案内されたのは、ちゃんと『お客さま』用の部屋だった。
暖かい部屋に、ふかふかのベッド。おいしいお菓子と紅茶も用意されている。
魔族が出してくれる食べ物ってどんなのなんだろうと思っていたんだけど、人間の国で出されていたものとあまり変わらない。
見た目はもちろん、匂いも味も。むしろ今まで食べていたものよりも美味しくまであって、あっという間に食べてしまった。
ちょっと気になることと言えば、用意してあるものがどれも大人サイズだということくらい。でも、必要なものは自分で持ってきているので、それ程不自由に感じたりもしない。
ただ、一つだけ困っているのは。
「ドアノブに手が、届かない」
頑張って背伸びをしてみたんだけど、手は全然ノブに届かない。
シュンと肩を落とす。
部屋にはわたしが使えそうな踏み台にできるようなものもなく、使用人の姿もない。魔王国には一人で来たので、誰も助けてくれたりはしない。
「これじゃあ王さまのところに行けない。王さまをモッテモテにできない……」
考えてみたけど、結局『愛され十か条』の何からするのかは決められなかった。それはたぶん、わたしが王さまのことをまだ何も知らないからだと思う。
お母さまが言っていたのだ。誰かに愛されるようになるための近道は、いいところを知ってもらうことなんだと。
そしてこうも言っていた。
『誰にだっていいところはあって、それは相手を
お母さまの言葉に、今まで一度も嘘なんてなかった。だから今回も合ってるはず。それなのに、わたしが大人のレディじゃないばかりに。
お母さま、どうしたらいい……? 気持ちがちょっと折れそうになって、心の中で助けを求める。
心の中のお母さまは、胸の前でグッとサムズアップをしながら強く笑う。
『使えるものは、何でも使いなさい! 一見すると使えるものなんて何一つないように見えても、よく見たら使えるものもある筈よ!!』
「何か……」
わたしの不安を消し飛ばそうとしてくれたお母さまに倣って、もう一度部屋の中を見回してみる。
あるのは、家具と置物と寝具やカーテン、服くらいだ。こんなのでどうやって……と思っていると、部屋の端にちょっと不思議なものを見つけた。
「……つえ?」
立てかけるようにして置かれていたそれは、たしかそんな名前のものだ。
お父さまのお父さま。お祖父さまが似たようなものを使っていたのを、一度だけ見たことがあるものにとても良く似ている。
お祖父さまと会う機会は、お父さま以上になかった。たまたま具合がよかった日にお母さまと一緒にお散歩に出ていたところに、遠目にちょっと見ただけだ。
棒を地面にカツンカツンとつきながら歩く人の姿を初めて見たわたしは、お母さまに「あれは何?」と聞いたのだ。その時に「杖というものよ」と教えてもらったのである。
まるで数字の七のように上の部分が鉤状に曲がっているそれを見てから、もう一度ドアの方を見る。
部屋のドアノブはレバー状。下に下げればドアが開く。
トコトコと歩いて行って、つえを手にした。
わたしよりも背が高くって、ちょっとズッシリとしている。
それを両手で持って扉の前へ。少し持ち上げてよいしょとノブに掛けて、下に引っ張った。
ノブが下がった。
そのまま後ろに数歩下がれば、抵抗もなくゆっくりと、キィーッと音を立ててドアが開く。
外を覗くけど、誰もいない。……よし、行ける!
手からつえを放し、外に出た。
つえはおそらくノブに引っかかったまま、プランプランと揺れているのだろう。背中の方で、コンコンという音がしていた。
それを置き去りにして、外に出る。王さま探しの始まりだ。