控え室にはあたしとサラだけが残された。
「まさか、こんなことになるとは……」
予定では父と母と一緒にいって、母の真似をすれば良いという話だった。
一応、一人で謁見する際の作法なども聞いてはいたが、それは今後のためだ。
「……きんちょうする」
「だいじょうぶだ。たぶんな」
さすがのあたしも少し緊張してきた。
だが、あたしが緊張していては、サラはもっと緊張するので、平気なふりをする。
あたしはサラの手をぎゅっと握る。サラは手に汗をかいていた。
「だいじょうぶだよ」
「うん」
そのとき、突然、部屋に男の子が入ってきた。
扉にノックモせず、入った後に扉を閉めもせず、ずかずかと入ってくる。
まったく作法がなっていない。あたしみたいに母に習えば良いのだ。
その男の子は身なりはよく、年の頃はあたしと同じか、少し下ぐらいだろうか。
「小さいからしかたないな?」
無作法でも許容してあげるのが年長者としての務めかもしれない。
そんなことを思っていると、男の子はあたしに人差指を突きつける。
「おまえ! 血みたいな髪だな! ふきつだ! 厄災の魔女とおなじだ!」
「はあ? おまえなんだ? いきなり失礼なやつだな!」
あたしは立ち上がる。あたしに喧嘩を売るとは良い度胸だ。
喧嘩ならいくらでも買ってやろうではないか。
「なっ」
あたしに言い返されるとは思わなかったのか、男の子は少しひるむ。
だが、すぐに立ち直って、次はサラを見て、ずかずかと近づいてきた。
「おまえ、じゅうじんか? 王宮からでてけよ! けだものがよー」
そういって、サラのかわいい耳を右手で乱暴に掴んだ。
「いたい!」
サラが悲鳴を上げ、怯えて泣きそうになった。
このような暴言と暴力行為はとてもではないが、看過できない。
「たーっ」
あたしは跳んで、男の子の右手をはたいて、サラから離す。
「な、なんだお前」
「だまれ! いらんこというのはこの口か?」
男の子の頬を右手で挟んで、ぶるぶると左右に振った。
「や、やめめめめめ。僕の父上をだれだとおもってるんだ!」
男の子は泣きそうになりながら、あたしの右手をはずそうと両手で掴む。
「しるか! こんな可愛い女の子に暴力をふるったのはこの手か? ゆるさんぞ!」
あたしは、先ほどサラの耳を掴んだ男の子の右の腕を、左手で握る。
「こんならんぼうな手はいらないな?」
あたしは左手で力一杯握りしめた。
「いた、いたいいたいよぉ、ふええええ」
男の子は泣き始めた。
「泣いたからって許されるわけがない」
「うえええええ」
「泣いてないであやまれ!」
男の子の泣き声を聞いて、貴族の一人が入ってきた。
無作法な男の子が扉を閉めなかったせいで、外まで泣き声が響いたのだろう。
「なっ! おやめください!」
「やめない。こいつがあやまるまでやめない」
「ふえええええ」
やめるつもりは無かったが、大人の力にはかなわない。無理矢理離された。
「おい、お前。反省しろ。そしてあやまれ」
「ふえええええ」
男の子は泣いていて、話にならない。
「女の子が暴力など。はしたないですぞ」
何も見ていなかったくせに、貴族はそんなことを偉そうに言う。
「そんなことはしらない。わるいのはこいつだ」
男の子が何をしでかしたのか、説明しようとしのだが、
「殿下!」
別の身なりの良い男が部屋に駆け込んでくると、
「ふええええ! こいつが僕のことをつねって……」
男の子はその男に抱きついた。
「貴様! 嫡孫殿下に対しての暴力! 許されることではないぞ」
嫡孫殿下ということは、王の嫡子の嫡子ということだろう。
つまり、あたしの従弟ということだ。
こんなやつが従弟とは嘆かわしい限りである。
「はあ? 先に暴力をふるったのはそっちだ!」
「話にならんな。おい。お前の親はだれだ?」
「これはあたしと、こいつの問題だ!」
あたしは父や母に言いつけるのもどうかと思ったのだ。
「女の癖に生意気な」
その男はあたしをにらみ付けてきたので、にらみ返した。
あたしの眼光が鋭かったからか、男は目をそらし、遅れてやってきた侍従に尋ねた。
「このガキの親は?」
「ヴァロア大公殿下です」
「…………こいつが例の不吉な厄災の魔女か! けがらわしい!」
そういって鼻で笑う。
「やはり性根が腐っているな! 後悔するが良い!」
捨て台詞を吐いて、男は従弟を抱っこして出て行った。
最初に入ってきた貴族の男も一緒に出て行き、従弟を慰めている。
「酷い目に遭いましたな。殿下」
「……うん」
外に沢山の貴族が集まって来ていた。きっと従弟の泣き声を聞いて野次馬しに来たようだ。
「一体何が?」
「ああ。ヴァロア大公の赤髪の娘が殿下に暴力を振るって」
「なんと! やはり赤髪は気性が……」
「嫡孫殿下は、たとえ厄災の魔女とは言え、女だからと我慢されて……」
「おお、なんと素晴らしい人格者だ。将来が楽しみですな」
「立派でしたぞ」
そんな適当なことを話している。
「なんだ、あいつは。ゆるせんな? あ、あいつってのはあの大人のほうな?」
従弟はまだ幼いのだ。きっと四歳だ。
だから、大人が言ったことをそのまま繰り返しているだけだろう。
だが、あんな大人に囲まれていてはろくな大人になるまい。
そういう意味では、従弟も被害者なのかもしれない。
「サラちゃん、いたくないか? あの子供、らんぼうだったなぁ」
うちにはあんな乱暴な奴はいないので驚いた。
「サラは、だいじょうぶ」
あたしはサラの耳を見る。
「血はでてないな? ほねとか、なんこつとか、いたくない?」
「ん、だいじょうぶ」
「ならよかった。ひどいことをいうやつもいたもんだね? よしよし」
あたしがサラの頭を撫でて元気づけていると、
「ルリアちゃんもひどいこといわれてた」
「そうか?」
「うん。ゆるせない。いいこいいこ」
サラはあたしのことを撫でてくれた。
そこに別の侍従がやってくる。
「ルリア様。謁見の間にお越しください」
そういって、恭しく頭を下げた。