王の後ろから侍従が付いてきて、素早く全員の前に紅茶を置いていく。
「ありがと!」
あたしはお礼をいって、紅茶を飲んでクッキーを食べた。
「紅茶もクッキーもうまい……さすがは王宮のりょうりにん」
「気に入ったか? お土産に持たせよう」
王が侍従に目を向けると、侍従は静かに頷いた。
「これうまい。じいちゃんもたべたほうがいい」
「おお、ありがとう」
王はあたしからクッキーを受けとって食べながら言う。
「どこまでグラーフに説明したのだ?」
「んーっと……」
あたしは改めて大体説明する。
「ん? コンラートについては何も言っていないのか?」
王は意外そうな表情浮かべた。そもそもコンラートとは誰だ? 初耳である。
「だれそれ?」
「控え室にやってきたバカのことだ」
「あー、あいつかー。あいつコンラートっていうのか」
「じいちゃんが、叱っておこうか?」
「ん? いい。あとでルリアが決着をつける。おとなの助けはかりない。あ、サラちゃんは?」
「サラもそれでいい」
それを聞いて王は「ふむ」と呟いた。
「だが、あのバカのふるまいは叱られてしかるべきだと思わないか?」
「たしかに?」
獣人なら馬鹿にしても許されるという考えは正さねばならない。
「でも、コンラートはまだちっちゃい子供。何がわるいかわからなくても仕方ない」
「大人の責任と言うことだな?」
「そうそう。コンラートの奴は、大人の言っていることを真似しただけだろうし」
「そうだな、それも含めて、余の方から手を打っておこう」
王は「糞ガキでも、仮にも未来の王になるやもしれぬガキだからな」と呟いた。
「グラーフ、そなた育て方がいいな?」
「畏れ入ります」
「ルリア、ちなみにコンラートは六歳。ルリアの一歳上だぞ」
「なんと……赤ちゃんだと思ってたのに……年上だったか……。サラちゃんびっくりだな?」
「サラは年上かなっておもってた」
「なんと……」
今日一番の衝撃だった。王は楽しそうに笑う。
そんな王をみて、父は一瞬ぎょっとしていた。
きっと父が見たことのない類いの笑顔だったのだろう。
「グラーフ、話についていけてなさそうだから、余から説明しよう」
そういって、王はコンラートのしでかしたことを父達に語る。
なにやらコンラートが控え室でしでかしたことを、王はかなり正確に把握していたらしい。
「なんと、そのようなことが……」
「とうさま。だいじょうぶ。泣かせておいた。謝らせるのは失敗したけど次はうまくやる」
「ルリア。それも含めて報告しなさい。告げ口になるかもとか考えなくて良いと言ったね?」
「……あい」
そういえば、そんな約束をしていた気がする。反省しなければならないかも知れなかった。
「だが、サラの為に怒れたのは良いことだ。よく頑張ったな」
「うん!」
父に褒められて嬉しくなった。
そして王もあたしの頭を撫でてくれた。
「グラーフ、余の振る舞いが意外だっただろう?」
王は楽しそうだ。
「はい。正直に申しまして驚きました」
「そうだろう。なぜ余が変わったのか、説明せねばなるまい」
そして、王はゆっくり語り出した。
疑心暗鬼に陥って、あたしを利用しようと自ら様子を見に行ったこと。
そして、暗殺されかけたこと。惨めに死ぬことを覚悟したこと。
その苦しみをあたしとサラに救われたこと。
王の話をあたしとサラはお菓子を食べながら聞いていた。
「糞尿まみれのみすぼらしい老人を、何の躊躇いもなく助けてくれたのだ」
そういって、王はあたしとサラを見る。
「何の見返りも見込めないというのに。手が汚れることも厭わずだ」
王はサラを膝のうえに抱きあげた。
「余はルリアに尋ねた。なぜ助けてくれたのかと。ルリア。何と答えたか覚えているか?」
「もぎゅもぎゅ……いや、あんまり? もぎゅもぎゅ」
そんなことを聞かれた気もするが、あまり覚えていない。
