誰もが傘の下で自分の世界に閉じこもる中、私だけが無防備に濡れていく。雨音に耳を澄ませると孤独がかき消えるような気がしたから。
*
広々とした無機質な廊下。子供たちの笑い声。
「捕まえた!」
彼女は元気に走り回り、からかうように振り返った。
二人は楽しそうに鬼ごっこを続け、疲れたところで一緒に地面に座り込んだ。
その時、遠くから父が歩いてくるのが見えた。
「パパ!」
笑顔で飛びついた。
見上げるとその表情は硬いままだ。
「遅くなる。エドガー、イリスのことを頼むぞ」
「うん、父さん」
「ルーク団長、もうちょい優しい言い方あるでしょう?」
「……行くぞ」
イリスは兄の隣に立ちながら、父親の背中を見つめていた。彼女の心には、母の死後、父が変わってしまったことへの寂しさがあった。
「パパはいつも忙しいね」
そう呟くイリスの寂しそうな顔を忘れられない。
その日は寝苦しい夜だった。ジメジメとした湿った空気が籠っていた。煩わしい汗が頬をつたっていく。
翌朝、お迎えに行くのが日課だった。深刻そうな顔でうつむく大人の足を手で叩き続けていた兄の姿。
「どうしたの?」
体に異様な重さと違和感。嘘だ。何かの間違いだ。
あの時から、私は――。
*
霞の中に滲む線は、まるで空へと消えゆく糸のように儚い。
満ちる土の香りが、自然の深い溜息を運んでくる。
雲間から流れ込む夕焼けの光は、粒に触れて琥珀色に染まっていく。
「どこにいるの」
独り言だ。記憶に囚われたまま、虚ろなまなざしを空に向けている。ただの背景に過ぎず、心の中の空虚さを埋めることはない。
気づけば、視界の端にひとつの影。彼の足音が確かにここにあると告げていた。
「風邪ひくぞ」
その言葉は、優しさというよりもただの口癖のように聞こえた。
「――覚えてないのね?」
私は声を押し殺した。
「なんの話だ?」
彼は眉をひそめる。
空に視線を戻し、心の奥底を抑え込むように小さく息をついた。
「なんでもない」
思考は濁ったままだ。
何をしているのかすらわからないまま、ただ与えられた命令に身を委ねるしかない。漠然とした確信だけがあった。
「行きましょ」
地面に弾けるしぶきが、私たちの足取りをぼやかしていく。