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パパは異世界ATM 〜家族に届く育児クラフト〜
パパは異世界ATM 〜家族に届く育児クラフト〜
taniko
異世界ファンタジー内政・領地経営
2025年06月12日
公開日
29.5万字
連載中
望まぬ異世界転移…でも家族への仕送りは諦めません! スキル【ATM】【父性クラフト】【パパゾン】で異世界の育児事情を改良しつつ、しっかり仕送りを頑張るパパの物語。 (小説家になろう というサイトでも連載中です)

第1話 転移と初スキル発動


「……森、だな」


 目を開けると、そこには空が広がっていた。青と橙の混ざった夕空に、すでに見たこともない数の星が瞬いている。

 仕事中の昼だったはずだ。休憩のコーヒーブレイクが、気づけばマーブルの不思議な世界。

 眼の前には “THE 神様” みたいな人がいて──


「善行を積んでる者の中でも、もうすぐ死ぬ命を異世界に飛ばして救っている、だぁ?」


 とんでもない説明を受けた。亜空間……夢?

 とりあえず俺はパニックで、神様相手にまくしたてた。


「異世界転移ラッキー★チートスキルで無双だぜ★ってかぁ?!ふっっ…ざけんな!!だったらあっちで死なせてくれよ!せめて死亡保険金で家族にいい暮らしさせてやれんだろうが!死んでもいいから俺を戻せよ!!」


 必死だった。

 妻のリノ、もうすぐ小学生の長女のルノ、二歳下の長男のレント、それから生まれたばかりの次男のロク──学生時代から仲のいい妻と、可愛いさかりの三人の子を残して、自分だけ消えるなんて無責任すぎる。


「転生ならともかく、異世界転移なら、死体なんてあがらないよな?消息不明じゃあ、保険金も下りなきゃ、葬式もあげられない、消えた父親・夫を信じていても、『どっかにイイ人でも作ったのかねぇ』なんて陰口叩かれたら、どう責任取ってくれんだよ?!」


 得体の知れない目で、じっ……とこちらを射抜く神様。


「帰せ!どうせ死んで家族ともう会えなくなるなら、カミサマのくれた天寿とやらをまっとうして、せめて家族にいい思いをさせて死ぬ!」


 神様は静かに首を振るだけだった。

 どうせ死ぬ命だ。神様だろうが魔王だろうが、つめよって胸ぐらでも掴んでやりたい。しかし、歩けど歩けど足が空回って進まない。


 神様が、口を開いた。戻せない代わりに、その強い想いを形にしてスキルを授けるという、なんともズレた答えだった。


「おい!待てよ!話はまだ終わって……」


 天地がひっくり返ったかと思ったら、冒頭である。



 神様に与えられたスキルの一つ目は【ATM】。異世界で稼いだお金を、家族に送る手段。

 同時に授かったスキル【父性クラフト】。「父としての愛が、育児に必要な道具を形にする」らしい。

 そして愛の異世界配送スキル【パパゾン】。………これに至ってはふざけているとしか思えない。


 ライチは声を震わせた。


「クラフトって……。愛しい相手もいない世界に一人放り出されて、どうしろってんだよ……。ルノ…レント…ロク……リノ……」



 しばらく絶望を味わっているところに、ガササ……と物音がした気がして起き上がる。

 見渡す限りの木々と草。草、草、ちょっとキノコ、そして──


「うわあぁっ、なんか来たぁ!」


 茂みから現れたのは、耳の長い小さなウサギ……と思いきや、鋭く目が光ってるし、牙は生えてるし、キシャァァみたいな声を上げてこっちに飛んでくる。絶対ただのウサギじゃない!


(我が子と妻と二度と会えなくなったんだぞ?!感傷にくらい浸らせてくれっ!)


 えーっと、俺の装備はなんだっけ。

 有馬ライチ。三十二歳のまったりバディ。リーマンスーツ。缶コーヒー、なし。スマホ……は、デスクだな。ポケットには同居のお義母様がアイロンしてくれたハンカチ。ーー以上。


 だよね!屋上でコーヒーで一服してただけだもんね?!


