ミナトたちが王都を散策した次の日の早朝。
呪神の導師ドミニクは、王宮を訪れていた。
ドミニクは荷物を持った供回りを五人連れて、王宮内を堂々と歩いていく。
止める者は誰もおらず、そのまま謁見の間の前までやってくる。
「殿下、なぜこのようなところに」
謁見の間に入る直前、ドミニクを止めたのは宰相だった。
宰相はなぜ誰も止めぬのだと、周囲にいる近衛をにらみつける。
「甥が叔父に会いに来たのだ。堅苦しいことを言うでない」
「甥と叔父であるまえに、王と臣下です」
「頭が固いぞ。宰相」
そういって、ドミニクは謁見の間へと進もうとする。
「なりませぬ! いくら王族でも、許されませぬぞ!」
宰相の静止を無視して、ドミニクは進む。
「おい! 殿下を止めろ!」
宰相はそばにいた近衛騎士ミゲルに力づくで止めるように指示をする。
だが、羽交い絞めにされたのは宰相だった。
「な、なにをするか!」
「導師のご命令です」
「お、お前は何を言っている……。殿下何をなされたのですか?」
「お前が知っても仕方あるまい」
そういって、ドミニクはにやりと笑う。
ドミニクは精神支配できる呪者を利用して、すでに近衛の大半を自身の操り人形にしていた。
ミゲルも昨日とらえた後、精神支配を済ませて、偽の報告を上げさせていた。
「黙ってみていろ、宰相」
そのままドミニクは謁見の間に入る。
「お久しぶりです、叔父上」
「よく余の前に顔を出せたのだな、ドミニク」
「悲しいことを言わないでください。叔父上が必ず喜ぶ土産を持ってきたというのに」
「土産だと、そのようなものいらぬ。疾く失せるがよい」
「そうおっしゃらずに」
そういって、ドミニクは供回りが持っていたかごを開ける。
そこから、フェニックスが飛び上がり、
「おお、フェニックスではないか! 無事だったか!」
王の肩に止まった。
「道に迷い弱っていたのを私が保護しました」
そうドミニクがつぶやいた途端、王がにらみつけた。
「嘘を申すな! フェニックスを捕らえ監禁していたのであろう!」
優秀で強力な聖獣フェニックスが道に迷い弱ることなどありえない。
「ばれましたか?」
そういって、ドミニクは楽しそうに笑う。
「この痴れ者が! 王室の象徴にして守護獣であるフェニックスに対してなんということを!」
「まあ、いいじゃないですか」
「この愚か者をさっさとつまみ出せ!」
王が怒鳴っても謁見の間にいる近衛騎士は動かない。
「なにをしている!」
王が改めて大声で命じても近衛騎士は誰も動かなかった。
「まだ気づきませんか? 王宮にあなたの味方はもういません」
「お前……いったい何をした?」
「世界を変えようと思いましてね?」
「いったい……何を言っている……」
「すぐに理解できるようになりますよ。おい」
ドミニクが一言つぶやくと。即座に近衛騎士たちが王を玉座に押さえつける。
「ミ、ミゲル、お主……裏切っていたのか」
その押さえつけた近衛騎士の一人はミゲルだった。
間者に任じるほど、信用していた臣の裏切りに、王は絶望の表情を浮かべる。
「叔父上は人望がありませんなぁ」
ドミニクがあざけるように笑い、王は肩に止まるフェニックスに助けを求める。
「守護獣よ! 助けてくれ!」
「ぴい゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛」
「フェニックス?」
フェニックスは王が聞いたことのないおぞましい声で鳴くと、
――ボトボトボト
くちばしを開いて、金属光沢のスライムのようなものを吐き出した。
そのスライムのようなものはもぞもぞ動き、ゆっくりと王の耳に入っていく。
