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Alchemist Fantasy I
Alchemist Fantasy I
SF宇宙
2025年06月13日
公開日
4.9万字
連載中
 遠い未来。遠い記憶――この世界は崩壊していると誰かが言った。 それは人の驕りでしかない。 地下深く広がるアンダーネスト、星々の狭間を漂うセカンドアース、未知の脅威ヴァジュタス。 人類存亡の危機を前に、人々は進化を体現する術を模索する。 その答えとして錬金術師たちが生み出した究極の結晶、『イノベルム』。 物質と精神の法則を超越するアーティファクト。消えた記憶にその名が刻まれている。 変わるのは、この世界か、それとも彼自身か――。 物語が問いかけるのは、存在の本質と真理の片鱗。 深淵の扉が開かれるとき、何を選ぶ?

第一章 Oblivion  「忘却」

Opening ~Heart~

 青空が鈍い赤へと変わる。雲は黒い煙のように渦を巻き、都市のビル群が静かに軋み始める。風が異様な唸りを上げた。


 剥き出しの胞子嚢が破裂すると、地を這う脈動する根茎は、容赦なく、あらゆるものを呑み込んでいった。


人々が逃げ惑う間にも、押し潰し、捕食する。


 地上の人々は、荒廃した街並みの中、逃げ惑う。その中には母が子の手を握りしめる。


「走って!」


 しかし、巨大な蔦が地面から飛び出し、彼らに襲い掛かる。母はとっさに子を庇う。母の涙が頬を伝う。


 少年は、その一滴の涙がゆっくりと落ちるのを、なぜか時間が止まったように感じていた。


聞こえるはずの騒音も、怪物の唸り声も、すべてが遠ざかっていく。母の表情だけが、鮮やかに焼きついていた。


根が母親を絡め取り、その体が変わり始めた。緑がかった鱗に覆われ、目は虚ろに広がる。裂けた体から植物の根のような触手が這い出し、牙を剥き出しにしたその姿は、もはや面影はない。


その手が彼へと伸びる――。


 足が動かない。ついさっきまで自分を抱きしめていた母だとは信じられなかった。

怪物の手が少年に向かって伸びるとしたその時――。


遠くで、爆ぜるような銃声が響いた。

怪物が音の方向に顔を向ける。

その隙を、少年は逃さなかった。


 本能が叫ぶ、逃げろと。

坂道を転がり落ちる。足をもつれさせながら立ち上がり、走り出した。


なんでこんなことに――。


 呻くような風が吹きすさぶ。焼け焦げた金属、土埃、血の匂い。

足を引きずりながら、少年は細い路地を必死に進む。

母の声がまだ耳に残っている。

どうなったのか、目を背けたいのに、頭から離れない。

痛む肩を押さえ、荒い呼吸を繰り返す。視界はぼやけ、鼓動の音が耳の奥で反響していた。

背後から、ずるずると何かが地面を這う。


ハァ、ッハァ――。


 匂いが近づいてくる。

気配が、音が、肌に触れる空気が告げていた。

少年は角を曲がる。だが次の瞬間、足元の地面が膨れ上がるように隆起し、爆発的に巨大な鋼鉄が飛び出した。避けきれない。


「――っ!」


 身体が宙に投げ出され、壁に叩きつけられる。痛みが全身を駆け抜ける。息が詰まり、喉が焼ける。そして、それが現れた。地を這い、蔦を引きずり、ずるりずるりと。


「ドコニ……イルノ?」


 母さん。違う。もう違うんだ。

空気が重い。叫びたくても、声が出なかった。

前に進めない。


「――ッァ!?」


 心臓を貫かれた。

息ができない。真っ赤に染まる手を見ると、恐怖が意識を黒く染め上げていく。


(なんでこんな)


 あふれ続ける血は、生温く、肌に染み込むその感覚がした。


(……たく……ない)


 微かに残る意識の底で、何かがうねる。


――ドクン。


空っぽの胸が。


――ドクン。


その音は次第に強く、はっきりと響き始める。


世界が黒に塗り潰される中で、彼の内なる何かが呼応するように鼓動を刻んでいた。


――ドクン。


胸の奥で響く脈動が、空気を震わせた。

見えない何かが呼び覚まされる。

霞む視界の中に、未知の紋様が輝きを帯びて浮かび上がる。

やがて、伸びた光が雲を裂き、宇宙の深淵へと伸びていく。


 そして、彼の痛みすら飲み込むかのように、光がすべてを包み込んだ。


どこか懐かしさを感じる、朧げな記憶にある声。

光の中に隠された秘密が、真理の扉へと続く。

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