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第20話 離婚はしない


江藤雲音は思った。あと一歩積極的になれば、彼の女になれる。

「理…私の腕はどう?気持ちいい?」彼女はわざと尋ねた。「足はまだ痛む?」

肩紐が滑り落ちそうになっている。

雲音は渾身の技を使い、もうすぐ成功すると思い込んで、理のベルトに手を伸ばした。

だが——

彼に手首を一振りされ、はじき返された。

「雨澄は決してこんなことはしない」理は立ち上がり、冷たく言った。

「君は所詮、彼女ではない」


「理…」

遠ざかる彼の背中を見ながら、雲音は歯を食いしばった。

雨澄を殺害し、佳夢に罪をなすりつけた時は、顔立ちとタイミングと人の和がうまく噛み合い、すべてが順調だったのに、なぜ今になってことごとく壁にぶつかるのか!

どうやら、佳夢にさらに強烈な一撃を加えるしかないようだ!


……


病院内。

佳夢は目覚め、真っ白な天井を見つけて自嘲気味に笑った。

最近はしょっちゅう入院するんだな。


ふと横を見て、思わず声をあげた。

「啓人?」

啓人は椅子におとなしく座り、澄んだ瞳で彼女を見つめると、すぐに笑顔を咲かせた。

「ママ」そう呼んだ。

その「ママ」の一声が、彼女の傷をすべて癒したかのようだった。


佳夢は驚きと喜びでいっぱいだった。

「啓人、あなた…私のことをなんて呼んだの?」

「ママ、ママ」啓人は繰り返した。

「啓人、本当にしゃべれるようになったのか。」

「うん、ママ」


長く口を閉ざしていたため、啓人の言語能力は著しく退化しており、一から教え直す必要があった。

だが構わない。佳夢には自信があった。必ずや息子を普通の子供に育て上げると!

彼女は嬉し涙を流し、手を伸ばして啓人の頬を優しく撫でた。

「この『ママ』という呼び声を、私はずっと待っていたの…」


啓人はくるっと振り返り、扉の方を指さした。

「パパ」


え?理が外にいる?

佳夢の胸が締め付けられた。彼女の理への恐怖は骨の髄まで刻まれており、愛と恐れが体内で入り混じっていた。

「昨日、スイスの高名な心理医に啓人のカウンセリングを依頼した」

理が扉を開けて入ってきた。

眉間はこれまでに比べ穏やかだった。

「彼の自閉症は、長期治療で改善できるそうだ」


古佳夢は眼前の理がひどく違和感を覚えた。相変わらず冷たいが、どこか荒々しさが減っている。


「あなたが啓人に…心理医を呼んだの?」彼女は信じられなかった。

「自分の子供じゃないって言ってたじゃない?」


「親子鑑定は誰かに改竄されていた。古川京赫がすでに調査を始めている」

佳夢は声を詰まらせた。「ずっと言ってたのに、あなたは信じてくれなかった…」

彼女の人生の大きな波風は、すべて彼の手によって引き起こされてきた。


理は彼女のそばに歩み寄り、冷たい声で言った。

「だがお前は、俺の最愛の雨澄を殺した」


「殺してなんかいない!」

「この目で見た!」


佳夢は彼を見上げた。

「古川理、偽の鑑定を見抜いたおかげで、啓人を傷つけずに済んだ。でもいつになったらわかるの?江藤雨澄の死は私なんかじゃない…」


彼女を殺人犯と決めつけた彼は、彼女を牢屋にぶち込み、啓人に母親がいないと脅し、離婚を迫り、雲音に輸血を施した…

彼は傷だらけの彼女の心を、さらに切り裂いた。


「もういい、どうでもいいわ」佳夢の心は冷え切っていた。

「いつ区役所に行って、離婚手続きを済ませる?」

理は低く響く声で口を開いた。「離婚しないと決めた。」



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