あたしは抱っこされながら、王に尋ねる。
「急にどうした? じいちゃんが今朝急に来いって言うから大変だったよ?」
「すまないなぁ。どうしても会いたくなってな」
「そっか。ならしかたないな? それにしてもじいちゃんはどうしてあんなとこにいたんだ?」
「ルリアをこっそり見ようと思ってな」
「そうだったかー」
そういうことならば仕方ないと思う。
「じいちゃん、話にきいていたのと、だいぶちがうな?」
「おお、余についてはどう聞いていた?」
「めちゃくちゃこわいって」
あたしがそういうと、重臣達が顔を青くした。
だが、王は楽しそうに笑う。
「ははははは! そうか、実際にあってどうだった?」
「やさしそうだな? とうさまに似てる」
「そうか、グラーフに似ているか。余はルリアには優しいぞ」
「そっかー、あ、サラちゃんにも優しくしてあげてな?」
「もちろんだ。サラもルリアも余の恩人である。侍従長、サラも呼んでくれ」
「御意」
「おお、忘れるところだった。グラーフとアマーリア、それにディディア男爵夫人も呼べ」
「御意」
それから、王はあたしの頭を撫でながら、怖い表情になった。
「……可愛いルリアについて、何か聞き捨てならぬことを言っていた者がいたな?」
そういってから、王は重臣たちを順に睨み付ける。
あたしに陰口を叩いていた重臣たちは顔を真っ青にして背筋を伸ばしている。
「宮中伯。お主は何と申した?」
王に宮中伯と呼ばれたのは、あたしのことを性根が腐っていると言った奴だ。
「え……あ、はい。それは……、大変可愛い姫君だと」
「違うな? まさか、余に虚言を弄するつもりか? 正直に申せ」
王に睨まれて、宮中伯は青い顔をさらに青くする。
脂汗を流し、目をきょろきょろと、動かしていた。
「……いえ、私めは……」
「余に隠し立てをするのか? それはなんだ? まさか叛意を持っておるのではなかろうな?」
「め、めっそうもございません!」
「ならば、はやく話さぬか。この後に及んで虚言を弄せば、わかっておるだろうな? 宮中伯」
王に睨まれ、宮中伯は観念したのか、震えながら口を開く。
「…………性根が……腐っていると」
「誰のだ?」
「……姫君の、ですが! これは誤解です。私は噂を口にしただけであり、もちろん、根も葉もない噂を口にしたことは恥ずべきことにございまするが、私めの真意などではなく! 私めの真意は、そのような噂もあるが、実に聡明で慈悲深そうな姫君だと、続けるつもりでありました! それは嘘ではなく、そして、実際に姫君を見て、その確信を強くしたものであります! まことに姫君には失礼なことをいたしました! いかようなる罰をも受ける所存でございます」
宮中伯は土下座して、大きな声で、早口で、一気に話した。
「そうか、宮中伯はそう考えるか」
「はい!」
「そなたたちはどうだ?」
そういって、王は重臣達を見回した。
「全く同意見でございます!」「ええ、誠に慈悲深そうな姫君で……」
「性根が腐っているなど、そんなことを言う者は自らの不明を恥じるべきです」
重臣達は口々に追従する。
「……そうだ。ルリアは性根は腐ってなどいない」
「はいっ! まことにその通りでございます」
「慈悲深く、聡明で、五歳とは思えぬ。王室の宝だ」
「はい! 私めもそう心から思うものであります!」
宮中伯は土下座したままだ。
「ゆ——」
あたしが「許してあげたら?」と言おうとしたら、王は人差し指を口に当てる。
しばらく黙っているようにと言うことだろう。
「宮中伯の他にもまだいたな?」
「…………」
重臣たちは静まりかえっている。
「内務卿。そなたはルリアについて何といった?」
「そ、それは……」
「言うまでも無いが、虚言を弄すれば、わかっておるな」
「…………赤い髪が……厄災の魔女のようだと」
「ほう? このルリアの髪が? 厄災の? 魔女のようだと?」
「ち、違うのです! 陛下! お許しください! 厄災の魔女も赤髪だと伝わっているが、それとは異なり、実に美しい赤だと! 姫君の髪は非常に美しく、それをみて、厄災の魔女などと言う奴はおるまいと言いたかったのであります!」
内務卿も、宮中伯と同様に土下座しながら、大声かつ早口で弁明した。
「ほう。内務卿はそう考えるか。そなた達はどう思う?」
王は再び重臣達を眺める。
「全く以てそのとおりであります!」「姫君を厄災の魔女などととんでもない話でございます!」
