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14 ダンスはいかが?



──どどどどうしよう……リナリアが近く過ぎる…!


近いからと言って何がある訳でもないのだけどなんだか気まずい……!

一緒にいるウィリアム王子に話しかけられたくない一心で視線を斜め下に落として必死にやり過ごそうとしていると、それに気が付いたハイドが私の顔を覗き込んできた。


「どうかした?なんか顔色悪いみたいだけど……」


「え、ええ……大丈夫ですわ」


「そう……?」


首を傾げながらも前を向いたハイドはその先にリナリアの姿を捉えると瞠目して固まる。

やっぱりヒロインの魅力は絶大ね、攻略キャラ以外でも可愛いと思うもの。

何を思ったのか隣にはパートナーのウィリアム王子がいるのにも関わらず、ハイドはリナリアの元へ歩み寄っていく。


「やあ、リナリア嬢。君がウィリアム殿下と組んでいたんだね?少し意外だよ」


「まぁ、ハイド様!ええ、恐れ多くもお誘いしたら快く了承して頂けましたの…!」


「ふーん……それは良かったね。ローズ祭、楽しんで。僕らはここで失礼するよ」


思いの外、ハイドのリナリアに対しての反応が薄い……それどころか言葉の節々に棘さえ感じた様な気がしたのだけど気の所為なのだろうか?

そう言えば、パートナー決めのゲームの時からずっと王子の話しているところを私は見ていない。

今回も結局私の居る前では彼が話すことは無かった。

ハイドは去り際に王子を一瞥するとそのまま私をエスコートする為か視線を戻してきた。


「では、ファーストダンスと参りましょうか?お姫様。」


「それ……ローズ祭でずっとやる気なんですの……?」


「もちろん。今の君は紛れもなく美しい姫君だからね」


何故こんなにも嫌われ役の私がハイドに甘々な態度を取られているのか不思議でならないのだけど心做しかリナリアを前に不安だった気持ちが軽くなった気がした。

流れ始めた音楽にホールにいるペア達はゆったりとしたリズムを取りながら踊り始める。

ハイドは流れるようにごくごく自然に私のダンスのリードをしてくれているあたりは本当に女の子慣れというか、場数慣れしている。


──流石は軟派キャラ、女の子の扱いはお手の物ってことね。


最初のダンスが終われば一旦パートナーと別れて、別の人と踊ることが出来るが最後のダンスは決まってまたパートナーと踊るのがローズ祭の風習なのである。

つまるところ、もう一度後でハイドと踊るので最初のダンスもさほど緊張せず練習のような感じでやれる。

ウォーミングアップというか肩慣らしというか……そんなところなのだ。


「流石は公爵令嬢、ダンスも完璧だね」


「この程度出来なくては公爵家の恥ですわ」


「そりゃごもっとも」


「……ふふ」


社交辞令が飛び交う謎めいた会話におかしくなってついハイドの前だと言うのに笑ってしまった。

そんな今まで彼が見た事がないであろう私の姿にハイドはただただ驚いた顔で瞠目してダンスは続けたまま、表情が固まってしまった。

なんともまあ器用なものだなあと私はステップは乱さずその顔を観察していた。


「やっと笑った…って言うか初めて見たよ、君の笑った顔。折角綺麗な顔なんだし笑いなよ、君には笑顔が似合う」


さっきみたいな暗い顔よりねとわざとらしくウィンクして見せるハイドには少しイラッときました。


───無駄にいい顔だなちくしょう。


そうは思いつつ、彼なりに私に気を使っていたのだろうかと自惚れてしまいそうだ。


「本当にお世辞がお上手ね」


「世辞でこんな事言わないんだけどなぁ……僕…」


呆れと困惑の間の顔でハイドは苦笑して私を見ながら考え込んでしまった。

今までは私の破滅が関わっているからと攻略キャラ達には関わろうとしてこなかったけれど、元々私は『七色の花姫』という作品自体は好きだし、やっぱり全ルート攻略して完クリまで果たした身としてはどのキャラにも好きなシーンやそこそこの思い入れはあるもので根本的に彼らを嫌いにはなれないものだ。

