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あぶはちとらず
あぶはちとらず
井氷鹿
現実世界ラブコメ
2025年06月12日
公開日
1,782字
連載中
第1章 院生の日向亘は付き合っていると思っていた年上の彼女に、セフレ関係を解消しようと言われ、その理由にショックを受ける。実は幼馴染みへの初恋をこじらせており、その関係を壊したくなくて思いを告げられずに居た。親友の崇直、直樹、樹そして紅緒の幼馴染4人との関係を壊したくない。理由はただソレだけ。なのにある理由から高校卒業後は紅緒との接触を避けてしまい5年経ってしまった。

第1章 Grisp all , Lose all. 1995 春 亘編

 落花情あれども流水意なしⅠ

 The love is one-side.



 紀和さんが満足したのを見て、僕は迷わず彼女の首筋に顔を埋めた。

 彼女の手が、子供をあやすみたいにそっと僕の頭を撫でる。

 ああ、なんて解放感だろう。体の力がすっと抜けていく。

 最高だ。


「日向君って……優しくて……なのに……」


 荒い息の合間に、紀和さんの声が耳に届いた。


「見かけによらないのね……驚いた」


 え? そんなに良かったのか、今日は。

 実は僕もそう思ってました。


 体を離して、隣に仰向けに転がる。

 体力には自信があるから、まだまだいけますよ。


「私も人のこと言えないけど……さ」


 紀和さんは誰もが知る大企業の若き幹部候補。肩書きも立派なバリキャリだ。

 結婚には興味がないらしく、性格は奔放。

 僕以外にも何人か男がいるらしいけど、僕にはその気配は感じたことがない。


「そろそろ、私たちの関係を見直そうかなって思ってる」


見直すって、何を?

いつも紀和さんの部屋で会うわけじゃないし、食事の場所によってはホテルに泊まることもある。

駅近の居酒屋だって、ガード下の焼き鳥屋だって彼女は気にしない。

そう思ってたんだけど、僕が勝手にそう思ってただけってこと?


「次はちゃんとした食事の店を予約するよ。今日の居酒屋はうるさくて……」


「そういうことじゃないの」


 ケタケタと笑いながら、紀和さんは手を顔に当てた。まじめだなぁとか言ってる。


「今日のお店は魚も新鮮だったし、味も悪くなかった。そういうことじゃないの」


 彼女が体をこちらにひねるのがわかった。


「この関係もそろそろ終わりにしよう。つまり、さよなら」


「さよなら……って、ちょっと待って」


天井を見上げていた視線を、隣に向ける。


「私が気づいてないとでも思ってた?」


 左手で汗ばんだストレートヘアを指で剥がし、じっと僕を見つめる。


「だから、そろそろ潮時かなって思うの」


 動転して、その場に起き上がってしまった。

 トドのつまり、飽きられたってことか。


「そんなに驚かなくてもいいの。セフレの関係を解消するってだけよ」


紀和さんのことをただのセフレだなんて思ったことはない。

結婚や将来の話はしていないけど。


「一年も私に付き合ってくれてありがとう。楽しかったわ。ひとりに戻ること、嬉しい?」


 僕は慌てて手を振って否定した。何を言えばいいかわからない。


「あら、嬉しいのね。何を言われても上手に受け流して、怒らないし、機嫌よくて、ほんとにいい男だったわ、日向くん」


 開きかけた口に、紀和さんが人差し指を当てて塞ぐ。


「それも今思えば、私と正面から向き合う気なんてなかったって話よね」


「違うよ。紀和さんと過ごす時間は楽しかったから……」


「お気遣い、ありがとう」


そう言って微笑みながら彼女は視線を外す。


「あーら、嬉しいこと。何言われても上手に受け流して、腹も立てなきゃ声を荒げるわけでもない。いつも機嫌よくて、ホントいい男だったわ、日向くん」


 紀和さんに不満なんてこれっぽっちもなかったのに。

 今、お互いスッポンポンなんだよ。つまりそういうことなんだよ。

 この状況で別れ話なんて、急にひどく惨めな気分になる。 


「紀和さん、僕……」


「連絡っていつも私なのは仕方ないとして」


 こっちを見た紀和さんの形の良い眉毛がピクっと上を向く。

 続いて迫力のある視線を投げてきた。


「あのさぁ、この一年の間、私に突然会いたいとかなかった?」


 素っ頓狂な声で聞いてきた。


「そ、それは、仕事なのに突然電話したら迷惑かと思って。紀和さん残業多いし」


「留守電でもメールでも、メッセージは残せるよ。もしかして専攻はそっち系じゃなかったっけ」


 やれやれと言いたげに頭を抱え、大袈裟にため息を吐かれる。 


「そうかぁ~、一回もなかったか」


 あーショックだわぁといって、またそっぽを向かれた。


 この人は化粧を落とす年齢がわからなくなる。もちろん、それでも充分綺麗なんだよ。そして年齢より遥かに若く見えるんだ。

 ああ、そうだったまつげ長くて、俯くと影を落とすんだ。癖っ毛のせいかまつ毛もクルンと上むいてたよなぁ。


「……学業と研修で忙しいんだろうけど……でさ、……」


 目が好きだったなぁ。くるくる表情が変わって、見てるだけで良かったんだ。一緒にいるだけで楽しかったんだよ。逢いたいなぁ。


「………ちゃんと話聞いてる? 日向くん。もしもーし」


 紀和さんが起き上がりぺたんと座って、固まっている僕の頭に手を置きポンポンとした。 

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