走り去ったダーウを見送った後、母は優しくサラに尋ねる。
「ルリアはまだ寝ているのね」
「あい。ダーウがトイレいきたがったから、サラはついてきたの」
「そうなのね? ……じゃあ、一緒にルリアを起こしにいきましょうか」
「あ、あい」
母は完全に疑っている。
『かあさまが、ルリア様の部屋に向かって歩き始めたのだ』
もう時間はない。あたしは全力で自室の窓に向かって走る。
従者たちに気づかれたらまずいので、大きな音は立てられない。
「……どうやってのぼろう」
自室の窓は開いているが、二階である。登るのが難しい。
手がかり足がかりになりそうなものはない。
『クロに任せるのだ。そのまま自室の下まで急いで』
「わ、わかった」「ぃゅ」
あたしとキャロは頷いて、走る。
あたしは走っていて、サラと母は歩いている。だから、まだ間に合う。
『ルリア様。そのまま全力で走って』『がんばってー』『いそいでいそいで』
クロの言葉を信じてそのまま走る。
『キャロは自力でいけるのだな?』
「ぃゅ」
『うむ。心強いのだ。フクロウ、ルリア様をたのむのだ』
「フクロウ?」
次の瞬間、あたしは浮いた。
「ぉぉ? フクロウ!」
力強く羽ばたいているのに、フクロウの羽音は静かだった。
さすがは宵闇に紛れるのが得意な狩人である。
「ほっほう」
そのままフクロウはあたしの肩の部分を掴んで、部屋まで連れて行ってくれた。
「たすかった。ありがとう」
あたしはフクロウにお礼を述べて、頭を撫でた。
フクロウの羽は強い。
普通のフクロウでも、自分の体重より重い獲物を捕えて、運ぶことができるらしい。
だが、さすがにあたしの体重はフクロウの十倍は優に超えている。
「フクロウはすごいなぁ? しゅごじゅうだからか?」
「ほっう」
そんなことを話しかけながら、あたしはタンスに食料を隠していく。
ポケットに突っ込んだ卵も隠すのを忘れてはいけない。
キャロも「きゅぅ」と鳴きながら、あたしと一緒にハンカチで包んだナッツを隠す。
あたしが部屋の中に到着した直後には、もうキャロは部屋の中にいた。
やはりキャロにとって、壁登りは容易かったらしい。
隠し終わったころ、部屋の外からサラと母の声が聞こえてきた。
すぐそこにまでサラと母は来ているようだ。
「あの、おくがたさま」
「今日はたくさん話してくれるのね。うれしいわ」
「あい。あの、あの、……あれはなんですか?」
どうやら、サラは歩みを遅らせるために、いっぱい話しかけてくれている。
とりあえず、目についたものについて尋ねて、説明してもらっていた。
(サラ、ありがと)
サラの機転のおかげで、なんとか間に合った。
『ルリア様、安心している場合じゃないのだ!』
「む?」
『自分の服を見るのだ!』
「むぉ」
雨の中を走ったせいでビシャビシャだ。そのうえフクロウの爪痕がしっかりついている。
「ほぅ……」
「フクロウはわるくない。たすかったからな? ぬれているのは、魔法で……」
背に腹はかえられない。あたしは魔法で服を乾かした。
だが、穴はどうにもならない。
母に見とがめられたら「この穴はどうしたの?」と問い詰められることになる。
問われたら、その時点で負けな気がする。
母には嘘をついてもバレる気しかしない。
「むむう」
あたしが苦悩している間も、サラと母は会話を続けている。
「おしえてくれて、ありがとうございます。おくがたさま」
「……うーん。先ほどから気になっていたのだけど。その呼び方はどうかしらね?」
「だめで? でしか?」
怒られたと思ったのか、サラの声音に緊張がまじり、口調が変になった。
耳をぺたんとして尻尾を股に挟んでいる姿が目に浮かぶ。
「ダメではないの。でも、サラは私とグラーフの
「あい」
「ルリアとおなじように、かあさまでいいわよ?」
「……でも、そんな……おそれおおい」
「サラは難しい言葉を知っているわね」
そういって、母は楽しそうに笑った。
「まあ、すぐにかあさまとは呼べないでしょうし、慣れたらでいいわ」
「あい」
「かあさまに抵抗があるなら、母上でもおばさまでもいいわ」
「……ありがとうございます」
サラはマリオンのことを「ママ」と呼んでいた。
だから、母は「ママ」と呼んでいいとはいわなかったのだろう。
「あっ。いいこと思いついた」
サラと母の会話を聞いたおかげではないが、唐突にひらめいた。
『……不安になるのだ』
「だいじょうぶ! フクロウきょうりょくして」
「ほう?」
あたしは、母が到着するまでのわずかな時間に誤魔化す作戦を実行することにした。