どちらにしろ大したことは言ってないはずだ。
あたしがテーブルから運んだクッキーはもう空になった。
今はローテーブルに元々あったクッキーを食べている。
王宮のクッキーは、とにかくうまかった。
「ルリアはこう言ったのだ。子犬が井戸に落ちかけていたら、誰でも助けると」
「子犬ですか?」
「そうだ。王だから、身分のある者だから、立派な者だから助けるのではない。見返りを求めて助けるわけでもない。助けなかったそしりを免れようとしているわけでもない。ただ救おうとして咄嗟に手が出る。それだけのことだと」
王は少し興奮気味だ。
「そういうことであろう?」
「もぐもぐ……たぶん? ごくごく」
よくわかんないが、そうかもしれなかった。
クッキーも美味しいし、紅茶も美味しかった。手が止まらない。
「命の恩人であるルリアとサラの無私の心に余は感動した」
それで猜疑心の塊だった自分が変わったと王は言う。
「それゆえ、余はルリアとサラのためなら何でもしようと決めたのだ」
「……ありがとうございます。ですが、陛下。どうして今朝急に?」
「ああ、それはだな。昨夜水竜公がやってきて、作法の勉強が大変そうだと言ったのだ」
だから、早めに呼んで、作法の勉強をしなくても良いようにしようと考えたのだという。
「スイちゃんが来ていたとは。もぐもぐ。今朝はいつも通りだったけどなー」
「以前の余しか知らないグラーフは、ルリアに完璧な作法を身につけさせようとするであろうし」
「ならば、そういってくだされば良かったのに」
「言ったところで信じないであろう?」
「……それはそうかもしれませんが」
父と王が話している間、あたしは王の横で、完璧な作法でクッキーをバクバク食べる。
それから、大人達は難しい話をし始めた。
獣人に爵位を与えることに反対する派閥を掣肘する為にどうのこうのとか。そういう話だ。
そして、クッキーの皿も空になったので、あたしたちは部屋の中を調べることにした。
「おお、かっこいい。なにこれ? なににつかうんだ?」
あたしは壁に掛けられていた仮面が気になった。
それは、狐を模した仮面だった。白いのと黒いのがある。
「ああ、それは隣国の王にもらった、魔除けの仮面だ」
父と話していた王が、笑顔で教えてくれる。
どうやら、隣の国のお土産らしい。
「ほーかっこいいな?」
「そうだろう。このかっこよさがわかるとは、ルリアはセンスが良いな」
「えへへへ」
「よし。センスのいいルリアにその仮面をあげよう!」
王は立ち上がると、壁から白と黒の仮面を取って、あたしに差し出す。
「いいの? じいちゃんのは?」
「実はまだ沢山ある。それに、それはルリアの顔にぴったりだろう」
王はあたしの手から仮面を取って、自分の顔に当てる。
「たしかに。じいちゃんだと小さいな」
「そうなんだ。子供向けなんだろう。だから気にせず貰ってくれ」
「やったー。ありがとじいちゃん!」
あたしがお礼を言うと、王は嬉しそうに微笑んだ。
「あ、サラちゃんに一つあげていい?」
「もちろんだよ.そのために二つあげたのだからね」
「陛下、ありがとうございます」
サラは丁寧に頭を下げる。
「……サラ、余のことは、ルリアと同じようにじいちゃんと呼んでくれ」
「そんな。おそれおおい」
マリオンが慌てるが、王は笑顔でいう。
「余の頼みだ。聞いてくれるな?」
「わかりました。おじいさま」
さすがにサラは、気安すぎて、じいちゃんとは呼べなかったらしい。
「ん。ありがとう。これからもよろしくな。サラ」
「はい。おじいさま」
王は嬉しそうにサラの頭を優しく撫でた。
それから、あたしとサラはしばらく部屋の中を探検したが、すぐに飽きた。
「サラちゃんと一緒に庭にいってくる! あ、仮面は落とさないようにかあさまもってて!」
仮面を母に預けると、あたしとサラは応接室から庭に出た。