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第14話 『英雄』を目指す者達



 ジークノイルの一見すると平坦な声の突っ込みに、普段はすまし顔のカイルも少しムッとした顔を見せる。


「私なら、セルジに『全属性魔法無効化』と『物理無効化』を掛けておきます」

「あっはっは! お前それは過剰防御すぎるだろ! この間王都であった王族でさえ精々『耐性』程度だったぞ!」

「ふふんっ、私に掛かれば王族以上の防御がセルジに約束できるという事ですよ」


 と、側から聞いている分には実に楽しげな会話である。


 もし本人がこの話を聞いていたら間違いなく「止めてくれ」と懇願するだろうが、幸いなのか生憎なのか、セルジアートはここには居ない。

 止めるものが居ない会話は、謎の盛り上がりを見せる。



 この話でひとしきり盛り上がった後、中性的な見た目に反して大きく酒を煽ったカイルがここでふと、呟いた。


「セルジはもう本当に、目指さないつもりなのでしょうか」


 彼もまた「何を」とは口にしなかった。

 しかしやはり彼等には、それで全て話が通じる。


 カイルの声には、同情の念も憐憫の念も乗っていない。

 ただほんの少しの「勿体ない」という気持ちが、声の端に垣間見える。



 セルジアートは確かに一騎当千ではない。

 ジークノイルのように大剣で敵をバッサバッサと切り倒すような力は無いし、カイルのように並外れた魔力量や難解な構築式を読み取る頭がある訳でも無い。


 が。


「アイツは野心が足りなさすぎる」


 その2つのどちらも持たないレオがそう、一言スッパリ言い切った。


 結局誰がどう背中を押しても、「やる」という気概が無ければ物事は始まったりしない。

 もしそうやって何かが始まったとしても、それはただのハリボテだ。

 実がなく意味がない、外側だけを取り繕った何者かの傀儡である。


 だからあくまでも、これは本人の問題だ。

 無理強い出来る筈も無く、無理強いしても意味がなく、だから誰もセルジアートに直接的に物申さない。




 酒の中の氷が一つ、溶けてカランと音を立てた。

 すると少し重くなった空気が、少し邪魔くさくなったのか。

 まるで振り払いでもするかのように、レオが少し得意げに言う。


「まぁセルジが帰ってきても、俺がこの街で一番だけどな!」

「ん、何を言っているんです。私の方が上ですよ。だって大司教なんですから」

「魔物の討伐数は俺が一位だ」

「「それはお前(貴方)が冒険者だからだろう(でしょう)が!」」


 こうしてまた会話はあらぬ方向に、コロコロコロコロ転がり始める。

 これこそ酔っ払いの真骨頂だ。




 ――『英雄』。

 それはこの街の守護者、ひいてはこの国の守護者だと周りに認められた人間に与えられる称号だ。


 酔っ払えばその辺の大人と何ら変わらぬ者たちでも、一度有事となってしまえばこの街の守護者にならねばならない。

 何を犠牲にしても、である。


 それこそが、周りから称賛され羨望の眼差しを向けられる事への代償とも言える。



 ここに集まる三人は、自らそう在りたいと願い、現在のこの町において英雄になり得る人材だと言われている者たちだ。


 そんな彼らが揃いも揃ってこんなところで気楽に酔っぱらいをやれているという事は、裏を返せば街は今、平和だという事で――。


「大変だぁっ!」


 バァンと扉が開いたと思ったら、男が転がり込んできた。


「お前はたしか、冒険者の」


 レオが呟くように言う。


 ジークノイルの知り合い……というには、あまりにも彼は人と群れたがらない。

 おそらく本人は名前どころか、顔すら「どこかで見た事があるかもしれない」という程度のものだろう。


 しかし。


「どうした、アイザン」

「レオ様っ?! どうして俺の名を?!」


 男はそもそもここにレオがいた事に驚き、そして彼が自分の名前を知っていた事にまた驚いた。


 レオは、どうやら何故そんな事を問われたのか、よく分からなかったらしい。


「領民とこの地によく出入りする人間の顔と名前くらい、領主一族なら覚えていてしかるべきだろう」


 さも「一体何を言っているんだ」とでも言いたげに、片眉を上げてそう答えた。



 自身の得難さに無自覚な様子の彼を前にして、男は目をパチクリとさせて――。


「それで、何が『大変』なんですか?」


 カイルに言われてハッと我に返った。


「あ、そ、そうだ! そうだった! 大変なんだ!」

「だから何が――」

「『グレゴリーの怒り』が出た!」


 その言葉に、にぎやかだった酒場がシーンと静まり返る。


「それは確実な情報か」

「この目で見たんだ! 怒りの片鱗、金色の魔石を持つ魔物たちの姿を!」


 冷静な声色を装うレオだが、その表情に余裕はない。


 それもその筈、『グレゴリーの怒り』と呼ばれる変異した魔物の大群は、人間にとってかなりの脅威である事で知られている。


 それはこの地にしばしば英雄が生まれる理由そのものでもあり――。


「カイル、ジークノイル。どうやらいがみ合っている暇も、酒を楽しく飲む暇も今の俺たちにはないようだ」


 そう言って、レオはバッと腕を払うようにしながら振り返る。


「緊急会議を開く! 場所はギルドの一室を借りる! カイルは教会の人間にも伝達を! すぐに必要な人間を招集しろ! ジークノイルは今すぐにでも出れるように万全を期せ! 調査兼討伐隊の第一陣に加える! 動け!」




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