敢えてこうして気付いていないフリをしてるのだ。
こっちの気持ちも察してほしい。
そんな風に思うものの、彼らは全く容赦しない。
分かってるだろと言いたげな視線が全員分、ビシビシと突き刺さる。
彼等がどうして欲しいのかは、――全く以って分かりたくは無いが――まぁ分かる。
が、「俺に言うなよ」と言ってやりたい。
なのに彼らは、みんな揃って呆れ顔だ。
「往生際が悪いぞお前。お前はアイツらの『お守役』だろうが」
「違うわ。いつ、誰が、どこでそんな事を言ったんだよ?」
「この街みんなの共通認識だと思うがなぁ」
「そんな認識クソくらえだ」
そう言ってフンと鼻を鳴らしてみせれば、何だか視線が可哀想なモノを見る感じになってしまった。
あまりに酷い。
俺はただ、日々仕事を真面目に熟し相応の賃金を貰うだけの一般市民でありたいのだ。
それなのに、彼らはこぞって俺を他とは別に分類しようとしてくる。
「止めてくれよ。何で俺がアイツらの尻拭いなんて――」
と、言葉を最後まで言い切る前にバンッと建物のドアが開かれる。
その音に、中に居た人のほとんどが入口を見た。
音の通りに開け放たれた扉、昼下がりの外が明るいからだろう。
少々逆光気味になって小さなシルエットが見える。
――何事だろう。
それはきっと誰もが抱いた疑問だったろう。
が、それはすぐに氷解した。
「あ、居たぁー! 『郵便屋』ぁー!!」
キョロキョロとした少年が、あからさまにこちらを見ながら声を張り上げる。
少し目を細めてみれば、少しくすんだ白いシャツに、茶色のズボンとサスペンダー。
ハンチング帽をかぶったその少年は、俺も見知った相手である。
が。
「おい、誰か呼んでるぞ」
「お前だよお前。お前を見て言ってるだろうが」
「でも『郵便屋』だぞ? ここに居る全員が、そう言われてもおかしくない」
「うわぁー、大人げない」
「っていうか、どれだけ嫌なんだよお前」
同僚たちに、そう言われて笑われる。
が、俺としても出来る事なら俺でない可能性に掛けたい所だ。
例えこういう時にいつもこうして誰かが呼びに来ることも、彼がいつも自分の事を『郵便屋』と呼ぶ事も横に置いて。
しかし願いは叶わない。
全く動こうとしない俺にしびれを切らした相手は、大股でこちらに歩いてくる。
「どうしたハル、郵便か?」
我ながら白々しいなと思いつつもため息を吐きながらそう尋ねれば、「はぁ?」という顔をされた。
「貧民街に住んでる僕が、届け物くらいでわざわざこんな所まで金を払いに来る筈が無いよ」
今にも「バッカじゃないの?」と言われてしまいそうな顔だ。
が、9も年下の相手からそんな顔をされるのは非常に居た堪れない気持ちになる。
「駄賃貰ってのおつかいだよ。ほら、アイツらがまた暴れてるから!」
だから早く。
そう言って腕を掴まれて引っ張られる。
「おつかい」と言った彼の言葉は、おそらく嘘じゃないだろう。
今日はたまたまここに居たが、街中ピョンピョン飛び回ってる俺を探して連れてくるのはかなり骨が折れる作業だ。
おそらくそれなりの額の成功報酬も用意されている筈である。
そしてそれは、裏を返せばそうやって俺を呼びたくなるほどの事が待っている……とも十分言える。
「はーやーくぅー!」
そう言って手を引っ張る彼に、俺は「はぁ」とため息を吐いた。
正直言って、相手はただの子供である。
引っ張られたところで断固拒否の姿勢を俺が見せれば、たったの一歩も動かないという自信がある。
が。
「……どうせここで断ったって、また違うヤツが呼びに来るのが関の山だしな」
そんな言葉と共に俺は、連行される事を諦めた。
「ちょっと行ってくる」
「おー、いってらー」
「気を付けて……って、言うまでもないな」
ため息を吐きながら同僚たちに出立を告げ、ぺしゃんこになったバッグを渡し少しでも身軽になる事を心掛ける。
そして建物を出たのだった。
その後はいつもの通り、彼に案内されるままに目的地を目指す。
が、どこを目指しているのかなど言われる前に分かってしまった。
見えるのは、言い訳が利かないレベルの惨状の予感。
思わずため息が漏れた。
少なくともそのため息分、体は軽くなった筈なのに、体感としてはむしろ急激に重さが増したような気分にさせられる。
走っているのは、依然として街の中。
中心部へと続く大通りのど真ん中だ。
だというのに、ドカンドカンという地響きの位置は進む度に近くなり、街中になど決してあってはならないモノが見えている。
「何でアレがこんな場所に……」
幸いというべきか、居住区ではなく商業区。
沢山の店が立ち並ぶ場所を挟んで向こう、おそらく噴水広場がある辺りに――なんと凶悪と名高いワイバーンの首が生えていた。