そしてこの作品、タイトルが回収されていないのが気になる所で『花姫』というのはキャラクター自体に花の名前が入っていて、それぞれキャラクターに合う花言葉が添えられている。

しかし、大きな疑問としてはタイトル冒頭の『七色』だ。

この作品の攻略キャラはムーラン、ハイド、ディモル、エレン、そして隠しキャラとしてウィリアムなのだ。

この時点でまず五人なため、七色ではない。

そして配色がムーランは紫色、ハイドは青色、ディモルは黄色、エレンは緑色、そしてウィリアムは紫がかってはいるが桃色。

サイドキャラを含めても私、イリスは青紫、ヒロインのリナリアは桃色と色かぶりな為に含まれていない。

しかし完クリしても新ルートは無く、もしかしたら続編が出るのではとファンの間ではまことしやかに囁かれていた。

もしも私が死んだ後に発売されていたら最高に悲しすぎる。

もしかしたら既に知らないフラグを建設したやもしれないあたりが怖いところだ。


──そうこう考え事をしている間に最初の曲は終わり、二人共ぼんやりしたままダンスを終えた。


「ではまた最後の曲でお会いしましょう、ハイド様」


「最後のダンス、期待しててね。君が踊ってくるどんな相手よりも良いひと時にしてあげるから」


「まぁ、それはお手柔らかにお願いしますわ」


令嬢スマイルを貼り付けて態度はいつもと変えずに切り返した。

余計なフラグには用心するに越したことはないでしょう。


「少しは仲良くなれたかと思ったんだけどなぁ…面白いといえば面白いけどさ」


じゃあまた後でと手をヒラヒラしながら歩いていったハイドを見送ると後ろから馴染みある嫌な気配を感じダンスばりに身を翻した。

その横を人が受け止めるべきじゃない速度で人影が通る。


……うん、本当にいつもこんなものをよく受けて死なないな私。


問題、この危険人物は誰でしょう?


回答、こちら家に帰った時の馬車で突進事件をやらかした犯人と同一犯です。


そう、弟のグラジオラスさんですね。


一人茶番のような自問自答をする余裕があるくらいには私もこの突進に慣れてきたという事実、良いことやら悪いことやら……。


あとでダンス踊ってねとは言ってたけれど一番手で来るあたりは本当に予想通りというか…なんというか複雑な気分である。


「姉さん!お待たせ。次こそはボクと踊って!」


もう最初のダンスから待ちきれなかったんだから~とかその後色々語っていたけれどうん、凄い勢い。

仮にも我がアルクアン・シエル家の次期当主とは思えない程の落ち着きのない無邪気&元気だ。


「ええ、踊るのは分かったわ。取り敢えず落ち着きなさいな?」


「あ……えへへ、ごめんね姉さん…嬉しくてつい……」


私がそう言えば自分の目立つほど元気な行動に気付いたのか、恥ずかしそうに頬を染めながら小さく謝った。


うんうん、聞き分けのいい弟は可愛い。


大方ダンス中もずっとこちらを見ていたんだろうけど、今回は水に流そう。

貴族としての常識から大きくそれなければ別に私もここまでとやかくは言わないんだけどね……。


「うん、やっぱり姉さんが一番綺麗だなぁ……」


「そんな事ないわ、貴方のパートナーのミルトニア嬢だって素敵だったじゃない」


「ミルトは……性格を知ってるとそういう目では見れないというか……」


「ん?」


「な、なんでもないよ!?とにかく!姉さんは誰より綺麗ってこと!」


小声で何か言っていたけれど、音楽に掻き消されてしまったので聞き直せば誤魔化されてしまった。



何を言っていたのかしら…?



そうしてダンスパーティーは更に盛り上がりを見せていく。





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