 せめて営業用バッグでもあれば……と、逃げの一手を選択しようとした瞬間、ズザッ!と草をかき分けて一人の男が飛び込んできた。


「しゃああっ!」

 ぼぐっ


 農具──クワだ。それを振り抜くと、モンスターウサギがそのまま森の奥へ吹っ飛んだ。


「ふぅ、ギリ間に合ったか。おい、大丈夫か?」


「だ、大丈夫じゃないです、けど……助かりました……!」


 男はがっしりとした体つきで、浅黒く、髪も無精ヒゲもワイルド。でもその顔には優しさがにじんでいる。


「…………お前、旅の人か?ここらは小さいけど獰猛な魔物も出る。夜になる前に泊まるところを探したほうがいいぞ」


 あたたかい声に、緊張がゆるんだ。が、その次の言葉でぐっと胸が詰まる。


「うちは小さい村の農家だが、泊まるところがないなら……というか、子どもらがうるさくてもよければ……来るか?」


 子ども。


 その言葉に、脳裏に浮かぶのはルノの笑顔、レントの寝顔、ロクの泣き声。そして、産後、家事に育児に奮闘するリノの凛々しい顔。


「……お願いします」


 たまらず、俺は頭を下げた。



---



「――こぉら、シーラ!まぁた床でやったのか」


 男はバルゴというらしい。大きな声に、泥まみれの赤子が土の床をはいはいで逃げていく。


 ライチは言葉を失っていた。自宅が土床なのはまぁいいとして。今バルゴが砂をかけて外に履き出しているのは、どうみてもぷんと臭うアレである。


「……ここで……生活してるのか……」

「まぁな。村じゃ普通の家だぜ?」

「いえ……家というか……アレの横ではいはいしちゃってるというか……」

「子どもは土にまみれて育つんだ。丈夫になるっていうしな!」


 バルゴは笑ったが、全然笑えない。「衛生観念」の一画目の「ノ」すらない状況だ。


(こ、これはいかん……!)


 頭を抱えるライチの目に、赤子――シーラの股間が見える。布もなにも巻かれていない。生まれたままの状態で、堂々たる無防備。


(ひっ!た、垂れ流し?!)


「……オムツは?!股間を覆うやつ……履かせ忘れ……ですよね?」

「んだそれ?服みたいなもんか?」


 ライチの頭の中で、パパ警報が鳴り響く。


(これはいかん……!せめて、せめて大だけでも!布一枚でも!)


「バルゴさん!いらないボロ布、ください!今すぐ!」

「えっ、あ、ああ……」


 土間から繋がる部屋に消えるバルゴ。出てきて手渡してくれる布を大急ぎで受け取ったライチは、即席でふんどしのように子どもの腰に巻きつける。ガーゼの代わりにもならないスカスカの古布だが、無いよりマシだ。はいはいしてる子の柔らかいヤツは、多分通っちゃうかもだけど……なんせとにかく無いよりマシだ。


(これじゃ、すぐ濡れて意味がない……吸収力のあるものがないと……)


「まぁ、なんだ、暗くなるとランプを使わなきゃならねぇし、とりあえず飯食って一眠りして、それから考えちゃどうだ?その服装を見るに、ワケアリなんだろ?」


 バルゴがライチのスーツを見ながらそう言った。


 言われてみればアドレナリンの過剰排出でどっと疲れてる気もするし、見知らぬ場所で即席でオムツを作っている場合でもない気もする。


 ここはお言葉に甘えて、ライチは一旦、鼻も目も含め全ての感覚器官から派生する衛生環境に関する思考を停止した。


 続々とご家族が自己紹介をしてくれる。バルゴに似て優しく、明るく声をかけてくれたが、何せいろいろと思考停止中なので、奥さん、息子さん、息子さん、そしてシーラちゃんだな。ということだけなんとか認識できた。

