったのだ。


「めえ」「もお」「ぶぼ」

 ヤギたちがどかしたばかりの巨石を鼻先で突っついた。


「むう? 岩になにかあるの? 岩をしらべる!」


 あたしがそう宣言すると、従者たちが、村人を遠ざけてくれた。

 あくまでもあたしは赤痘患者の濃厚接触者として、隔離中なのだ。


「ふむう〜。この岩は……む?」


 嫌な気配がする。それに巨石に怪しげな文様が彫り込まれていた。

 とてもあやしい。呪いに関する何かの気がする。

 それは知識に基づかない単なる勘というべきものだ。


「……クロ」


 あたしはごくごく小さな声で呟いた。


『人前で話しかけないで、なのだ』

 地中からクロが、にょきっとはえた。


「……なにこれ?」

 あたしは文様を指さして、本当に小さな声で尋ねる。


『呪術回路なのだ。魔法陣の呪術版といえばわかりやすいかも?』

「……こうかは?」

『普通の精霊を近づけない結界のようなものなのだ。結構広い範囲を結界で覆っているのだ』


 どうやら、犯人は呪術の心得があるか、呪術師に依頼したのだろう。

 男爵といい、代官といい、最近呪いが流行っているのだろうか。

 いや、まだ代官が犯人だと決まったわけではないのだが。


「まったく、きづかなかった」


 あたしも、まだまだ修行が必要だ。


『気付かせなくする効果もあったのだ。クロも気付かなかったのだし』

「どういうこと?」

『つまり……』


 クロが言うには、精霊や守護獣は無意識のうちにこの辺りに近づかなくなるらしい。

 つまりこの結界に気付かないのも、効果のうちということらしい。


「なんのために、そんなことを……」


 精霊をこの地から遠ざける目的がわからなかった。


「ルリア、何かあったの?」


 すぐ後ろにサラを抱いた母がいた。まったく気がつかなかった。


「うおっ! な、なんか、もようがあった!」

「ん? 何が書いてあるの?」「ルリアちゃん。なにがほってるの?」

「わかんない、なんだろー」


 精霊を遠ざける結界などと言っても、変に思われるだけだ。


「なんか、このいわ、きになるのなー。しらべたほうがいいとおもう」

「そうねえ」「サラもいやなかんじする」


 母は特に何も感じていないようだが、サラは嫌な気配を感じているらしい。

 きっと専門家が調べたら、効果とか意味もわかるに違いない。


「うーむ、なんだろなー?」


 書かれている模様を暗記して、あとで調べよう。

 暗記するために、あたしは巨石に掘られた文様を指でなぞった。


 ——ビシッ


 突如、大きな音がしたと思ったら、次の瞬間、巨石が割れた。

 途端に周囲の雰囲気が変わった。


 気配が変わった範囲はとても広い。周囲の森だけでなく、湖の方まで気配が変わった。


「お、おお……」


 これほどでかい結界だったのか。

 いくら気付かない効果があったとしても、これに気付けないとは、本当に修行が足りない。


 嫌な気配と入れ替わる形で、大気が精霊たちの気配で満ちた。

 大量の、生まれたばかりで、ぼやぼやとした姿もとれないほど幼い精霊たちの気配だ。


 その話せないほど幼い精霊達は喜びの感情にあふれており、あたしも嬉しくなってくる。


「せいじょ、……いやお嬢様が触れたら岩が割れたぞ?」「わかんないけど……奇跡?」

「たぶん、もともと、岩はわれてたんだよ! きせきじゃないよ?」


 そう村人達に向かって、誤魔化すために言ったとき、

 ——ザァァァァァァ

 いきなり、雨が降り始めた。

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