「や、やめろ! やめろ! た、助けてくれ!」
「叔父上。ご安心ください。すぐにあなたの民も仲間になりますよ」
「た、民にだと? お前、一体何を……」
「ついに成長しきったんです。今までは――」
ドミニクは楽しそうに語る。
いままで、呪者が自分の体からかけらを分離し、それをとりつかせることで精神支配していた。
それだと大勢を支配するのにどうしても時間がかかる。
呪者も無限に自分の体を分離できるわけでもないのだから。
だが、やっと呪者の力が上がり、瘴気を吸わせるだけで支配できるようになった。
「これも、古代竜の支配が完成したことが大きいですな」
抵抗を続けていた幼い古代竜の支配が、先日やっと完成した。
それにより呪者の力は飛躍的に向上したのだ。
「もっとも、瘴気で支配した者たちは、さすがに支配力が弱くて……」
「いやだ、いやだ! ああぁぁぁぁぁぁ゛ぁ゛…………」
「聞けよ! せっかく説明してやっているんだからさぁ! ……まあいいか」
近衛騎士に抑えられながらも、必死に身をよじっていた王は動かなくなる。
「お前はなんだ?」
「導師様の忠実な下僕です」
「それでよい」
王の精神を完全に支配したことを確認し、ドミニクは満足げにうなずく。
「ひ、ひぃぃぃ」
その時、謁見も間の外から宰相のおびえる声が聞こえた。
「ああ、忘れていた。フェニックス。あいつも支配してやれ、仲間外れはかわいそうだろう」
「ぴぃぃぃぃ゛ぃ゛」
「やめろ! いやだ! 許してくれ! あぁぁががぁがぁが」
導師ドミニクは王と宰相、それに近衛騎士を完全に掌握した。
王宮でドミニクに抵抗するのは、聖騎士と聖職者、宮廷魔導師のみになった。
聖騎士と聖職者は神聖力を、宮廷魔導師は魔力を持っており、神聖力と魔力への感度も高い。
それゆえ、呪者に気づく可能性が高く、後回しになっていたのだ。
「奴らもまとめて仕留めておくか。おい」
「……御意」
ドミニクは王に命じて、聖騎士、聖職者、宮廷魔導師を庭に集めさせた。
王宮の広大な庭に、百人ほどの精鋭が並んだ。
その前に王を連れたドミニクが堂々と現れる。
騒然とする聖騎士たちに向けて、ドミニクはいう。
「この国は王から私がもらった。そうだな?」
「その通りです」
王の表情は、誰が見てもおかしいものだ。そのうえ、呪いの気配がする。
「何をした!」
聖騎士団長が、ドミニクを怒鳴りつけるようにして問いただす。
「聞いてなかったのか? この国をもらった。
「ふざけるな! 王から呪力を感じるぞ!」
その言葉でドミニクは嬉しそうに笑う。
「この国は呪神に捧げられる。喜ぶがいい」
「お前の好きにはさせぬぞ! 呪神の狂信者が!」
「フェニックス」
ドミニクの指示で、フェニックスが飛びながら、火魔法をばらまいた。
「大気の精霊よ――」「水の精霊よ――」
魔導師たちが、高速詠唱で、得意な障壁を張って、必死に防ぐ。
「おお! おお! やるではないか! さすがは宮廷魔導師!」
「余裕でいられるのもそこまでだ!」
聖騎士団長がドミニクに襲い掛かる。
「ん?」
ドミニクは右手を団長に向ける。
「水の精霊よ。呪神の名のもとに、ドミニク・ファラルドが命じる。
次の瞬間、まるで川が氾濫したかのような膨大な量の水が聖騎士たちをまとめて押し流す。
「水の精霊よ。呪神の名のもとに、ドミニク・ファラルドが命じる。
その水は百人の聖騎士たちを巻き込んだまま、宙に浮かびぐるぐると渦を描く。
「水泳の練習はしておいた方がいいぞ?」
溺れる聖騎士たちを見て、楽しそうにドミニクが笑う。