 特に年齢は言ってくれなかったし、聞かなかったが、若い奥さん、幼子、幼子、赤子、という見た目のご家族だ。


 みんなで手も洗わずに、何かの肉と野菜のスープと、かっっったいパンを食べる。味もほとんどしないが、食べさせてもらえるだけ、ありがたい。そのパンをちぎってる皆さんのお手ての色……いや、もう見るのはやめておこう。



---



「寝具まで……いいんですか?」

「こっちはちょっと敷き藁を平たくすりゃ川の字で寝れるからよ、気にすんな。まずは寝ろ寝ろ。」


 ご家族皆さんに感謝して、板間の藁っぽいものの上にゴワゴワしている布っぽいものを敷いた寝具で、虫さんをピンとはじき出しながら寝させてもらう。

 寝具は別だが、土間から繋がるのは物置のようなもう一室と、小上がりしたこの板間一室のみ。寝具を分けた意味もないほど、ほぼ川の字だ。


(う〜〜……ん………。まぁモンスターに襲われるかもしれない草原で野宿するより格段にいいよな。うんうん。バルゴさんたち、ありがとう……)


 家族のこと、これからのこと、シーラちゃんのおシモのこと…考えたいことは尽きないが、シャットダウンついでに思考も停止したらしく、こんな状況でもさっさと眠りにつくことができた。



---



 翌朝。窓の外から、バルゴの怒声が聞こえた。


「おい!ミズヨリグサが水場に溢れてやがるぞ!」

「誰だよここに落としやがったのは!根付いたらどうしてくれんだ!」


(ミズヨリ……グサ?)


 奥さんと子供たちの姿もないので、そのまま声を目指して家を出てみると、少し歩いた先で、バルゴ一家とそのほか何人かがうねるように広がるワカメのような草を忌々しそうにかき集めていた。長くてねばつく、どこか水気を帯びたような葉。とにかくすぐに撤去しないと根付いて面倒なことになるらしく、皆一様に必死である。


 その瞬間、脳内に無機質な声が響いた。



《パパサーチ 発動》


 パパサーチ?と思うのと同時に脳内に知識が流れ込んでくる。


[新規項目追加]:布オムツ《ミズヨリグサ仕様》


【クラフト方法】

 ミズヨリグサの葉を数分煮沸して中の水分を追い出す。その後、数時間乾燥し、展開すると出てくる、内側の吸水層を布で挟む。

 吸水層の両端を布から一センチメートルほどはみ出すように配置することで、天然素材による“モレ防止ギャザー”として機能します。


【基本仕様】

・煮沸によって吸水層の余分な水分を抜くことができるので、洗濯と再利用が可能。

・吸水スピードも高く、しっかり吸水!赤ちゃんもごきげん!


【ご注意】

・ギャザー部分が劣化したら吸水層ごと交換を。



《パパの育コツメモに自動保存されました》



「……なん……えっ?……こっ、これだ……!」


 オムツ!オムツオムツ!


 何がなんだか分からないが、目の前で忌々しげに刈られている草で、布オムツができるらしい。ライチの取るべき行動は一択である。


「バルゴさん、その草、もらえませんか!捨てるなら!全部俺に!」

「そりゃ、いくらでもくれてやるけどよ……根付かないように、浮かしておいてくれよ」


 ライチは喜び勇んで皆と一緒にミズヨリグサを駆除した。すぐさま奥さんにお願いして、土間の台所を貸してもらい、葉を軽く煮沸する。取り出してみると、煮たはずなのに不思議と萎んでいる。


「……本当に水分が抜けるのか。これなら吸水ギャザーから排水できるから、洗濯もいけるな」


 煮沸してしっかりと乾燥させれば、また元の吸水性を取り戻すらしい。


(この性質、かなり使える)