「もしそのような者がいるならば、その者は目が腐っているのでありましょう!」
王は重臣達の追従を無表情で聞いていた。
「内務卿。そなたに聞きたいことはまだある」
「なんなりと、お尋ねください!」
土下座したままの内務卿に王は冷たい声音で言った。
「そなた、ディディエ男爵夫人を、ルリアから引き離したな?」
「め、めっそうもございません!」
「五歳児に一人で王に謁見させて、なにがしたかったのだ?」
「誤解であります。男爵領の継承について詰めの話が……」
「ならばなぜここにいる? ディディエ男爵夫人と詰めの話をしているのではないのか?」
「…………申し訳……ありません」
王は呆れたようにため息をついた。
「大方、ルリアに恥を掻かせようと思ったのだろう。誰に命じられた?」
「……恥をかかせようなどとは……ただ、ほんの少しのいたずら心で、自分で考え……」
「二度とするな」
「御意」
そして、王はあたしの頭を撫でる。
「ルリアが失敗していたら、そなたの首は文字通り落ちていたぞ」
「肝に銘じます! 二度といたしません」
「ルリアが特別に聡明な子供だったから、問題なかっただけだ。感謝せよ」
「は、はい! ルリア様。ありがとうございます」
「気にしてない」
「ありがとうございます。なんと慈悲深い……」
内務卿は土下座したまま、涙声で返事をする。
「次に宰相」
「私は誓って、姫君に陰口など叩いておりません」
「知っておる。ずっと黙ってにやにやとルリアを見ていたな」
「ニヤニヤなどと! 実に可愛らしい姫君だと、つい微笑んでいただけであります!」
「ルリアを見て微笑む気持ちはわかるがな」
「はい。その通りでございます!」
ほっとした様子の宰相を、王は睨み付けた。
「だが、なぜヴァロア大公夫妻をルリアから離した?」
「そ、それは、謁見の打ち合わせを……」
「内務卿と同じようなことを申すのだな? まさか内務卿に命じたのはお前か?」
「め、めっそうも……」
「正直に申した方が良いぞ? 調べはついている。そして余は虚言を嫌う」
「…………申し訳ありません」
「なんのためだ?」
「……姫君がどのような方なのか、試してやろうと不遜なことを考えておりました」
きっと、本当のところは、恥を掻かせてやろうと思ったのだろう。
だが、そう言ったら、王が激怒しそうだから、少し変えたのだ。
「そうか。試したか。二度とするな」
「御意」
そして、王は重臣たちを、改めて見回した。
「さて、不埒者は多くいたが、余は全てを把握しておる」
王の言葉で、重臣達は身を震わせる。
宮中伯と内務卿は、未だ土下座したままだ。
「全員を処罰してもよい。いや、処罰すべきかもしれぬ」
陰口を叩いた重臣達は全員身を震わせている。
陰口を叩いていない重臣たちも、陰口に同意するように頷いたり、微笑んでいたりもした。
処罰の範囲がどこまで拡がるかわからないので、重臣たちは心底怯えている。
「ルリア。どうしたらいい?」
「んー? むむ?」
王は笑顔で言う。
「好きにしてよいぞ」
王の言葉で、重臣たちはすがるような表情であたしの顔を見た。
「……ゆるしてあげたら?」
「よいのか! あれほど酷いことを言われたというのに!」
王は大げさに驚いた。
「いいけど……。あやまってたし?」
「おお! ルリアは慈悲深いな」
「そうかな? そんなにたいしたこと言われてないとおもう」
「なんと寛大な! お前たち。首の皮一枚繋がったな。ルリアに感謝せよ」
「「「ありがとうございます」」」
重臣達は一斉に頭を下げた。
「宮中伯。内務卿。そなたらも頭を上げよ」
「「ははっ」」
王から初めて許しが出て、やっと二人は立ち上がる。
「そなたが生きているのはルリアのお陰だ。肝に銘じよ」
「「御意」」
そして、宮中伯と内務卿は、涙を流しながら跪きあたしに向かってお礼を言った。
「気にしないで? なかよくしような?」
「ありがたきお言葉!」「卑小の身にもったいなきお言葉!」
重臣たちが頭を下げ、宮中伯と内務卿が跪いて涙を流しているところに、侍従長がやってくる。
そして、王の耳に囁いた。
「ヴァロア大公殿下ご夫妻。ディディエ男爵夫人親子がご到着です」
「ん、入ってもらえ」
そして謁見の間の扉が開き、
「え? 陛下。この状況は一体?」
父と母、サラとマリオンがやってきた。
父は王の膝のうえに座るあたしをみて、一瞬だけ顔を歪めた。