数分後、全員が意識を失った後、やっとドミニクは魔法を止めた。
「フェニックス。気絶して精神抵抗が下がっている間に支配しておけ」
「ピィ゛ィ゛ィ゛」
フェニックスが口を開けて、金属質のスライムのような呪者を口から吐こうとしたとき、
「ピイイイイイイ!!」
一瞬で、空が燃えあがったように見えた。
ピッピが火系の大魔法
ミナトより早く起きたピッピは、嫌な予感がして、上空から王宮の様子を見に来ていた。
王都に来てからピッピは暇さえあれば、王宮の様子を見に来て、父を探していたのだ。
今日の王宮は異様だった。
ピッピに優しかった王も、中庭で倒れていて、王の周囲に大勢の人が倒れていた。
すぐに、ミナトに知らせなきゃ。そう思ったとき父フェニックスの姿を見つけてしまった。
尊敬する父は、男に命じられるまま、口から呪者を吐き出していた。
聖獣が呪者を吐くわけがない。考えられる可能性は、父が殺されて乗っ取られたということ。
「ピイイイイイイイ!」
あいつが、父に命じている男が、父を殺したに違いない。絶対に許せない。
我を忘れたピッピは自分の使える最高位の火魔法を発動しながら、急降下した。
中庭の温度が急上昇する。
「ふむ。フェニックスがもう一匹いたか。子供か? まあ、よい。使い道はある」
ドミニクはピッピめがけて右手を向ける。
「水の精霊よ。呪神の名のもとに、ドミニク・ファラルドが命じる。
目にもとまらぬ速さで、水球が連続で飛ぶ。
急降下中のピッピは、横に滑るように回避して、三つの水球をかわした。
だが、四つ目の水球が直撃した。
一度当たると、五、六、七、八と立て続けに直撃する。
「ビッ」
水球はピッピの羽を散らし、肉を裂いて、骨を砕く。
そのまま気絶して、ピッピは地面に激突した。
ピッピが気絶したことで、炎嵐の魔法は収まる。
「さすがは幼鳥とはいえフェニックス。なかなかの威力の炎嵐だ。肝が冷えたぞ」
言葉とはうらはらに、ドミニクは余裕綽々だ。
「フェニックス。この幼鳥も支配しておけ」
「…………ピィ゛ィ゛ィ゛」
父フェニックスはピッピのもとに移動し、口から金属質の呪者を出した。
その呪者は気絶したピッピの頭を覆いつくす。
「手ごたえがないな。ファラルド王国が、これほどもろいとは思わなかったぞ」
ドミニクは勝利を確信して、そう言って笑った。
それを遠くから恐怖に震え泣きながら見ている者がいた。
宮廷魔導師見習いの少年だ。
「……ば、ばけもの」
少年は、口の中だけで、だれにも聞こえない程度の声量でつぶやいた。
なんという魔力量だ。あれだけ大量の水を生成することなんて、宮廷魔導師の誰にもできない。
そのうえ、水流支配の魔法を、大量の水にかけて、数分間も維持するなんて。
宮廷魔導師全員が力を合わせても、同じことはできないだろう。
王も宰相も、守護獣フェニックスも、化け物の手により精神を支配されてしまった。
そのうえ、近衛騎士も、聖騎士も、聖職者も、宮廷魔導師も全員敗れて支配されてしまった。
平和だったファラルド王国が亡びる。それも、たった一日で。
せっかく、問題だった水源の汚染を聖女様が解決してくださったというのに……。
「……聖女様」
きっとあの化け物を倒すことは、聖女様にも無理だろう。
だが、宮廷魔導師見習いの少年には、他には誰も、抵抗できそうな者を思いつかなかった。
泣きながら、静かに、藁にも縋る思いで、至高神の神殿に向かって少年は走った。
「ん? まあよいか」
ドミニクは見習いの存在に気づいていたが、見逃した。
今さらなにができるというのか。できるわけがない。
そう考えたからだ。
◇◇◇◇