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子どもを失った日に、クズ夫は愛人のハムスターの妊娠検査に同行した
子どもを失った日に、クズ夫は愛人のハムスターの妊娠検査に同行した
あきの
恋愛現代恋愛
2025年06月13日
公開日
3万字
連載中
結婚して七年、知り合ってから八年になるが、松田清子と田中健一の関係は、見知らぬ他人よりも冷え切っていた。 松田清子はいつもこの家を守るために尽くし、夫が戻ってくるのを待ち続けた。健一を愛し、家事も親族との関係も完璧にこなし、ただ彼がいつか彼女を振り返ってくれることを願っていた。 ある日、健一が酔っぱらって清子を抱きながら別の女性の名前を呼んだ時、初めて彼女は悟った。今まで、一度も愛されていなかったことに。 愛人からの妊娠検査薬が、清子が病院で検査を受ける直前に届いた。病院で彼女は子供を失くし、死ぬほどの痛みに襲われている最中、ほんの小さな擦り傷で大げさに騒ぐ健一が、病院の別の診察室で愛人の世話をしていると聞いた。 そして、彼女が命がけで産んだ息子まで、愛人の側に寄り添っていた。 彼は愛人のために映画に投資し、花火を打ち上げ、夫が妻にするようなことを全てしたが、誰の前でも清子が妻だと一度たりとも認めたことはなかった。 そして、絶望の中、完全に目が覚めた。 松田清子は仕事を始め、本当の自分を取り戻し。 彼女が次第に輝くと、田中健一は彼女に気づき、後悔し始めた。 しかし、松田清子は別の男性の腕を組んで彼の前に現れ、招待状を手渡した。 「元夫さん、私、再婚して子どもができました」

第1話

浮気する男の裏には、必ず図々しい第三者がいるものなのだろうか。

松田清子がこの日受け取った宅配便の中には、妊娠検査薬が入っていた。


メモには「私はあなたの夫の子を妊娠しました」と書かれている。


差出人は渡辺悦子。松田清子の夫が不倫している相手だ。


松田清子は今、病院の待合室にいる。


「あ、そこのお嬢さん!血が出てますよ!」


誰かの声に、彼女は自分の足元を見た。いつの間にか床に血溜まりができている。


足を触った手は真っ赤に染まり、胸が締め付けられた。


指の隙間から、見慣れた人影が見えた。背が高くハンサムなその男が、急ぎ足でこちらへ駆け寄ってくる。


顔までは見えないが、清子は本能的にわかった。間違いなく夫の田中健一だ。


健一は悦子を守るように寄り添い、悦子は両手でハムスターを抱えている。

エレベーターの方から押し寄せた人々に、清子は押し飛ばされた。


「どいて!渡辺悦子さんのハムスターがケガしてるんだ!」


清子の異変に気づいた看護師が彼女を支えた。


「救急室へご案内します」


清子は何か言おうとしたが、腹痛で声すら出せない。


看護師が苛立った口調で呟く。


「何よ、渡辺悦子がタレントだからって特別扱い?」


別の看護師がたしなめた。


「田中社長に聞かれたら大変よ。渡辺さんは社長の一番のお気に入りなんだから。クビになるわよ」


「この病院の最上階はペット専門のVIP診療室だもの。渡辺悦子さんのハムスターも待遇だね」


「当然でしょ。渡辺悦子は田中社長の忘れない初恋なんだから。そのハムスターだって、社長に大切にされてるのよ」


「羨ましい~!」


清子の顔から一気に血の気が引いた。





産婦人科。


検査を終えた医師が清子に告げた。


「ご妊娠されています。ご存じでしたか?」


清子は呆然とした。最近は仕事ばかりで、生理不順が続いていたから気にも留めていなかった。


あの時のことかもしれない。健一が酔って、久しぶりに彼女に求めてきたが、ピークのときに渡辺悦子の名前を叫んだ。


その時は避妊せず、後も忙しさに紛れて避妊ピルも買いに行かなかった。


たった一度で、なぜ妊娠してしまったのだろう?


「もっと早く来ていれば、まだ助かったかもしれません。残念ですが、お子さんはもう……」


清子は呆然と事実を受け入れられずにいた。


「先生……」


言葉を遮るように、医者が室外へ呼びかけた。


「ご家族は来ていますか?サインをお願いします。流産が完全ではなかったため、掻爬手術が必要です」


「掻爬手術」という言葉に、全身が震え出した。既婚女性である清子がその意味を知らないはずはない。


付き添いの看護師が周りを見回し、清子に尋ねた。


「ご家族は来てないのですか?」


清子は最上階にいる健一を思い浮かべた。


「先生、電話をかけてもいいですか?」


「急いでください」


清子は苦しそうに携帯を取り出し、一番上の番号にかけた。


呼び出し音の度に胸が締め付けられた。健一が電話に出るかどうかもわからなかった。


48秒後、ようやく応答があったが、冷たい声だった。


「松田清子、一体何の用だ?」


「健一、私……」


言葉を発する前に、向こうから渡辺悦子の興奮した声が聞こえた。


「健一!聞いた?先生が言ってたわ、私のハムスターが妊娠したんだって!まさかこの子が妊娠するなんて!」


「本当か?」


「やった!」


直後、田中健一は電話を切った。


「け……」


清子が再び勇気を振り絞って再び電話しても、応答はなかった。


冷たい病床に横たわり、瞼から涙がこぼれた。


「自分でサインできますか?」


医者はこうしたケースを多く見てきたのか、深く詮索せずに彼女に署名をさせた。


掻爬手術の痛みは、命の半分を奪われるようだった。


心が千切れるほどだった。夫にとって、自分という生きている人間が動物以下だというのか?


病床から降りると、医師は「しっかり休んでください。流産後の養生を怠ると、通常の産褥期以上に後遺症が残りやすい」と告げた。


彼女はかすかに「はい」と返事をし、病院を離れた。





エレベーターに乗ろうとした時、携帯が鳴った。息子の田中圭介からの着信だ。


清子は驚きと共に喜びを感じた。息子が自ら電話をくれるなんて、自分の体調を心配してくれたのだろう。喜びながら電話を受けた。


「パパ!本当?悦子のハムスターが妊娠したの?僕、妊娠したハムスター見るのが初めて。すごく可愛い!」


渡辺悦子の甘ったるい声が続いた。


「出産が近づいたら見に来る?私のハムスター、君にあげてもいいわよ」


「ありがとう、悦子!名前で呼ぶのやめていい?ママになってよ」


「そんなこと言っちゃダメ。君のママが聞いたら悲しむからね」


「じゃあこっそり呼ぼう……」


清子は即座に電話を切った。


この電話は明らかに圭介のミスだった。


しかし、偶然にもクズ夫と息子の本心を見ぬき、清子は完全に失望した。


田中邸に着くと、使用人の佐藤が彼女の衰弱した様子に気づき尋ねた。


「奥様、お体の具合でも?」


「大丈夫。」


清子は自室に戻ると、数少ない私物をまとめ始めた。まだ耐えられると思っていたが、今はもう耐えられない。


たとえ路頭に死んでも、この婚姻を継続するつもりはない。


離婚届はとっくに用意していたが、ずっと手を付けずにいた。


今この瞬間、彼女はこの婚姻を維持する意思を完全に失い、離婚届にサインした。

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