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Rain ①

 誰もが傘の下で自分の世界に閉じこもる中、私だけが無防備に濡れていく。雨音に耳を澄ませると孤独がかき消えるような気がしたから。



 広々とした無機質な廊下。子供たちの笑い声。


「捕まえた!」


 彼女は元気に走り回り、からかうように振り返った。

二人は楽しそうに鬼ごっこを続け、疲れたところで一緒に地面に座り込んだ。

その時、遠くから父が歩いてくるのが見えた。


「パパ!」


 笑顔で飛びついた。

見上げるとその表情は硬いままだ。


「遅くなる。エドガー、イリスのことを頼むぞ」

「うん、父さん」

「ルーク団長、もうちょい優しい言い方あるでしょう?」

「……行くぞ」


 イリスは兄の隣に立ちながら、父親の背中を見つめていた。彼女の心には、母の死後、父が変わってしまったことへの寂しさがあった。


「パパはいつも忙しいね」


 そう呟くイリスの寂しそうな顔を忘れられない。

その日は寝苦しい夜だった。ジメジメとした湿った空気が籠っていた。煩わしい汗が頬をつたっていく。


 翌朝、お迎えに行くのが日課だった。深刻そうな顔でうつむく大人の足を手で叩き続けていた兄の姿。


「どうしたの?」


 体に異様な重さと違和感。嘘だ。何かの間違いだ。

あの時から、私は――。



 霞の中に滲む線は、まるで空へと消えゆく糸のように儚い。

満ちる土の香りが、自然の深い溜息を運んでくる。

雲間から流れ込む夕焼けの光は、粒に触れて琥珀色に染まっていく。


「どこにいるの」


 独り言だ。記憶に囚われたまま、虚ろなまなざしを空に向けている。ただの背景に過ぎず、心の中の空虚さを埋めることはない。


 気づけば、視界の端にひとつの影。彼の足音が確かにここにあると告げていた。


「風邪ひくぞ」


 その言葉は、優しさというよりもただの口癖のように聞こえた。


「――覚えてないのね?」


 私は声を押し殺した。


「なんの話だ?」


 彼は眉をひそめる。

空に視線を戻し、心の奥底を抑え込むように小さく息をついた。


「なんでもない」


 思考は濁ったままだ。

何をしているのかすらわからないまま、ただ与えられた命令に身を委ねるしかない。漠然とした確信だけがあった。


「行きましょ」


 地面に弾けるしぶきが、私たちの足取りをぼやかしていく。

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