青空が鈍い赤へと変わる。雲は黒い煙のように渦を巻き、都市のビル群が静かに軋み始める。風が異様な唸りを上げた。
剥き出しの胞子嚢が破裂すると、地を這う脈動する根茎は、容赦なく、あらゆるものを呑み込んでいった。
人々が逃げ惑う間にも、押し潰し、捕食する。
地上の人々は、荒廃した街並みの中、逃げ惑う。その中には母が子の手を握りしめる。
「走って!」
しかし、巨大な蔦が地面から飛び出し、彼らに襲い掛かる。母はとっさに子を庇う。母の涙が頬を伝う。
少年は、その一滴の涙がゆっくりと落ちるのを、なぜか時間が止まったように感じていた。
聞こえるはずの騒音も、怪物の唸り声も、すべてが遠ざかっていく。母の表情だけが、鮮やかに焼きついていた。
根が母親を絡め取り、その体が変わり始めた。緑がかった鱗に覆われ、目は虚ろに広がる。裂けた体から植物の根のような触手が這い出し、牙を剥き出しにしたその姿は、もはや面影はない。
その手が彼へと伸びる――。
足が動かない。ついさっきまで自分を抱きしめていた母だとは信じられなかった。
怪物の手が少年に向かって伸びるとしたその時――。
遠くで、爆ぜるような銃声が響いた。
怪物が音の方向に顔を向ける。
その隙を、少年は逃さなかった。
本能が叫ぶ、逃げろと。
坂道を転がり落ちる。足をもつれさせながら立ち上がり、走り出した。
なんでこんなことに――。
呻くような風が吹きすさぶ。焼け焦げた金属、土埃、血の匂い。
足を引きずりながら、少年は細い路地を必死に進む。
母の声がまだ耳に残っている。
どうなったのか、目を背けたいのに、頭から離れない。
痛む肩を押さえ、荒い呼吸を繰り返す。視界はぼやけ、鼓動の音が耳の奥で反響していた。
背後から、ずるずると何かが地面を這う。
ハァ、ッハァ――。
匂いが近づいてくる。
気配が、音が、肌に触れる空気が告げていた。
少年は角を曲がる。だが次の瞬間、足元の地面が膨れ上がるように隆起し、爆発的に巨大な鋼鉄が飛び出した。避けきれない。
「――っ!」
身体が宙に投げ出され、壁に叩きつけられる。痛みが全身を駆け抜ける。息が詰まり、喉が焼ける。そして、それが現れた。地を這い、蔦を引きずり、ずるりずるりと。
「ドコニ……イルノ?」
母さん。違う。もう違うんだ。
空気が重い。叫びたくても、声が出なかった。
前に進めない。
「――ッァ!?」
心臓を貫かれた。
息ができない。真っ赤に染まる手を見ると、恐怖が意識を黒く染め上げていく。
(なんでこんな)
あふれ続ける血は、生温く、肌に染み込むその感覚がした。
(……たく……ない)
微かに残る意識の底で、何かがうねる。
――ドクン。
空っぽの胸が。
――ドクン。
その音は次第に強く、はっきりと響き始める。
世界が黒に塗り潰される中で、彼の内なる何かが呼応するように鼓動を刻んでいた。
――ドクン。
胸の奥で響く脈動が、空気を震わせた。
見えない何かが呼び覚まされる。
霞む視界の中に、未知の紋様が輝きを帯びて浮かび上がる。
やがて、伸びた光が雲を裂き、宇宙の深淵へと伸びていく。
そして、彼の痛みすら飲み込むかのように、光がすべてを包み込んだ。
どこか懐かしさを感じる、朧げな記憶にある声。
光の中に隠された秘密が、真理の扉へと続く。