「ティル・リッシュ! 喜べ、栄転だ!」
宮廷魔導師長はニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべながら、辞令の書かれた紙を投げつけてきた。
「ほう? 宮廷魔導師から腐界を治める辺境開拓騎士?」
平の宮廷魔導師である俺、ティルが辞令を確認して口に出すと同僚たちが爆笑する。
「ふははははは! ざまあ! 調子に乗ってるからだ!」
「辺境、しかも腐界だよ! 国王陛下はお前に死ねって言ってるんだ」
「追放だよ、追放! ざまあないな!」
同僚たちは俺が事実上の追放されたことが楽しくて仕方がないらしい。
「土下座して慈悲を請うなら賞勲局長に取り消すようお願いしてやるかもしれないぞ?」
宮廷魔導師長は勝ち誇った笑みを浮かべていた。
「何せ局長は俺の従弟だからな?」
だが、俺が土下座しても、取り消すよう従弟の局長に頼むことはないだろう。
むしろ局長に言って、この辞令を出させたのは宮廷魔導師長だ。
「調子に乗っていた覚えはないんですけど」
俺は十五歳で宮廷魔導師になってから二十年。上司の指示通り働き続けてきた。
同僚が週休三日で休んでいる中、年休三日で昼も夜も辺境で魔物を討伐し続けた。
そもそも、宮廷魔導師長や同僚に会うことすら年に数回。
宮廷魔導師とは名ばかり。宮廷にいたことなどほぼない。
「黙れ! 田舎貴族どもにこびを売りやがって!」
「貴族からの賄賂を不正に蓄財しているくせに!」
「いやいや、俺の給料は一番安いですし……、そもそも賄賂なんてもらってませんよ」
つまりは嫉妬されていたようだ。
凶悪な魔物を倒して、辺境の大貴族の窮地を救ってきたのだ。こびを売らなくても仲良くなる。
そして俺が魔物を倒すたびに、賄賂、つまり裏で報酬をもらっていると誤解しているらしい。
きっと宮廷魔導師長と同僚たちは、何かするたびに個人的に金をもらっているのだろう。
だが、俺は報酬は全て断っている。晩餐に招待されたことはあるが、そのぐらいだ。
「まあ、確かに栄転ですね」
最下級とはいえ、騎士爵も爵位である。しかも辺境開拓騎士は領地付き爵位だ。
平の宮廷魔導師よりも格は上だ。
だが、腐界は瘴気が立ちこめ、凶悪な魔物が跋扈する人の住める土地ではない。
当然、村はないし、領民もいるわけがない。
「腐界に赴任するのはいいんですけど、いいんですか?」
「なにがだ?」
「魔物討伐任務を全部押しつけていたでしょう? 誰が俺の替りをするんですか?」
「そんなこと、お前の知ったことではないわ! 血統の悪い、ろくな師のいないクズ魔導師が!」
「お前の替りなど、栄誉ある大賢者の系譜に連なる魔導師たる我らには容易いことだ!」
大賢者の系譜などというが、大賢者は千年以上昔に活躍した魔導師である。
宮廷魔導師たちは師匠の師匠の師匠のと延々と遡ったら大賢者につながることを誇っているのだ。
「お前のようなどこの馬とも知れない師しか持たない、クズ魔導師が!」
「……私の師は立派な魔導師ですよ」
聞き逃せば良いのに、聞き逃せなかった。
「口答えをするな! 平民のカスが!」
宮廷魔導師長はますます激昂して俺を罵り続ける。
師匠を馬鹿にされたり、共に戦った戦友たる騎士を侮辱されるとつい口答えしてしまう。
そういうところが調子に乗っていると思われるのだろう。
「そもそも、お前のような――」
わめく宮廷魔導師長と同僚たちに付き合う義理もない。
「ま、確かに誰が魔物を退治することになろうと、俺の知ったことではないですね」
「なんだ、その言い草――」
「俺は腐界に行く準備がありますので、これで。お世話になりました」
俺は笑顔で宮廷魔導師長たちに背を向けて歩き出す。
宮廷魔導師長と同僚たちは、俺が泣き叫んで、許しを請うと思っていたのだろう。
一瞬ぽかんとした後、声高に俺の悪口をわめき始めた。
背を向けて歩きながら、つい笑顔になってしまう。
「渡りに船だ! やっと、腐界に行けるぞ!」
俺は子供の頃から、ずっと腐界で研究をしたかったのだ。