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Rain ②

「団長から南西部のヴァジュタス一掃作戦のデータが届いた」


 薄暗い作戦室には、青白いモニターの光が無機質な壁を照らし、重い空気が漂っていた。メリックは端末の画面をスライドしていく。


「無茶な作戦だな。補給も心もとないってのに」


 アランが椅子に寄りかかりながらぼやく。

その言葉にメリックがジト目を向ける。

彼は肩をすくめて苦笑いを浮かべた。


「これを見て」


 セカンドアースから派遣される小隊ついて語りだすと、シルビアが軽く肩を伸ばし、静かに問いかけた。


「また雑用じゃん」


 と頬をふくらませるシルビア。その不満げな様子に、メリックが一瞬視線を向けるも、淡々とした調子を崩さず返す。


「任務に前衛も後衛もない。すべてが重要」


 シルビアは小さく息をつき、腕を組みながら目をそらす。


「はぁ……まあ、わかってますよー。でも、出番が少ないと腐っちゃいますよ」

「腐ってる暇があるなら、自分から出番を作ってみせろ」


 アランは舐め腐った顔のシルビアにご高説を始めるが聞いている様子がない。私は無意識に目を伏せ、静かに息を吐いた。すると、彼の姿が脳裏に浮かび上がっていた。


「……リナ。マリナ? 話聞いてる?」

「え? あ」


 メリックはため息をつく。


「前も言ったけど、あの場にいたのはシルビアとあなただけ」

「……そんなわけ」

「他に生体反応はなかった」


 黙りこむ私にアランが代わりに答える。


「アイツが生きてるってことだろ。信じてみようぜ?」

「……期待して、そうじゃなかったら傷つくだけよ」


 シルビアが椅子のうえであぐらをかき、クルクルしながら、二人の前を通過していく。


「それってーユトスさんのことですよね?」


 私の前に来て顔を覗きこんでくる。


「私、エクシロントから来たんで会ったことないですけど。先輩が見た人、私も見ましたよー」

「……」


 視線を伏せて短く答えたのを見て、シルビアはほんの一瞬だけ眉をひそめる。しかしすぐに表情を切り替え、軽快な声で言葉を続ける。


「先輩の表情が暗いとー、皆が不安になるんですよー。にっこり~、にっこり~?」


 シルビアは明るく声を張りながら、顔の横で軽く手を振り、屈託のない笑顔を見せた。その仕草は、まるで張りつめた空気をやわらげる春風のようで、私は思わず微笑みを返してしまう。


「頼りにしてますからね、先輩」


 その表情は少し小生意気で、けれど不思議と胸の奥に灯がともる。――ああ、任されているんだ、私が。

気持ちを切り替えよう。

きっともう一度、会える。



 瓦礫が点在する広がり、空には薄い灰色の雲。重い空気が漂っていた。

マリナは前方の車両から降り、周囲の状況を慎重に観察する。彼女の隣にはシルビアが地図を手にしながら進行ルートを確認している。その顔には緊張の中にわずかな興奮が混ざっていた。


「このルート、侵食域がかなり近いですよね。大丈夫なんですか?」


 シルビアが地図を指差しながら不安そうに尋ねる。


「注意を払えば問題ないよ」


 その時、遠くから、地を這うような低いエンジン音が響きはじめた。車列の横に現れた一台の装甲車から、数名の兵士が姿を現す。胸元には、軍の徽章が刻まれた制服。


「セカンドアースのソーマ・ナギだ。今回の作戦において、主力を担当する。君がレギオフォルの指揮官か?」


 それはまるで、仏頂面という語を具現化したような男だ。


「はい。よろしくお願いします」

「そうか……シノノメではないのか」

「ざーんねん」


 隣の女性が周囲を一瞥しながら、どこか不満げに呟いた。


「シノノメに何かご用件でも?」

「いや、こっちの話だ。君たちは命令に従っていればいい」


 それを聞き、「うっわ」と毒を吐き捨てるように言葉を漏らす。


「何か言いたげだな」


 彼女の中に潜む反発心をわずかに揺り動かすようだった。


「いえ、別に」

「そうか、言いたいことがあるなら態度ではなく言葉にしろ。当たり前ができないとは、期待外れだな」


 彼はその場を見渡すと、シルビアは私の背中に隠れる。小声で「感じわる」と呟くその一言は、かろうじて微風のように空気に紛れるかと思いきや、確実に彼に届いていた。


「さ、仕事しごと。行きますよ先輩」


 鋭い視線から逃げるように私の袖を軽く引き、その場を後にした。


 横に立つ女性が、ソーマに軽く視線を送り、肩をすくめた。


「シノノメだったら、もう少し場が盛り上がったかしら。これじゃ味気ないわ」


 その声色は飄々としていながら、どこか挑発的でもある。


「つまらなくて結構」


 女性は目を細め、唇にわずかな笑みを浮かべる。


「第一印象、最悪ね」



 廃ビルの窓枠越しに見える荒れ果てた都市の風景は、どこか息を潜めるような静けさに包まれていた。虫たちの鳴き声が微かに響き、風に揺れる枝葉の音が建物の隙間から漏れ聞こえる。だがその穏やかさは、この場には不釣り合いだった。

影の一人が窓辺に立ち、フードを指先でわずかに持ち上げる。月明かりがその目元を白々と照らす。


「……始めよう」


 低く乾いた声が、夜気に溶けた。そこには、猛り狂う獣の気配が潜んでいた。

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