 確信しながら、外の物干しをお借りして干すところまで終わらせる。


「ミズヨリグサは食用には向かないよ」

「あ……えっと、マーヤさん」


 乾け〜乾け〜と風を送っているところに、戸口に立った奥さんのマーヤさんが、シーラを抱いていない手で朝食のパンを持ちながら声をかけてきた。


「水をよく吸ういらない草なんで、オムツに使えないかなぁと思いまして。オムツって、こういうやつなんですが……」


 パンに吸い寄せられるように朝食の席についたライチは、ちぎったパンをゆっくりスープでふやかしながら身ぶり手ぶりで説明する。


「はぁ。あんまり気にしてこなかったけど、言われてみれば、便壺ではもちろんできないし、いちいち床から肥溜めまで掃き出すのも手間だし、寝具のでかい布を毎日びっしょりにされるのは困ってたかもね。昨日巻いてた布は、すぐびしょびしょになったから冷える前に剥いで洗っちまったけど、そういうつもりだったんだねぇ。ライチは、変なかっこうだし、考えることも変わってるね」


(剥いた……まぁ小を受け止められなきゃ、そりゃそうだよな…)


 あとから加わったバルゴとお子さん二人とで、全員との朝食を終えると、家の中は一気に慌ただしくなった。

 バルゴは立ち上がり、腰に必要なものをぶら下げる。


「行ってくるぜ。ライチを頼んだ」

 妻と子どもたちへ向けた、何気ないが優しい声だった。


「いってらっしゃい。今日の昼は畑に持っていくね」

 マーヤはシーラをあやしながら微笑む。

 その腕の中で、赤子は満足そうに小さな手をもぞもぞと動かしていた。



---



 カラッとしたいい天気の日だが、ミズヨリグはまだ乾いていない。ライチはマーヤに声をかける。

「俺、家のことで、何か手伝えることがあればやります。掃除とか。掃除とかッ!!」


「じゃあ、掃除と……水汲みをお願いしようかな。今からティモとエルノが行くから、一緒に行ってくれる?」


 家の隅に、焼き物のかなり大きな水瓶が置かれていた。

 蓋を少し開けて覗き込むと、底の方に澄んだ水が残っている。


 木の柄杓が一本、横に置かれ、そばには浅い桶も伏せてあった。


(これに家族分の水をためるのか。結構な量だな……)


 ティモとエルノが戸口に立ち、それぞれ木のバケツをしっかりと両手で支えていた。

 四歳くらい?の弟のエルノはまだ少し小さなバケツを使っているが、力強い足取りで前に出る。


「水汲みって、毎日やってるの?」

「うん。オレたちの仕事なんだ」


 お兄ちゃんのティモが大きめのバケツを持って、胸を張って答えた。立派な受け答え。こちらは六歳ごろに見える。


「どのくらいかかる?」

「んーと……お腹すいてきちゃうくらい!」

「……二、三時間ってとこか」


ライチは思わず口元を引き締めた。



---



 井戸は家から少し歩いた先にあった。

 広場の中央に建てられた共同の井戸には、すでに村人がたくさん並んでいた。

 すぐ横の水場では、簡単な洗い物や洗濯をしている女性たちの姿が、ちらほらと見える。

 冷たい水で布をこする音と、かすかな笑い声が風に乗って聞こえてきた。


(洗い物は、井戸の水を大きなたらいに入れて洗い場で。飲み水は汲み上げて自宅へ、ってことか)


 ティモとエルノは手慣れた動作で水をくみ、バケツを両手で抱える。

 ライチも少し遅れて水を汲むが、持ち上げた瞬間、予想以上の重さに肩が沈んだ。


(重っ……これ、子どもが毎日やってるのか)


 村道を歩きながら、二人の後ろ姿を見つめる。

大きな荷物を抱えたその姿に、ふと、五歳の長女ルノと、三歳の長男レントの顔が重なった。

 あの子たちは今ごろ、何をしているのだろうか……。


(……いや。まだ仕送りはできるんだ)


 首を振って郷愁を振り払うと、バケツの中の水が静かに揺れた。

 綺麗な水に見えるが、目で見えるものが全てでないことは、現代日本人としてよく知っている。ふと胸をよぎった疑問。


「……この水、子どもたちが飲んで大丈夫なのか?」



《パパサーチ 起動》


 次の瞬間、頭の中に情報が流れ込んできた。


《綺麗な井戸水:

