「…………ほう?」
「……ルリアちゃん。これって」
サラがあたしの袖を引っ張る。サラも気づいたらしい。
「そうだな?」
このコンラートは畏れ多くも、あたしの姉リディアが好きなのだろう。
なにも驚くべきことではない。
なぜなら、姉は優しくて、綺麗で可愛いので、惚れない男の方が珍しいぐらいだと思うから。
「ふむ? コンラート。お主……」
「ひゃい」
姉を好きになるとは趣味はこのうえなくいい。
だが、コンラートは明らかに姉にふさわしい男ではない。
「百年はやいぞ?」
「え?」
「十年じゃなくて、百年な?」
「いったいなにを……」
「わからんか? はぁーっ。これだから、コンラートはだめだ」
「え、なんでため息……」
とはいえ、コンラートはまだ幼い。
これからの成長次第では、姉にふさわしい男になるかもしれない。
情けで、せめてものアドバイスをしてやることにした。
「たしかに、コンラートのサラに対する発言、ルリアに対するふるまいはひどかった」
「うん、ごめん」
「もしねえさまがしったら、どんびきするな?」
「だ、だから言わないで?」
「サラちゃんは、どうする?」
そういうと、コンラートは緊張の面持ちでサラを見つめた。
「ん、いわないよ?」
とたんにコンラートはほっとする。
「サラちゃんに感謝しろ、コンラート。普通はいうからな?」
「うん。ありがとう、ディディエ男爵閣下」
「もちろん、サラちゃんが言わないなら、ルリアも言わない」
「あ、ありがとうございます」
だんだん、コンラートが礼儀正しくなってきた気がする。
「だがな? コンラートや」
「はい」
「もっとりっぱにならないと、ねえさまにすかれないよ?」
「立派って、どうすれば……」
「獣人をばかにしないとか。人の髪をひっぱらないとか?」
「あと、人の髪色をばかにしないとか。あれも最低だよ?」
サラが真剣な表情で、コンラートを諭す。
「うっ」
コンラート自身も最低なふるまいだと思ったのだろう。恥ずかしそうにしている。
わかれば良い。
「それにぼくの父上は誰だとおもってるんだとか言わないとか?」
「うっうぅ……」
「まあ、がんばれ」「がんばってね?」
「はい」
しょんぼりしているコンラートに言わなければいけないことがあった。
「ルリアもサラちゃんも言わないが、どこからねえさまの耳に入るかわからないよ?」
「えっ?」
「人はうわさばなしがすきだからなぁ?」
「ぼ、ぼくはどうすれば……」
「コンラート、今までも同じようなことしてたな?」
「うっ」
どうやら、してたっぽい。
「もう、ねえさまは知ってるんじゃないか? コンラートはダサいバカな子供だって」
「うぅっ」
コンラートは涙目になった。
すぐ泣くな情けないとも言いたいが、コンラートはお子様なので仕方がない。
「ひとはうわさばなしがすきなのだから、立派になれば、その評判も届くんじゃないかな?」
「そっか。うん。がんばる」
コンラートは単純なようだ。もう表情が明るくなっている。
「ん。がんばれ」
あたしとサラと一緒に応接室へと戻ることにした。
サラは優しいので、コンラートに柔らかい笑顔で手を振ってあげている。
本当に可愛らしいし、上品で貴族のご令嬢っぽい。
「なるほど? こうか?」
「ルリアちゃん、なんで誰もいない方に手をふってるの?」
「なんとなく?」
そんなことを話ながら、応接室に戻ると、知らないおっさんが一人増えていた。
「ルリア。サラ。そなたたちの伯父のゲラルドだ」
ゲラルドはあたしとサラの前に膝をついた。
「おお、コンラートのお父さん。ルリアだよ」
「サラです」
「愚息が本当に失礼なことをした。申し訳ない」
ゲラルドはすぐに頭を下げた。
「いい。コンラートに謝ってもらったから」
「はい。もう謝られました」
「愚息にはきつく言っておいた。どうか、これからも仲良くしてやって欲しい」
「うん」
「はい。よろしくおねがいします」
するとゲラルドはほっとした表情を浮かべていた。
「でも、コンラートの周りの大人はえらんだほうがいいな?」
「ルリアの言うとおりだ。ゲラルド、コンラートの教育係を替えよ」
王にも言われて、ゲラルドは恐縮する。
「お恥ずかしい。すぐに対応します」
「うむ。忙しいというのは言い訳にならんぞ? 世話係の言動をまとめた物を送っておこう」
「ありがとうございます。陛下」
その後、王は大切な仕事があるとかで先に退室し、あたしたちも帰ることになった。
帰り際、ゲラルドが言う。
「……陛下のあれほど優しそうな顔を見るのは初めてだ」
「そうですね。兄上のおっしゃるとおりかと」
「最近の陛下は、特に近づきがたかったのだが……。グラーフもそうだろう」
「そんなことはありませんよ?」
「嘘をつくな、明らかに参内の頻度が下がっていた」
そういってゲラルドは笑う。
「ルリア、陛下を、いや、父上を笑顔にしてくれてありがとう」
「ん? ルリアはなにもしてないけどな?」
「それでもありがとう」
そしてゲラルドはしばらく黙った後、
「サラ、ルリア。コンラートの件、本当にすまなかった」
「もういいよって、さっきも言ったよ? コンラートも謝ってくれたし」
「はい」
サラも真剣な表情で頷いている。
「それでも、コンラートが幼い子供である以上、親としての責任がある」
そういうと、深々と頭を下げた。
「サラ。ルリア。これからもコンラートを見捨てないで欲しい」
「うん」「はい」
「これからも迷惑をかけるかもしれないが……すまない」
「いいよ?」「はい」
コンラートは従兄だからこれからも交流があるだろう。
立派な人物になると決心したようだが、所詮は六歳児。そううまくもいくまい。
迷惑もかけられるに違いなかった。