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LIVE:ダンジョンから生還せよ
LIVE:ダンジョンから生還せよ
麻木香豆
現代ファンタジー現代ダンジョン
2025年06月12日
公開日
1.3万字
連載中
無職30歳の悠人。 配信で楽して稼ごうだなんて……夢のまた夢で。 配信の中でもど底辺配信者。 そんな彼に配信ジャンル「ダンジョン」というものが……それはなに?

第1話 底辺配信者ゆんゆん

配信開始ボタンを押したのは、半ば惰性だった。


「どうも、底辺配信者のゆんゆんです……。本日も誰も見てないけど、よろしくどうぞ」


 部屋に響くのは自分の声と、冷蔵庫のモーター音だけ。コメント欄は真っ白、視聴者数はゼロ。配信を日課のように始めて、もう三ヶ月。

 バズる気配もなく、ゆんゆん――本名・悠人、三十路、無職――の時間だけが虚しく過ぎていく。


 会社を辞めたのは、自分でも「甘かった」と思う。仕事も人間関係も、全部に疲れた結果だった。

 なんとなく始めた配信活動。最初は希望だった。外に出なくてもいい。スマホひとつで始められて、好きなときに喋って、好きなゲームをして。

 そんなふうに「楽して稼げる」と思っていた。他の配信者がそうしているように見えたから。


 でも現実はまるで違った。

 ここもまた、人間関係がシビアな世界だった。


 項垂れていると――視聴者数が「1」になった。


 悠人は小さく息をのんだ。


「……誰か、見てる……?」


 三ヶ月目にして初めての長い滞在の“1”だった。

 通りすがりがちらっと覗いていくことはたまにある。でも、誰もコメントはしないし、何の反応もなく立ち去る。

 配信サイトのミッション目当ての一時視聴ですらない。

(いいね、コメント、フォローでポイント付与、みたいなやつ)


 画面に表示された「1」を見つめながら、眉をひそめる。相手は動かない。名乗りもせず、反応もない。


「……ああ。たった一人かもしれないけど、今、俺を見てる奴がいるな」


 メガネの度が合わず、目を細めながら画面に向かって話しかける。


「こんにちはー」


 アイコンは黒。名前は「no name」。デフォルトのままだ。


「楽しいか? 無職の三十男、底辺金食い虫の配信なんか見てよ……」


 口調が荒くなる。いや、悲しさがそうさせたのかもしれない。


 そのとき、画面に初めてのコメントが表示された。

《noname:ジャンルを改めてみたら?》



 一瞬、言葉が出なかった。

 あたふたする。嬉しさと戸惑いが同時に押し寄せる。


 ただ――挨拶がなかったことが、妙に気にかかった。


「あ、あいさつしてください……あと、お名前、何とお呼びしたら?」


 言ってから「余計なことだったかも」と後悔する。

 こういうところが自分は駄目なんだ。人間関係に躓いてばかりの理由を、自分で思い知らされる。


《noname:すんません、こんにちは》



 すぐに返ってきたコメントには、ちゃんと挨拶があった。


「こ、こんにちは!」


 親から叩き込まれた“挨拶の大切さ”が思わず口に出る。


《noname:こんちは》


 同時に、「コンニチワワ」というチワワのキャラクタースタンプが投げられた。

 もちろん、これも初めての“投げアイテム”だった。


「か、かわいい……じゃなくて、あ、ありがとうございます!」


 慌てて頭を下げる。配信越しでも、気持ちは伝わるようにと願いながら。


《noname:いやいや挨拶は大事だね》



 コメントのキャッチボール。それだけなのに、胸の奥がじんわりと温かくなる。


 だが――気になる言葉があった。


「ジャンルを改めるって? んー……俺のは雑談、ゲーム、独身男、って……」


 配信には三つまでジャンルを設定できる。


《noname:ありきたりだと思う》


「……わ、悪かったな! ああ、そうだよ。ありきたりだよ」


 特別なスキルもない、顔も良くない、自分なんかが何かできるわけ……。



《noname:一度閉じて、一番少ないジャンル選んでみたら?》

《noname:今から風呂入るから》



 ぽん、とコメントが消えた。

 視聴者数「1」が「0」になる。


「……初めてのコメントに、アイテムまで……」


 その余韻に浸る。

 ふと確認すると、自分の配信が「お気に入り」に登録されていた。


 もちろん、それもはじめてだった。


「よし……調べるか」


 そう呟き、配信を一度切った。


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