 慣れていればそのままでも飲めるが、乳幼児には湯冷ましにしてからの使用が望ましい》


 情報が、脳の内側に直接響いたようなあの感覚。

 “子を思う父性”に反応するように、サーチは発動したようだ。


(おお。こういう発動の仕方もあるんだな。食用のものを見つけるときにも重宝しそう)



 それからの水汲みはスムーズに進んだ。家から井戸まではわりと近いのだが、並ぶのに時間がかかるのと、ロープが長くて子供の力では汲み上げにも時間がかかるようだった。

 ライチが加わったことで、作業の効率は明らかに上がったようだ。


(二人見た感じ、おそらく、普段の倍ほどの速さで進んだんじゃないか?)


 初仕事に自画自賛しながら最後のバケツの中身を水瓶に注ぎ終えると、ティモがぱん、と手を打った。エルノも飛び跳ねている。


「こんなに早く終わったの、はじめて!」

「じゃあ、ぼくたちは薪拾いに行ってくる!」

「木の実も見つける!」


 二人は駆け足で玄関を飛び出し、村道をまっすぐに走っていった。


(よく働くなぁ)


 微笑ましく見送って、ライチは柄の短いほうきに手をかけ、ちらりと物干しのほうを見る。掃除の終わり頃にはミズヨリグサも乾いていそうだ。


(さて……こっちも、片付けるか)



---



 ライチはほうきを片手に、改めて部屋の中を見回した。

 この家は、おおよそ二間構え──ライチたちが寝起きしている板間と、キッチン兼ダイニングの土間、それにプラスで土間から続く貯蔵用の小部屋で成り立っている。


 窓は小さな板窓が一つ。下から上に持ち上げて、支え棒で開けておく仕組だ。

 そこから差し込む薄明かりに照らされて、床板の細かな汚れが浮かび上がる。靴のまま、裸足で駆け回ったまま、そのままで板間に上がるんだから、これは当然の光景だろう。


(……結構……いや、ものすごくザラついてるな)


 藁くず、砂埃、そして──

 鼻先をかすめる、明らかにアレとわかるにおい。


 板間の隅に、ぼんやりと広がった染みがあった。

 近づくまでもなく、そこに残っていたのは排泄痕だ。


 拭いたあとはある。でも、完全ではない。

 きっと、昨夜あたりにシーラが……いや、それ以前から何度もあったのかもしれない。


 ライチは、そっとしゃがみこんで、手で床をなでた。

 ごつごつとした木目と、ザラザラとした細かな汚れ。


(こういう床でハイハイさせるのは、まあ許容範囲だ。実際、日本でも芝生とかでハイハイさせてたし)


 だが。


(……もし、落ちた糞尿を口に入れたら?)


 想像した瞬間、心臓がぎゅっと縮む。

 末っ子次男のロクの顔がよぎった。真ん中のレントがかつて指をしゃぶっていた小さな手が、思い出の中で重なる。


 これはもう、掃除どうこうの話じゃない。

 “父としての危機感”が、背中を押していた。


 ライチももう既に昨日からお借りしているトイレ事情だが、屋外にある簡易な便壺式の小屋のトイレである。赤子に限らず、“間に合わない事態”も、特別なことではない。そもそも糞尿は畑の肥やし、土みたいなもん。

 ここでは、それが日常なのだ。



 ライチは無言で短いほうきを構え、土ぼこりをかき集め、床の染みに布を押し当てる。

 現代なら除菌スプレーや除菌シートで済むところを、ここでは五回、十回と繰り返す必要があった。


 せめてお湯をかけたい…が、さすがにそこまでするのは憚られたし、まずはオムツを作らないと、徹底殺菌してもあまり意味もない。


(いつか、簡単に除菌できる何かも作れるといいんだけどな……)


 少しずつきれいになっていく床を見ながら、作りたい父性クラフトリストを更新したのだった。

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