江藤雲音は思った。あと一歩積極的になれば、彼の女になれる。
「理…私の腕はどう?気持ちいい?」彼女はわざと尋ねた。「足はまだ痛む?」
肩紐が滑り落ちそうになっている。
雲音は渾身の技を使い、もうすぐ成功すると思い込んで、理のベルトに手を伸ばした。
だが——
彼に手首を一振りされ、はじき返された。
「雨澄は決してこんなことはしない」理は立ち上がり、冷たく言った。
「君は所詮、彼女ではない」
「理…」
遠ざかる彼の背中を見ながら、雲音は歯を食いしばった。
雨澄を殺害し、佳夢に罪をなすりつけた時は、顔立ちとタイミングと人の和がうまく噛み合い、すべてが順調だったのに、なぜ今になってことごとく壁にぶつかるのか!
どうやら、佳夢にさらに強烈な一撃を加えるしかないようだ!
……
病院内。
佳夢は目覚め、真っ白な天井を見つけて自嘲気味に笑った。
最近はしょっちゅう入院するんだな。
ふと横を見て、思わず声をあげた。
「啓人?」
啓人は椅子におとなしく座り、澄んだ瞳で彼女を見つめると、すぐに笑顔を咲かせた。
「ママ」そう呼んだ。
その「ママ」の一声が、彼女の傷をすべて癒したかのようだった。
佳夢は驚きと喜びでいっぱいだった。
「啓人、あなた…私のことをなんて呼んだの?」
「ママ、ママ」啓人は繰り返した。
「啓人、本当にしゃべれるようになったのか。」
「うん、ママ」
長く口を閉ざしていたため、啓人の言語能力は著しく退化しており、一から教え直す必要があった。
だが構わない。佳夢には自信があった。必ずや息子を普通の子供に育て上げると!
彼女は嬉し涙を流し、手を伸ばして啓人の頬を優しく撫でた。
「この『ママ』という呼び声を、私はずっと待っていたの…」
啓人はくるっと振り返り、扉の方を指さした。
「パパ」
え?理が外にいる?
佳夢の胸が締め付けられた。彼女の理への恐怖は骨の髄まで刻まれており、愛と恐れが体内で入り混じっていた。
「昨日、スイスの高名な心理医に啓人のカウンセリングを依頼した」
理が扉を開けて入ってきた。
眉間はこれまでに比べ穏やかだった。
「彼の自閉症は、長期治療で改善できるそうだ」
古佳夢は眼前の理がひどく違和感を覚えた。相変わらず冷たいが、どこか荒々しさが減っている。
「あなたが啓人に…心理医を呼んだの?」彼女は信じられなかった。
「自分の子供じゃないって言ってたじゃない?」
「親子鑑定は誰かに改竄されていた。古川京赫がすでに調査を始めている」
佳夢は声を詰まらせた。「ずっと言ってたのに、あなたは信じてくれなかった…」
彼女の人生の大きな波風は、すべて彼の手によって引き起こされてきた。
理は彼女のそばに歩み寄り、冷たい声で言った。
「だがお前は、俺の最愛の雨澄を殺した」
「殺してなんかいない!」
「この目で見た!」
佳夢は彼を見上げた。
「古川理、偽の鑑定を見抜いたおかげで、啓人を傷つけずに済んだ。でもいつになったらわかるの?江藤雨澄の死は私なんかじゃない…」
彼女を殺人犯と決めつけた彼は、彼女を牢屋にぶち込み、啓人に母親がいないと脅し、離婚を迫り、雲音に輸血を施した…
彼は傷だらけの彼女の心を、さらに切り裂いた。
「もういい、どうでもいいわ」佳夢の心は冷え切っていた。
「いつ区役所に行って、離婚手続きを済ませる?」
理は低く響く声で口を開いた。「離婚しないと決めた。」